ISAの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その5)

前回に引き続き、公開草案ISA701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters)」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。

財務諸表に開示されていない事項
公開草案ISA701は、事項の性質や財務諸表に開示されていないという事実のため、次のような重要な監査事項と決定した事項が機密事項とみなされる場合、監査人は、その事項が監査において最も重大性を有していた事項の一つになった理由を説明するために、重要な監査事項についてどのように記述することがベストかを考える必要がある(A36項)としている。
 ・企業との関連から特に識別された不正リスク
 ・内部統制の重大な不備

財務諸表に開示されていない事項を重要な監査事項として監査報告書に記載することは、監査人が情報の発信者になることにほかならない。前述のように、監査人が情報の発信者になることに関する反対が多かったため、公開草案ISA 701は、監査人の判断によって、監査人が提供する追加情報が重要な監査事項の記述にとって重要(critical)であり、企業に関する情報の提供が法令によって禁止されていない場合を除き、監査人は、本来、企業の経営者およびガバナンスを担う人々の責任である企業に関する情報を不適切に発信する重要な監査事項の記述を回避するようにすることが適切である(A37項)とした。

そのため、監査人が企業の情報に係る発信者とならないためには、監査人は、そのような情報を含んだ財務諸表の関連した開示を参照するように経営者またはガバナンスを担う人々を促す(A37項)ことが必要であるとしている。

しかし、A37項は、監査人が情報の発信者になることを全面的に禁止していないことに留意が必要である。そして、当該情報を財務諸表に開示することを経営者またはガバナンスを担う人々が拒絶したときには、重要な監査事項として監査報告書に記載することが想定されているように思われる。

私見では、監査人が情報の発信者になってはならないと解することから、重要な事項が開示されていないのであれば、適正表示の不備として、監査意見に反映させることを検討すべきと考える。

監査への影響
公開草案ISA701は、ある事項を監査人が監査において最も重要性を有する事項の一つになると考えた理由を説明する際に、監査人は監査に対する影響を記述することの必要性について考えることがあり、その記述には、実施した監査手続や監査人の当該事項へのアプローチに関する概要(a brief overview)または当該事項に関する監査手続の結果に関する証拠(indication)を含むことがある(A38項)としている。

IAASBは、重要な監査事項の記述において、すべての場合に監査手続またはその結果(発見事項や結論)についての協議を含めるべきかどうかを議論してきており、また、重要な監査事項が個別の保証または「断片意見」(piecemeal opinions)として理解される可能性について懸念が表明されていた(EM 49)。

そのため、公開草案ISA 701は、監査の複雑な領域または判断を必要とする領域における監査手続を記述する際には、評価した重要な虚偽表示のリスクへの監査人の対応および関連している重大な監査人の判断の内容や範囲について適切にコミュニケーションを行うために簡潔な方法で実施した手続を要約することが困難なことがあるという難問(challenges)が存在するが、監査人が実施したいくつかの手続を記述することが必要または求められていると考えた場合には、そのような記述は手続の詳細な記述を含むというよりも概要によることが典型的である(A39項参照)としている。

そして、このようにすることによって、すべての場合に監査手続の協議や結論の記述を強制するよりも、監査への影響を記述する際に監査人に柔軟性をもたらす(EM 49参照) としている。
また、ある事項に関係して監査アプローチを記述することは、特に監査アプローチが企業に関する事実と状況に合わせて大きく修正することが必要なとき、例えば、監査人が監査事務所の内外の専門家を利用したり、複雑な問題について監査事務所の内外で協議・相談を行ったりしたときに、異常な状況と重要な虚偽表示のリスクに対応するために必要な重大な監査人の判断を理解する際に利用者に資することがある。また、特定の期間における監査アプローチが、企業に特有の環境、経済状況または業界の展開(24項のその他の考慮事項参照)によって影響を受けることがある(A40項参照)としている。

事項が満足いくように解消されているかどうかに関して不確実性を生じさせないために、監査人は、監査報告書上の重要な監査事項の記述に監査人の対応の特定の結果、すなわち監査の影響を説明する際に監査人がある事項に関連する発見事項や結論を示すことが必要と考えるならば、重要な監査事項についての協議が個々の事項に対する意見を伝達しているという印象を与えないことも必要である(A41項参照)としている。

