ISAの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その2)

前回に引き続き、公開草案ISA701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)において規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters)」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。

重要な監査事項とその決定
公開草案ISA 701は、重要な監査事項(key audit matters)について、「監査人の職業専門家としての判断によって、当年度の財務諸表監査において最も重大性を有していた事項(those matters that were of most significance)である。重要な監査事項はガバナンスを担う人々とのコミュニケーションを行った事項の中から選ばれる」(7項)と定義して、「監査人は、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行った事項のうちどれが重要な監査事項であるかを決定しなければならない。この決定を行うに当たって、監査人は、次の領域等を含む、監査の実施に際して監査人が重大な注意を払った領域を勘案しなければならない」(8項)としている。
・ISA 315に準拠して特別な検討を必要とするリスクとして識別した領域、または重大な監査人の判断に関係している領域
・監査中に監査人が重大な困難に遭遇した領域(十分かつ適切な監査証拠の入手に関連して重大な困難に遭遇した領域を含む)
・監査人の計画した監査のアプローチに関して重大な修正を必要とする状況(内部統制の重大な不備の認識の結果として計画の重大な修正を必要とする状況を含む)

上記の定義から、重要な監査事項は、監査人がガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行った当年度の監査における事項から選択して決定されることになる。

公開草案ISA 701において、「重大性(significance)は、文脈に関連して、ある事項の相対的な大事さ(the relative importance)として記述できる。事項の重大性は監査人の検討している文脈において判断される。重大性は、相対的な大きさ(relative magnitude)のような量的・質的要素、課題に対する性質および影響、および利用者や受領者の表明された利害に関連した文脈で検討される。この検討は、事実や状況(ガバナンスを担う人々とのコミュニケーションの内容や範囲を含む。)に関する客観的な分析に関連する。例えば、監査人はより難しい、複雑な問題についてガバナンスを担う人々とより深度のある頻繁なコミュニケーションを行っていることがある」(A2項)としている。

この「重大性」に関する説明からはまだ具体的に監査における最も重大な事項をイメージできないが、抽象的な記述による意義についてはISAに共通するものであると理解できる。

この「重大性」に関する説明における例示に関連して、財務諸表の利用者は、監査人とガバナンスを担う人々が双方向のコミュニケーションの一部として最も活発な協議を行った事項に関心を有していることを表明しており、また、これらのコミュニケーションの透明性を高めること(additional transparency)を求めている(A4項)としている。

このことは、ガバナンスを担う人々と、難しい、複雑な問題について頻繁に深度のあるコミュニケーションを行っていることが客観的な分析につながるのは、ガバナンスを担う人々とのコミュニケーションが双方向の協議によって、監査人がそれまで知らなかった事実や状況を知ることができたり、既に有している情報をアップデートできたりするような場合であるということであろう。監査人が問題や関心を有している事項を一方的に報告するようなコミュニケーションでは客観的な分析は望めそうにない。また、監査人とガバナンスを担う人々とのコミュニケーションの透明性を高めることを目指して、公開草案ISA 260「ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション(改定案)」が公表されている。

それでは、重要な監査事項または監査において最も重大性を有した事項を、監査人は、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行った事項から任意に選択して決定すれば良いのであろうか。

そうではないようである。

IAASBは、いくつかの事項を重要な監査事項として指定するのではなく、企業に特有な事項として監査人の職業専門家としての判断によって重要な監査事項が決定されるとしているが、それでも、投資者、当局およびその他の人々が一貫して言及している監査における重大な事項に関連する領域、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行うべきと期待されている監査における重大な事項に関連する領域、および追加情報が監査報告書において提供されるべき監査において重大性を有する事項(matters of most significance in the audit)に関連する領域が存在している(EM 42)として財務諸表の利用者の視点に基づいた重要な監査事項の選択に際しての基準を示している。

また、ガバナンスを担う人々とのコミュニケーションを行う事項に関して、監査の実施に際して監査人の重大な注意を払った領域が財務諸表の作成に際して経営者が重大な判断を行った領域(the areas of significant management judgment)としばしば関係しているため、利用者は、監査人が重大な注意を払った領域について理解することに特に関心があることを表明しており、また、財務諸表全体に対する監査意見の形成に際して監査人が行った重大な判断について透明性を一層高めることを要求している(A5項)としている。

それゆえに、より端的には、「監査において最も重大性を有する事項」に焦点を絞ることおよび8項の要求事項の適用は、利用者が関心を有していると見込まれる事項に対する監査人報告に帰着することが意図されている(A4項)としている。

このような考え方は、基準書の目的に関連して上述したように、ITCへの回答者の見解とほとんど合致している(EM 40)アプローチであり、監査人報告に係る議論の当初から強調されているポイントであるが、監査人の判断を軽視した利用者への迎合ではないだろうかという疑問が湧いてくる。

重要な監査事項に係る監査人の予断
監査人は、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行った事項のうちどれが重要な監査事項であるかを決定しなければならない(8項)ため、監査計画の策定段階から重要な監査事項となる可能性のある事項について予断(preliminary view)をもち、公開草案ISA 260「ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション(改定案)」にしたがってガバナンスを担う人々と計画した監査の範囲と実施時期について協議するときにこの予断についてコミュニケーションを行うことがある(A6項)としている。

この予断は、監査計画の策定に際して、監査人が重大な注意を払った事項または領域にほかならない。監査人が重大な注意を払った(significant auditor attention)という概念は、監査がリスクベース(リスク・アプローチ)であり、高目に評価された虚偽表示のリスク(特別な検討を必要とするリスクを含む。)の領域および複雑な領域に焦点を絞っているという事実に関係している(A12項)としている。したがって、監査人は、監査計画の策定の段階から重要な監査事項または重大な注意を払う領域・事項について留意していなければならないということである。

また、重要な監査事項について示唆しているかもしれない、監査人が重大な注意を払った領域がいくつか8項に規定されているが、これらの領域が相互関係を有していることがあるため、ガバナンスを担う人々とのコミュニケーションを行った特定の事項との関連でそれらの事項の一つ以上を適用することは、重要な監査事項として当該事項を識別してしまう監査人の可能性を高めてしまうかもしれない(A14項)としている。

これは、8項に規定されている複数の領域に関連付けられる場合であっても、後述するように、重要な監査事項として識別する事項の数を少なくするためにも、いずれかの領域に関連付けて識別することで足りるということであると解される。

次回は、8項に規定されている、監査人が勘案しなければならない要素のそれぞれの内容について詳細にみていくことにする。

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