「その他の情報」に関する監査報告書での取り扱いについての検討(その8)

今回も前回に引き続き、2012年11月14日に国際監査・保証基準審議会(IAASB)が公表した公開草案ISA 720「監査済み財務諸表とそれに対する監査報告書を収容している文書または添付する文書におけるその他の情報に関連する監査人の責任(The Auditor’s Responsibilities Relating to Other Information in Document Containing or Accompanying Audited Financial Statements and the Auditor’s Repot Thereon)」(以下「公開草案」という。)において提案されている、監査人が監査報告書において財務諸表以外の文書において記載されている「その他の情報」に重要な不整合があるかどうかについての新たな取り扱いについて検討する。

職業的懐疑心
監査人がその他の情報に焦点を当てて判断を行う際の要素の一つである「監査人がその他の情報に重要な不整合があるかもしれないと信じるかどうか」は、前述のように、監査人の懐疑心の行使に関連する。

公開草案は、その他の情報の検討に際して監査人が発揮すべき職業的懐疑心について、「監査人は、監査を計画し実施する際には職業的懐疑心を保持することが求められているため、その他の情報を一読し検討するときには、例えば、経営者が事業計画の達成に関して過度に楽観的であったり、バランスの良い分析よりもむしろ特定の見方(the merits of their point of view)について読者を信じさせるように仕向けることに過度に焦点を当てていることに気づくことが職業的懐疑心に含まれる。したがって、監査済み財務諸表やその他の情報について疑義を抱かせたり、経営者の能力や倫理価値について疑義があるかもしれないと思わせたり、あるいは経営者の倫理価値への関与について疑義を抱かせるような状況が存在していることに気づくことである」(A30項)としている。

監査人は、例示されている疑義を抱かせるような状況について、理解している企業および企業環境(内部統制を含む。)に基づいて判断できるであろうか。その他の情報の内容次第であろうが、財務諸表に直接関係していない非財務情報の場合には、まず無理のように思える。とくに、将来予測情報(財務情報か非財務情報かにかかわらず)の場合には、主観的要素が強いため、多くの場合、整合していると判断できないし、重要な不整合があるとも判断できないのではないだろうか。そのため、「特定の見方について読者を信じさせるように仕向ける」意図をもって経営者が行った記述、すなわちバイアスのかかった記載であっても、経営者の評価・判断であると主張された場合、監査人は、そのような主観的な記述・論述の評定者でも評論家でもないことから、まず重要な不整合があると指摘できないことが多いであろうと思われる。(後述のA46項等を参照)

また、「たとえ文書に監査済み財務諸表または財務報告プロセスに関する利用者の理解を高めるという主目的に合致していない情報が含まれていても、対象文書に含まれているすべての情報に監査人の責任がある」(p.11)とされている以上、監査人は求められていない作業を行ってしまう可能性が否定できない。

したがって、会計・監査の職業専門家としての意見や所見が必要なのであれば、その他の情報を、文書単位ではなく、財務諸表に直接関連している個々の財務情報に限定することが不可欠と考える。そのような場合であっても、監査意見以外の情報提供を監査人が担うことには、基本的に反対である。

その他の情報に重要な不整合があるかもしれないことを監査人が識別したときの対応
公開草案は、監査人がその他の情報の一読と検討に基づいてその他の情報に重要な不整合があるかもしれないことを識別した場合、その事項について経営者と協議をして、必要であれば、その他の情報に重要な不整合があるかどうかを決定するためにその他の手続を実施しなければならない(12項)として、以下のように説明している。

経営者との協議には、その他の情報における経営者の記述の根拠の裏付けを提供してくれるように要請することも含み、その追加的な情報や説明によって、監査人がその他の情報に重要な不整合はないと判断できることがある。例えば、経営者の説明が判断についての妥当な相違に係る合理的で十分な根拠(reasonable and sufficient grounds for valid differences of judgment)を示すことがある(A44項)。

反対に、経営者との協議によって、その他の情報に重要な不整合があるという監査人の信念を強化させる情報がもたらされることがある(A45項)。また、その他の情報の一読と検討および経営者との協議が、監査人の企業および企業環境の理解と、それによる監査人のリスク評価に影響を及ぼす新たな情報をもたらすことがある(A49項)。

経営者との協議に際して、事実に基づく事項よりも判断に係る事項に関して(on matters of judgment than on those of a more factual nature) 監査人が経営者にチャレンジすることが困難なことがある。しかし、監査人が、その他の情報には監査の実施中に監査人が理解した企業及び企業環境と整合していない記述が含まれていると判断する状況がある。それらの状況はその他の情報または監査済み財務諸表に対して疑義を惹起させることがある(A46項)。

以上のような監査人がその他の情報に重要な不整合があるかもしれないことを識別したときに、経営者との協議によって得られる情報などについては特段のコメントはない。しかし、経営者との協議に際して、その他の情報に重要な不整合があるかどうかを判断するための根拠は、監査人が監査中に理解した企業および企業環境に係る知見であり、経営者との協議によって得た知識・情報をあらためて検証等を行う必要はないはずである。

それにもかかわらず、公開草案は、その他の情報に重要な不整合があるかどうかを決定するために実施するその他の手続の内容と範囲は、その状況に応じた監査人の職業専門家としての判断の問題である(A47項)として、状況によっては、監査人は、監査人の質問に対する経営者の回答を評価できないことがあり、それによって、その他の情報の経営者の記載の妥当性を評価できない場合には、経営管理専門家や顧問弁護士のような適格な第三者に相談することを経営者に要求するようなその他の手続を検討することがある(A48項)としている。