以上の公開草案ISA 701における規定は、重要な監査事項に係る説明の記述を監査人に任せることを意味しており、伝えるべき事柄や伝えてはならない事柄を明確にしていない。このことは、監査人が、実施した監査手続や結論、あるいは監査アプローチを説明することを許容していることになり、それはひいては断片意見の表明につながってしまうことが容易に想像できる。事実、監査報告書の例文に断片意見の表明が示されている。

監査報告書においては、財務諸表が適正に表示されているかどうかに係る監査意見以外の監査人の意見・判断はどのようなものであっても表明すべきではないと考える。

財務諸表における関連した開示へのリファレンス
公開草案ISA 701は、重要な監査事項ごとの記述は、財務諸表に開示されているものを単に繰り返すのではなく、関連した開示にリファレンスすることによって、利用者が当該事項に関する経営者の見込みと監査人の見込みの双方を理解できるようにする(A42項)としている。

また、ある特定の事項が当年度の財務諸表にどのように影響しているかに関係する特定の局面や要素について経営者によるよりしっかりした開示(robust disclosure)は、当該事項が監査においてどのように対応されているかに関する特定の局面に焦点を絞る際に監査人に資することがある。例えば、企業が会計上の見積りに関するしっかりした開示を行っているとき、監査人は、主要な仮定と他の見積りに係る不確実性の開示、可能な結果の範囲に関する開示および見積りに係る不確実性の主要な源泉や重要な会計上の見積りに関係する量的・質的な開示に注意する(A43項)としている。

重要な監査事項の記述とその他の監査報告書に含める要素との相互関連
公開草案ISA 701は、限定意見または不適正意見の起因となった事項または継続企業の前提に係る重大な疑義に関連する重要な不確実性の存在がそれ自体の性質から重要な監査事項であるが、監査人は以下のように監査報告書を作成しなければならない(11項)としている。
・ISAに準拠して当該事項を報告しなければならない。
・監査報告書の重要な監査事項のセクションに当該事項を記述してはならない。
・重要な監査事項のセクションの冒頭記述において、限定事項または継続企業の根拠のそれぞれのセクションにリファレンスをとらなければならない。

意見の限定事項や継続企業に前提に関連する重要な不確実性は、それ自体が重要な監査事項ではあるが、重要な監査事項として取り扱わないで、それぞれの取り扱いにしたがうということである。

ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション
公開草案ISA 701は、「監査人は、監査人が決定した事項が監査報告書に含められる重要な監査事項であることについてガバナンスを担う人々とコミュニケーションしなければならない」(12項)としている。

ガバナンスを担う人々は、このコミュニケーションによって、監査人が監査報告書によって伝達しようとしている重要な監査事項に気付くことができる。場合によっては、経営者またはガバナンスを担う人々が、重要な監査事項に関連する財務諸表に新たな開示の追加または改善を行うことを決定することがある。例えば、会計上の見積りに用いられた主要な仮定の機密性または財務報告の枠組みにおいて代替的方法が容認されているときの特定の会計実務や方針に関する企業の理論的根拠についての活発な議論をもたらす(A46項)。

このガバナンスを担う人々とのコミュニケーションは、監査人が監査報告書に重要な監査事項を記述することを決定した後、すなわち監査の最終段階であり、監査報告書発行の直前の時点で行われる。監査人がある事項が重要な監査事項とするかどうかを決定するために行わるコミュニケーションではないことに留意が必要である。

このコミュニケーションは、ガバナンスを担う人々のみでなく、実務上は、経営者とも直接コミュニケーションをとるべきであると解する。

ガバナンスを担う人々または経営者とのコミュニケーションによって、財務諸表の開示の追加または改善が行われることがあった場合、監査人は、重要な監査事項としないと判断することがもろうが、多くの場合、開示の追加または改善によって、重要な事項に係る記述の変更・修正はあり得るが、重要な監査事項そのものとして監査報告書に記述すること自体に変更はないであろうと思われる。

また、このコミュニケーションによって、経営者またはガバナンスを担う人々と活発な議論を行うことは監査人が重要な監査事項として監査報告書に記載することの是非についてであろう。重要な監査事項自体の内容そのものについてこの時点で活発な議論が行われることであれば、十全な監査が実施されていたかどうかについて首を傾げたくなる。

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