ISAの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その1)

国際会計士連盟(IFAC)の国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)は2013年7月25日に「監査済み財務諸表に対する報告:国際監査基準の新設および改定案(Reporting on Audited Financial Statements: Proposed New and Revised International Standards on Auditing)」を公開草案として公表した。

この公開草案には、ISA700「意見の形成と財務諸表に対する報告」(改定案) (英文名省略)、ISA701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)、ISA 260「ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション(改定案)」(英文名省略。以下同じ)、ISA570「継続企業(改定案)」、ISA705「独立監査人の報告書における意見の修正」、ISA706「独立監査人における強調事項パラグラフおよびその他の事項パラグラフ」およびその他のISAの統合改定案(Proposed Conforming Amendments)が含まれており、2014年第4四半期に確定基準書とされ、2015年12月15日以降開始事業年度の財務諸表の監査から適用されることが予定されている(EM 25)。

また、アメリカの公開会社会計監視審議会(Public Company Accounting Oversight Board; PCAOB)は2013年8月13日に「監査人が無限定適正意見を表明するときの財務諸表監査に対する監査報告書」(The Auditor’s Report on an Audit of Financial statements When the Auditor Expresses an Unqualified Opinion)、および「監査済み財務諸表および関連する監査報告書を含んでいる文書におけるその他の情報に関する監査人の責任」(The Auditor’s Responsibilities Regarding Other Information in Certain Documents Containing Audited Financial Statements and the Related Auditor’s Report)という二つの監査報告書に係る新監査基準の改定案を公開草案として公表した。

PCAOB公開草案「監査人が無限定適正意見を表明するときの財務諸表監査に対する監査報告書」(以下「PCAOB公開草案」という。)は、上記のIAASBが公表している公開草案ISA 701と対応しており、監査報告書に「重要な監査事項(critical audit matters)」を記載することを提案するとともに、現行基準AU sec.508「監査済み財務諸表に対する報告書」に代わる監査報告書全般に係る基準書となるため、監査報告書の基本的な要素に関する改正も行われている。

本ブログでは、公開草案ISA 701「独立監査報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)において規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters)」について趣旨説明(Explanatory Memorandum; EM)を参照しながら紹介する。必要に応じて、疑問や私見を述べていく。

公開草案ISA 701の検討後に、PCAOB公開草案について検討していきたい。さらに、その後に、二つの公開草案の検討結果に基づいて、監査報告書に重要な監査事項に関する記載について私見を開陳したい。

では、公開草案ISA 701「独立監査報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション」(新設)において規定されている「重要な監査事項」についてみていく。

議論の背景
IAASBは、2008年の金融危機により判明した不十分な監査への対応の一環として、以下のように監査報告書の改善について検討を続けてきた(EM 5)。
・標準監査報告書に関する利用者の理解(user perceptions)に係る調査研究(2009年9月)
・2011年5月公表の検討資料「監査人報告の価値の向上:変更オプションの調査」
・2012月6月公表のコメント募集(Invitation to comment; ITC)「監査人の報告書の改善」
・ITCに示された方向性に対する世界ラウンド・テーブル(3回)および追加的なフィードバック活動(additional outreach to solicit feedback)
・監査報告の新規構想(auditor reporting initiatives)についての政策決定者および各国の基準設定母体に係る継続的なモニタリングと話し合い(interaction)

上記の活動の結果、監査人報告の利用者からのシグナルは「変革が必要である」と明瞭である(EM 6)ため、IAASBは、監査人報告の変革が監査に質および利用者の理解に積極的な便益を有している(EM 7)と考え変革のために公開草案を公表した。また、IAASBは、ISA公開草案の結果として、とりわけ、次のような便益が実現するものと確信している(EM 8)。
・実施された監査について一層の透明性を提供することで、監査報告書のコミュニケーション価値を高める。
・監査報告書において参照される財務諸表上の開示(例えば、重要な監査事項、継続企業、等)に経営者およびガバナンスを担う人々の注意を増加させる。それによって、財務報告の質を一層改善するかもしれない。
・報告される事項に対する監査人の焦点を更新する。当該事項に職業専門家としての懐疑心を高めること、とりわけ監査の質への貢献に間接的に帰着する可能性がある。
・監査人とガバナンスを担う人々とのコミュニケーションを高める。例えば、監査報告書に記述される重要な監査事項についてのより活発な協議