監査人は、監査中に理解した企業および企業環境に関する知見と、その他の情報との間に重要な不整合があるかどうかについて一読・検討のみが要請されているだけであるから、監査人がその他の情報に重要な不整合があるかもしれないと識別したことを監査報告書に記載すれば足りる。したがって、監査人がその他の情報に重要な不整合があるかもしれないことを識別したときであっても、経営者との協議は、基本的に必要ないと考える。

よしんば、経営者との協議を行うとしても、その他の手続を実施してまでの検討を求めることは、明らかに公開草案の目指した目的を超越した、監査ではない作業の実施を求めるものである。また、このような検討等が行われていることを知った利用者は、公開草案がなんらの保証を提供することを意図していなくとも、利用者は監査人が保証を提供していると誤解してしまう。そしてその対応が、前述のように、利用者のニーズとずれているため、期待ギャップが拡大または新たに創生されてしまうことを懸念する。

その他の情報に重要な不整合があると監査人が識別したときの対応
公開草案は、監査人がその他の情報に重要な不整合があると判断したとき、経営者にその他の情報を修正するよう要請して、(a)経営者が修正に同意した場合、監査人は行われた修正について判断しなければならない、または、(b)経営者が修正を拒否した場合、監査人はガバナンスを担う人々と協議し、修正を行うよう要請しなければならない(13項)としている。

さらに、ガバナンスを担う人々と協議した後も修正が行われない場合には、監査人は、次のことをしなければならない(14項)としている。
(a) その他の情報を監査報告書日前に入手したときは、以下を含む、適切なアクションを講じなければならない。
(i) 報告書への影響について検討する(16項(c)参照)。
(ii) 監査契約の解除(法令によって許容されている場合)
(b) その他の情報を監査報告書日後に入手したときは、監査人の法的権限と責務を勘案して、ISA 560「後発事象」に準拠して適切なアクションを講じなければならない。

監査人がその他の情報に重要な不整合があると判断したとき、経営者にその他の情報を修正するよう要請し、経営者がその要請に同意してその他の情報の記載を修正したときは、何も問題は生じない。

監査人の修正要請にもかかわらず、経営者が修正に応じないときに、ガバナンスを担う人々に経営者が修正を行うようアドバイス等を行ってもらうことを要請することは理解できる。しかし、ガバナンスを担う人々への修正要請によっても、経営者がその他の情報も記載を修正しないときには、監査報告書において、後述するように、その他の情報に重要な不整合があると記述する(14項(a)(i))ことは理解できる。

しかし、経営者がその他の情報を修正しないことをもって、何故に14項(a)(i)の監査契約解除までいってしまうのかが十分理解できない。これに関連して、公開草案は、ガバナンスを担う人々と協議した後も修正が行われない場合に講じる監査人の適切なアクションには、次のものを含む多くの要素に依存している(A50項)としている。
・ その他の情報の重要な不整合が、監査報告書の対象であり、監査済み財務諸表およびその他の情報の全体に対する基礎となっている利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される範囲
・ 修正を行うために経営者およびガバナンスを担う人々によってもたらされた理論的根拠(rationale)に関する監査人の理解。そのような根拠に、例えば、経営者の利用者を誤解させようという意図を監査人が疑った場合には、経営者やガバナンスを担う人々の誠実性や正直さに疑義を抱かせるかもしれない。

また、公開草案は、ガバナンスを担う人々と協議した後も修正が行われていないその他の情報を監査報告書日前に入手し、報告書への影響について検討するとき(14項(a)(i)のとき)、稀ではあるが、その他の情報に存在する重要な不整合の修正に対する拒否が、監査証拠の全般に係る信頼性に疑問を呈するほどに経営者およびガバナンスを担う人々の誠実性に疑義を抱かせてしまったときには、意見不表明(意見差控え)が適切なことがある(A52項)とし、監査契約の解除(14項(a)(ii)のとき)は、その他の情報に存在する重要な不整合の修正に対する拒否が、監査中に経営者およびガバナンスを担う人々から得た陳述の信頼性、したがって財務諸表に対する監査意見の裏付けとして入手した監査証拠の全般に係る信頼性に疑問を呈するほどに経営者およびガバナンスを担う人々の誠実性に疑義を抱かせてしまったときに、適切である(A53項)としている。

したがって、その他の情報の重要な不整合が修正されないことに起因して、監査人が一気に過激になってしまうのは、経営者やガバナンスを担う人々の誠実性に監査人が不信感を抱き、それによって監査中に行われた経営者やガバナンスを担う人々の説明や陳述も信じられなくなってしまうほどに疑心暗鬼に陥った状況である。

しかし、このようなその他の情報の重要な不整合が修正されないことを起因として監査人が疑心暗鬼に陥ってしまう状況を容易に想起できない。財務諸表上の経営成績や財政状態が著しく悪化しているにもかかわらず、その他の情報においてその改善について非常に楽観的な見通しを記載しているような状況であろうか。

監査人が疑心暗鬼に陥ってしまう状況は、非常に稀な状況であろうと思われるが、公開草案がそのまま規定化された場合、監査責任を取りたくない監査人(現在増殖中と思われる。)は、重要な不整合が修正されないことを理由に、監査意見の表明をやめたり、監査契約解除に走りかねないことが懸念される。

なお、その他の情報を監査報告書日後に入手したとき、または、財務諸表に表示・開示されている経営成績や財政状態と著しく異なった状況・状態をその他の情報で記載していることによって、監査済み財務諸表に重要な虚偽表示があるまたはあるかもしれないと監査人が識別したときの対応については、後にあらためて検討する。

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