特別目的の財務諸表の監査について(その1)

企業会計審議会監査部会は平成25年11月19日に「監査基準に改定について(公開草案)」を公表し、これまでの一般目的の財務諸表の適正性に係る監査意見を表明する監査のほかに、特別目的の財務諸表に係る監査意見を表明することを容認する方向をうちだした。この公開草案が確定した後すぐに日本公認会計士協会から監査基準委員会報告書として監基報800番台シリーズが公表される段取りになっているものと推察される。

本ブログでは、我が国の取り扱いを検討する際の参考に国際監査基準(ISA)に基いて特別目的の財務諸表の監査について検討する。検討するISAは、2009年12月15日以後に開始する事業年度の財務諸表に係る監査から適用されている、ISA 800「特別な検討-特別目的フレームワークに準拠して作成された財務諸表の監査」(Special Considerations – Audits of Financial Statements prepared in accordance with Special Purpose Frameworks) (以下「ISA 800」という。)、およびISA 805「特別な検討-単独の財務表および財務表の特定の要素、勘定科目または項目の監査」(Special Considerations – Audits of Single Financial Statements and Specific Elements, Accounts or Items of a Financial Statement) (以下「ISA 805 」という。)である。

なお、ISA の800番台シリーズには、上記のほかにISA 810「要約財務諸表に対する報告業務(Engagements to Report on Summary Financial Statements)」(以下「ISA 810」という。)があるが、監査部会における検討は上記の二つに限定されているため、ISA 810は検討外とする。

ISA 800の概要
ISA 800「特別な検討-特別目的フレームワークに準拠して作成された財務諸表の監査」は、その表題が示すとおり、特別目的の財務諸表に係る監査上の取扱いを明らかにしている。

(1) 特別目的の財務諸表
財務諸表の適正性に係る監査意見を表明する監査の対象である財務諸表は、「一般目的(general purpose)」のフルセット(a complete set)の財務諸表である。これに対して、特別目的の財務諸表は、後述する「特別目的フレームワーク(special purpose framework)」(6項)に準拠して作成された財務諸表であり、原則は関連する注記(重要な会計方針の要約およびその他の説明情報)を含むフルセットの財務諸表であるが、その様式や構成内容あるいはどのようなものがフルセットの財務諸表であるかは、財務報告フレームワークによって決定される(7項参照)。

したがって、特別目的フレームワークに準拠して作成されたフルセットの財務諸表は、一般目的の財務諸表とあまり異ならないものから、通常の財務諸表と比較すると一部としか思われないようなもの、あるいは財務諸表かどうかに疑念を生じされるかもしれないものもフルセットの財務諸表に該当する可能性があることに留意が必要である。

そのため、特別目的フレームワークが適用可能な財務報告のフレームワークかどうか、それに準拠して作成された財務諸表に監査意見を表明できるかどうかの監査人の判断が重要になる。

それゆえに、監査人は、ISA210に準拠して適用可能な財務報告のフレームワークかどうかを判断するが、特別目的の財務諸表の監査の場合には(1)財務諸表が作成される目的、(2)意図されている利用者、および(3)適用する財務報告フレームワークが状況に適合していると判断するために経営者が行ったステップについて理解しなければならない(8項)とし、とりわけ、財務報告の適用可能性の判断に際しては意図されている利用者の財務情報のニーズが重要な要素である(A5項)としている。

(2) 特別目的フレームワーク
特別目的フレームワークは「財務情報を特定の利用者のニーズに合致するようにデザインされた財務報告のフレームワーク」(6項)であり、適正表示フレームワークまたは準拠性フレームワークである(6項)が、その例示は次のとおりである(A1項)。
 • 税務申告書に添付される財務諸表に係る税法基準
 • 資金提供者のために作成が求められているキャシュフロー情報に係る現金基準
 • 行政監督の定めに合致させるために規定されている財務報告条項
 • 社債発行契約や銀行借入契約のような契約により定められた財務報告条項

特別目的フレームワークは会計基準設定母体または法令によって確立されている財務報告フレームワークに基づいているが、それに準拠して作成された財務諸表は当該財務報告フレームワークの規定のすべてではなく、その大半に準拠している場合として契約により定められた財務報告条項を例示している(A2項参照)。

「契約により定められた財務報告条項」は、特定の法制度のもとでの財務報告基準(the Financial Reporting Standards of Jurisdiction X)が想定されていることから、特別目的フレームワークの全体を契約あるいは当該報告基準が定めているとは思われない。多くの場合、財務諸表の作成に際して、適正表示フレームワーク(すなわちGAAP)の一部についてその要求事項に代えて契約条項に準拠することを求めているものと思われる。

