ISAの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その4)

前回に引き続き、公開草案ISA701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters)」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。

重大な監査事項の数
公開草案ISA 701の8項の要求事項について、「監査人が重大な注意を払った領域」への包括的な焦点がガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行う事項を重要な監査事項に狭める際に監査人を支援するよう意図されており、注意を払った領域を典型的に構成すると思われる要素、すなわち、監査において「最も重大性を有する」という閾値(許容限度)(threshold of “of most significance” in the audit)に合致する領域を含んでいる(EM 44)と説明されている。しかし、8項の記述にはこの許容限度に関して具体性がなく、重大性や重要性との異同が十分理解できない。

公開草案ISA 701は、重要な監査事項の決定が監査人の職業専門家としての判断の問題であるとして、その決定に際しての監査人の意思決定プロセスは、監査において最も重大性を有していた事項に関する監査人の判断に基づいて、ガバナンスを担う人々とコミュニケーションを行った事項から少数の事項(a smaller number of matters)を選ぶことが意図されている(A1項)。

また、この重要な事項の数に関して、重要な監査事項が「最も重大性を有する」事項であり、そのため相対的な概念であることから、常に、監査における一つ以上の「最も重大な」事項であると見込まれる(EM 59)とし、一般に、重要な監査事項の数が多くなればなるほど、監査人による重要な監査事項に関するコミュニケーションの有用性は少なくなってしまう(A7項)ことから、通常、数個の重要な監査事項を監査報告書に記載されることが想定されているようである。しかし、後述するように、例外的に重要な監査事項を全く識別しないことも許容されている。

重要な監査事項の例示
公開草案は、無限定適正意見の場合の監査報告書の例示において、以下の四つの重要な監査事項を掲げている(EM 29、13頁例示)。
・ のれん 減損テストの評価への評価専門家のアシストを受けたこと、のれんの回復可能額の算定に重大な影響を及ぼす当該テストの結果に最も敏感な仮定に係る開示の適切性を重要な監査事項とした旨 (注;現在の我が国の会計基準ではのれんの減損の回復は認められていない。)
・ 金融商品の評価 当該評価が市場価格でないため重要な不確実性があることを重要な監査事項とした旨。
・ XYZビジネスの買収 買収の取得価額が暫定のため、一年後の決定額と差異があり得ることを重要な監査事項とした旨
・ 長期契約に関連する収益認識 当該収益認識に経営者の重要な判断が関連しているため、特別な検討を必要とするリスクとして識別していることを重要な監査事項とした旨。監査では契約に係る覚書があることに関する証拠は入手していない旨。

これらは、例示目的であり、個々の監査業務と企業の事実および状況に応じて変更されることが想定されている(EM 29)。

例示はいずれも特別な検討を必要とするリスクとして識別され、監査上の対応が行われているものと思われる。なお、最後の例示の「監査では契約に係る覚書があることに関する証拠は入手していない旨」という断片的な一部の監査証拠に係る記述を行うことには疑問が残る。

重要な監査事項の伝達
IAASBは、利用者が求めている価値をもった重要な監査事項のためには、監査人が、当年度の監査との関連で可能な限り特定した方法で当該事項を記述することが実務上必要となろう(EM51)とし、企業に関する情報については、事項に関する企業の開示の主要な局面をハイライトするかまたは要約することになると見込まれる(EM52)として、公開草案ISA 701に「監査人は、監査報告書において、8項に準拠して決定した重要な監査事項を『重要な監査事項』の表題を付した個別セクションとしてコミュニケーションしなければならない。監査報告書には以下を記述しなければならない」(9項)としている。
・ 重要な監査事項は、監査人の職業専門家としての判断によって、〔当事業年度の〕財務諸表の監査において最も重大性を有していた事項であること。
・ 重要な監査事項は、〔ガバナンスを担う人々〕とコミュニケーションを行った事項から選択されたが、協議したすべての事項を表示することを意図されていないこと。
・ 当該事項に関連する監査人の手続は、全体としての財務諸表の監査に関連して立案されていること。
・ 財務諸表に対する監査意見はいずれの重要な監査事項に関して修正されていないし、監査人は当該個別事項に対して意見を表明していないこと。

