ISAの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その3)

前回に引き続き、公開草案ISA701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters)」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。

今回は、前回において検討した8項に規定されている、監査人が勘案しなければならない要素のそれぞれの内容についてみていく。

特別な検討を必要とするリスク
監査人は、重要な監査事項であるかどうかを判断するために、監査の実施に際して監査人が重大な注意を払った領域として、特別な検討を必要とするリスクを識別した領域または重大な監査人の判断に関係している領域を勘案しなければならない(8項)。

公開草案ISA 260「ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション(改定案)」によって、監査人は計画した監査の範囲および実施時期の概要についてガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行う(監査人が識別した特別な検討を必要とするリスクの伝達を含む。)ことを求められており、経営者が重大な判断を行った領域や重大な異常な取引はしばしば特別な検討を必要とするリスクとして識別することがあるが、特別な検討を必要とするリスクとしての事項の識別(不正による特別な検討を必要とするリスクとして識別した事項を含む。)は必ずしも重要な監査事項として決定されることを意味していない(A15項)として、特別な検討を必要とするリスクが重要な監査事項であるかどうかの決定に際して、監査人がISAにおいて特別な検討を必要とするリスクと仮定されているだけで識別しているリスクよりもむしろ、企業との関連で特定して識別している特別な検討を必要とするリスクに多くの検討を行うことが見込まれている(A16項)としている。

このことは、ISA 240によって収益認識や経営者による内部統制の無視のリスクに対して識別することが求められている特別な検討を必要とするリスクに関連した領域は、自動的に重要な監査事項として決定する必要がないということであり、企業の事業内容や環境・状況に照らして個別に重要な監査事項として決定するかどうかを判断することが求められている。

そのため、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行う、会計上の見積りと関連する開示に関して不確実性が高い場合(A17項参照)、または、重大でかつ異常な取引(重要でかつ通例でない取引)(重要な関連当事者取引を含む。)に関してその認識、測定や表示・開示に難しい判断が求められる場合(A18項参照)には、特別な検討を必要とするリスクとして識別され、重要な監査事項とされることがあるとしている。

また、公開草案ISA 260 12項は、特別な検討を必要とするリスクとして識別されていないが、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行うことがある、包括的な監査戦略や監査計画に著しい影響(the greatest effect)を及ぼすと予想される重要な虚偽表示のリスクも重要な監査事項とされることがある(A19項)ともしている。

しかし、このように特別な検討を必要とするリスクとして識別されていない重要な虚偽表示のリスクが監査の基本方針や監査計画に著しい影響を及ぼすと予想されるときも、重要な監査事項と決定される場合があるとすると、重要な監査事項における重要性(key)は、重要な虚偽表示のリスクにおける重要性(materiality)と同一のレベルとなり、上述の「重大性」の意義とは整合しないように思われる。

そのため、これらを整合的に理解するためには、監査において最も重大性を有している事項または監査の実施に際して監査人の重大な注意を払う領域は、特別な検討を必要とするリスクとして識別・対応されていることが必要と考える。つまり、特別な検討を必要とするリスクとして識別・対応した事項のうち特に重大な事項を重要な監査事項として決定すべきではないだろうか。

重大な困難
監査人は、重要な監査事項であるかどうかを判断するために、監査の実施に際して監査人が重大な注意を払った領域として、監査中に監査人が重大な困難に遭遇した領域(十分かつ適切な監査証拠の入手に関連して重大な困難に遭遇した領域を含む)を勘案しなければならない(8項)。

監査人が、例えば、関連当事者取引が第三者取引と同様の条件で行われていることの監査証拠の入手、グループ監査に対する制限、または十分かつ適切な監査証拠に入手に必要とされる広範囲で予想外の努力、あるいは重要な会計上の見積りに対する十分かつ適切な監査証拠の入手などに関連して監査中に遭遇した困難について、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行うことがあり(A20項)、そのような困難が監査範囲の制限に該当する場合には、その性質から、重要な監査事項に該当するが、監査意見を修正する場合には、意見の修正理由の伝達の重要性のため、当該重要な監査事項に関する記述は限定意見の根拠セクションに記述される(A21項)としている。

例示されているような監査人が遭遇した十分かつ適切な監査証拠の入手に関連した重大な困難を伴っているまたは伴うことが予想される領域は、監査人が重大な注意を払うまたは払った領域、すなわち特別な検討を必要とするリスクを識別・対応する領域として、重要な監査事項として決定するかどうかを慎重に検討する必要があると解される。

監査計画の重大な修正
監査人は、重要な監査事項であるかどうかを判断するために、監査の実施に際して監査人が重大な注意を払った領域として、監査人の計画した監査のアプローチに関して重大な修正を必要とする状況(内部統制の重大な不備の認識の結果として計画の重大な修正を必要とする状況を含む)を勘案しなければならない(8項)。

公開草案ISA 701は、財務諸表の特定の領域に関して、監査人のリスク評価の改定および計画した監査手続の再評価(例えば、内部統制の重大な不備を認識したときの監査アプローチの重大な変更)は、重要な監査事項となる領域と決定されることがある(A22項)としている。

監査の初期段階で策定した監査の基本方針および監査計画を大幅に(根本的に)修正することが必要となった事項・領域は、監査人の予断が根本から覆されることが判明したような場合である。このような場合、重要な虚偽表示のリスクまたは特別な検討を必要とするリスクの評価・識別からやり直しとなうことが予想される。そのため、重要な監査事項の決定もやり直しとなる。修正後の監査計画において識別・評価された特別な検討を必要とするリスクのなかから重要な監査事項が選択されることになると解される。

その他の考慮事項
公開草案ISA 701は、8項に規定されている要素のほかに、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行う事項の重大性の決定および重要な監査事項であるかどうかの決定に関連している考慮事項には、次のものがある(A24項)としている。
・企業が事業を営んでいる産業
・最近の重大な経済、会計、規則またはその他の展開
・多くの個別の監査上の検討に関連する事項が、関連しているかどうか。
・事項に関連して、または事項に関係する財務諸表の一つ以上の特定のアサーションに関連して、監査証拠を裏付けるために経営者確認書の入手が必要と監査人が判断するかどうか。

例示されている重要な監査事項の決定に際して考慮すべき事項は、特別な検討を必要とするリスクの識別・評価に際しての考慮事項と重複する事項であると解される。そのため、あらためての検討は省略する。

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