したがって、監査人報告に関して大きな変更を行うことはIAASBの決定事項であり、あとは、どれほど舵を切るかにかかっていると言えよう。なお、公開草案に示されている改正点はITCにおいて提案された改善事項とは異なっている(EM 11)。

ISA 701の範囲と目的
公開草案ISA 701は、その範囲に関連して、「重要な監査事項の伝達(communicating key audit matters)によって、監査人は、職業専門家としての判断によって、財務諸表の利用者が当年度の財務諸表監査において最も重大性を有していた事項(those matters that were of most significance)を理解する際に支援する追加的情報を提供し、また、重要な監査事項が監査実施に際しての焦点となる領域であるため、企業および監査済み財務諸表における経営者の重大な判断領域を理解する際に支援することがある」(2項)とし、「監査報告書による重要な監査事項の伝達は、企業および監査済み財務諸表に関連するある種の事項に経営者とガバナンスを担う人々が一層従事する基礎を財務諸表の利用者に提供することもある」(3項)としている。

監査報告によって財務諸表の利用者が企業を理解するための情報を提供することは、コメント募集が締め切られたばかりの公開草案ISA 720「監査済み財務諸表とそれに対する監査報告書を含むまたは添付する文書におけるその他の情報に関連する監査人の責任」(The Auditor’s Responsibilities Relating to Other Information in Documents Containing or Accompanying Audited Financial Statements and the Auditor’s Report Thereon)の主要テーマであったはずであるが、公開草案ISA 720は今回の公開草案の確定と同時に最終となる(EM 2)。

ITCへの回答者は、広義には、監査人が監査報告書の価値を高めるためにより多くの情報を提供する必要性を認識している「監査人のコメント」(auditor commentary)という提案された概念を支持しており、その多くは監査人報告を高めることが合格・不合格の判定としての意見に一層の価値を付加するという見解であった(EM 35)。しかし、当該概念がどのように記述され、提案された目的がどのように関連づけられるかに関して多くの重大な懸念が表明されていた(EM 36)。特に、回答者が財務諸表の利用者の理解にとって最も重要なものを決定することが監査人の責任であると暗黙に提案された目的を解釈していた。多くの回答者が、財務諸表の解釈に際して利用者を支援するための情報を提供することは、監査人ではなく、経営者およびガバナンスを担う人々の役割であることは明らかであると確信しているため、監査人が当該情報の発信者となることに強く反対した。また、懸念は、監査報告書において監査人が企業についての最初の情報を提供することの可能性についても表明された(EM 37)。

このようなITCへの回答を踏まえて、IAASBは、企業についての情報の開示に関する監査人、経営者およびガバナンスを担う人々の責任に関する混乱を回避することが大事であることには同意するが、しかし、監査の局面に関する情報を提供することによって、監査報告書は、利用者の関心に関する情報を提供できる(EM 38)として、公開草案ISA 701に「監査人の目的は、重要な監査事項を決定すること、および財務諸表に対する意見を形成して、監査報告書に当該事項を記述することによって伝達することである」(5項)と規定した。

この目的を採用するために、IAASBは、監査人とガバナンスを担う人々が最も活発な協議-監査の実施に際して監査人が重大な注意を払った領域(areas of significant auditor attention)を理解する目的で-を行った事項のうち財務諸表の利用者が表明した関心事およびそのようなコミュニケーションについての追加的な透明性に関する要求に焦点を絞っている。このアプローチは、監査報告書において監査において焦点をあてた領域または「重要な監査事項」にシグナルを送ることが適当であるというITCへの回答者の見解とほとんど合致している(EM 40)。

以上の紹介からも分かるように、ITCまたは公開草案ISA720においては、監査の局面に関する情報と企業に係る理解を高めるための情報が混在していたことが、回答者の懸念や混乱を惹起したと思えるが、IAASBは、一応、企業に係る理解を高めるための情報の提供をギブアップして、監査の局面に関する情報の提供に限定したかのように理解できる。

しかし、IAASBは、重要な監査事項についてコミュニケーションを行うよう監査人に提案することが、財務諸表監査において最も重大性を有していた事項を理解する際に利用者を支援するだけでなく、上述の2項および3項の場合の支援等にもなることがある(EM 41)としている。この記述が企業に関する理解に資する情報を監査人が利用者に提供することを明らかにしているため、はたして監査の局面に関する情報の提供に限定されているのかどうかを吟味していくことが必要であろう。

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