これらの監査報告書における記載事項の例示は、次のとおりである(EM13頁例示)。
「重要な監査事項は、当監査法人の職業専門家としての判断において、連結財務諸表の当監査法人の監査において最も重大性を有していた事項である。重要な監査事項は、〔ガバナンスを担う人々〕とコミュニケーションを行った事項から選択されたが、協議したすべての事項を表示することを意図されていない。当該事項に関連する当監査法人の監査手続は、全体としての連結財務諸表の当監査法人の監査に関連して立案されている。連結財務諸表に対する当監査法人の監査意見は、以下に記述している重要な監査事項のいずれに関しても限定されていないし、当監査法人はこれらの個々の事項に対して意見を表明していない。」

また、「監査人は、無限定適正意見を表明する場合、個々の重要な監査事項に適当な表題を付して重要な監査事項セクションに記述しなければならない。それぞれの重要な監査事項ごとの記述は、以下を含まなければならない」(10項)としている。
・ 監査人が監査において最も重要性を有している事項の一つになる事項(the matter to be one of most significance in the audit)と考えた理由、および監査人がこの説明の一部として必要と考えた範囲で、監査に対する影響についての説明
・ もしあれば、財務諸表における関連した開示へのリファレンス

この10項の要求事項は、個々の重要な監査事項を監査報告書に含めるための詳細なレベル(the level of detail)に関する監査人の判断に余裕をもつのに十分な原則主義となることが意図されている(EM 46) とし、重要な監査事項の記述の十分性と適切性は職業専門家としての判断の問題であるが、その記述は、当該事項が監査において最も重要性を有していた事項の一つになった理由(why the matter was one of most significance in the audit)および監査人が必要と考える範囲での監査に対する影響について、財務諸表の利用者が理解できるような簡潔な説明(a succinct explanation)を提供することが意図されている(A30項)としている。このような意図については理解できる。

高度にテクニカルな監査用語を使用することの制限は、監査に関する合理的な知識を有していない利用者が、監査中の特定の事項に監査人の関心を集中させることに係る根拠を理解できるようにするのに役立つ(A30項)としているが、この説明記述に関する制限を直接規定している要求事項はなく、また、財務諸表の利用者としてISA 320の規定する合理的な知識を有している利用者が想定されている(A3項)ことから、たしかにあまりにも高度な監査用語を利用することは有益ではないが、一定のテクニカル・タームを使用せざるを得ないと考える。

これらの規定上の意図や説明記述の仕方に関する基本的な考え方は理解できても、具体的にどのような説明記述をすればよいかが、先に掲げた例示を参照しても、まだ十分に理解できない。いずれにせよ、利用者への価値のある重要な監査事項のコミュニケーションのためには、監査人が監査において最も重大性を有する事項の一つとなると考える理由について、十分に説明することが必要である(例えば、当該事項を重要な監査事項と決定した理由に関する洞察を提供する。)(EM 48)ということであろう。

そのため、監査報告書における重要な監査事項の記述は、事項が重要な監査事項として決定された理由に関する洞察を提供するよう意図されている。その記述は以下を参考にする(A31項)としている。
・ 監査人のリスク評価に影響しているかもしれない要素、例えば、
   ・ 見積りの高い不確実性
   ・ 監査証拠の入手可能性に影響する経済状況。例えば、ある種の金融商品のひどく流動的な市場
  ・ 新たなまたは台頭している会計方針。例えば、監査チームが事務所内で相談を行った企業または産業に特有の事項
  ・ 財務諸表に重要な影響のある企業戦略またはビジネス・モデルの変更
・ 当該事項への監査人のアプローチ。例えば、監査証拠の入手に際して監査人が専門家を利用したかどうか。例えば、経営者が用いた仮定を評価するためにアクチャリーその他の専門家の利用
・ 当該事項が重大な経営者の判断に関係しているかどうか。
・ ガバナンスを担う人々との主要なコミュニケーション(key communications)

このような監査報告書に記述する重要な監査事項として決定した理由は、監査人が識別・評価した特別な検討を必要とするリスクのうち最も重要と判断した事項に係る洞察(判断根拠)のことであると解される。

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