それゆえと思われるが、この場合、たとえ会計基準設定母体や法令によって確立された財務報告フレームワークが適正表示フレームワークであったとしても、特別目的フレームワークは財務諸表の適正表示を達成するために必要とされる適正表示フレームワークのすべての要求事項に準拠していないため適正表示フレームワークではない(A3項参照)としている。したがって、この特別目的フレームワークは準拠性フレームワークである。

我が国においては、金融商品取引法や会社法に基づく監査のほかに、種々の法令に基づく制度監査が存在している。これらの監査は、現在、財務諸表(計算書類)の適正性の監査として実施されているが、行政監督の定めに合致させるために規定されている財務報告条項に該当すると思われる。なお、JICPAは、特別目的の財務諸表に対する監査の導入によって、これらの監査制度の純化を目論んでいるようである。

税法基準に準拠して税務申告書に添付される財務諸表が作成される実務がドイツにあり、その税法基準に準拠して作成された財務諸表に対する監査の実施の要請があるようである。資金提供者のために作成が求められているキャシュフロー情報に係る現金基準に準拠した財務諸表は、いわゆる資金繰表のことであろうと解される。その場合、資金提供者に必要な情報だけが作成、提示されるのではないだろうか。そうであれば、それはフルセットの財務諸表とはいえないように思われる。

以上から、これらの例示されている特別目的フレームワークは、いずれも適正表示フレームワークに該当しないで、準拠性フレームワークに該当するものと解される。そうであるとすると、特別目的フレームワークが適正表示フレームワークに該当するケースはISA800では想定されていないということなのであろうか。

(3) 適用するISA
監査人は、一般目的の財務諸表の監査の場合にはすべてのISAに準拠することが必要であるが、特別目的の財務諸表の監査の場合は、状況に応じて必要と判断されるISAを適用する(10項参照)。

契約により定められた財務報告条項に準拠して作成された財務諸表の場合、監査人は、他の合理的な解釈が財務諸表に表示されている情報について重要な相違をもたらすかもしれないため、ISA315により、経営者が財務諸表の作成に際して行った契約に係る重要な解釈について理解しなければならない(10項参照)とされている。

(4) 監査報告書
監査報告書にはISA 700を適用しなければならない(11項)。ISA 700は、監査報告書において適用されている財務報告フレームワークを参照することを求めているが、監査報告書において特別目的の財務諸表が適用可能な財務報告フレームワークに準拠して作成されている旨を記述することは、会計基準設定母体または法令によって確立されている財務報告フレームワークに完全に準拠していることを含意しているために不適切である(A2項参照)。

つまり、作成された特別目的の財務諸表が特別目的フレームワークに準拠しているため、監査報告書において「一般に公正妥当と認められた企業会計の基準に準拠して作成されている」旨を記述できないということである。そのため、契約条項に準拠して作成された財務諸表の場合には、監査人は、財務諸表に契約における財務報告の条項が記述され(A2項参照)、財務諸表その基礎となっている契約の重要な解釈について適切に記述しているかどうかを評価しなければならない(12項)。

特別目的の財務諸表に対する監査報告書には、次の事項を記述することが求められている(13項)。
 • 特別目的の財務諸表の作成目的、および必要な場合には、意図されている利用者または当該情報を含んでいる特別目的の財務諸表の注記への参照に関して記述しなければならない。
 • 経営者が特別目的の財務諸表の作成における財務報告フレームワークを選択している場合、財務諸表に関する経営者の責任についての説明が適用可能な財務報告フレームワークが状況において許容されるという決定に係る経営者の責任の記述とともに行われなければならない。

例示されている契約の場合監査人が表明する監査意見は、「20x1年12月31日に終了する事業年度のABC会社の財務諸表は、すべての重要な点において、契約書Z条の財務報告に係る規定に準拠して作成されていると認める」とする(付録例示)。このことは、監査意見は「適正に表示している」と表明できないことを意味している。

また、監査報告書にはその利用者に対する警告文、すなわち財務諸表が他の目的には適切ではない旨を「会計処理の基礎(Basis of Accounting)」の表題の下に強調事項(Emphasis of Matter Paragraph)として記述しなければならない(14項)。さらに、監査人は、必要に応じて、監査報告書の利用制限に関する記述を追加することがある(A15項)。

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