ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その3)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」について検討する。今回は、重要な監査事項の決定のアプローチと、公開草案に記述されていた重要な監査事項の例示についてである。

重要な監査事項の決定のアプローチ
 重要な監査事項(KAM)の決定のアプローチについてISA701は、「監査人は、ガバナンスを担う人々(TCWG)とコミュニケーションを行った事項のなかから、監査の実施に際して監査人の重大な注目をひいた事項(those matters that required significant auditor attention)を決定しなければならない。この決定を行う際には、監査人は、以下のことを勘案(take into account)しなければならない」(9項)としている。
 ・ ISA315に準拠して識別した、高いと評価した重要な虚偽表示のリスクまたは特別な検討を必要とするリスクの領域
 ・ 重大な経営者の判断(高い見積りの不確実性があると識別されている会計上の見積りを含む。)に関連した財務諸表の領域に関係している監査人の重大な判断(significant auditor judgment)
 ・ 監査対象事業年度中に生じた重大な事象や取引の監査に対する影響
 そして、「監査人は、9項に従って決定した事項のどれが当年度の財務諸表表監査における相当に重大な事項であるかを決定しなければならない。そしてそれが(and therefore)重要な監査事項である。」(10項)としている。
 KAMの決定に際して、まず、9項は監査の実施に際して監査人の重大な注目をひいた事項を決定することを求め、10項がKAMを決定することを求めている。このように9項と10項と進むプロセスは「原則ベース・アプローチ」(a principle-based approach) (BC 23)またはKAMを決定するための意思決定フレームワーク(BC 26)と呼ばれている。
 このアプローチまたはフレームワークでは「重大な注目をひいた事項」、「相当に重大な事項」および「重要な監査事項(KAM)」という三つの概念が提示されていることに留意しておきたい。特に、定義と10項の記述から、「重要な監査事項」と「相当に重大な事項」は同義であり、後者は前者の言い換えのように理解できるが、「相当に重大な事項」が独立して使用されている記述もあるため、両者の関連性と相違点を明確にしていく必要があるであろう。この詳細は次回に検討する。
 このISA701のKAMを決定するためのアプローチまたはフレームワークは修正されている。公開草案のアプローチまたはフレームワーク(8項)は、修正後の9項に継続している三つの領域を含む重大な注目をひいた領域を勘案して、TCWGとコミュニケーションを行った事項のなかからKAMを決定することを求めていたが、これに対して「監査人の重大な注目をひいた事項」の概念があまりにも広義のため(BC 22)などによって規定が分かりづらい、フィールド・テストの結果ではKAMの決定がほとんど直観的なプロセス(an intuitive process)のため監査人の思考ないし判断プロセスに近づけるようにフレームワークの改良を要する(BC 20参照)、KAMの兆候(indicators)のタイプの特定のため適用指針の強化を要する(BC 21) などのコメントがあった。
 これらのコメントへ対応するためIAASBは、公開草案の8項をISA 701の9項として改正し、10項の要求事項を追加してアプローチないしフレームワークを修正するとともに、関連する適用指針を強化した(BC 26から29参照)。その結果、9項は「監査中に監査人の重大な注目をひいた領域の「ドライバー」を検討するための監査人が通過しなければならない熟慮されたプロセス」(BC 27)であり、KAMの決定のための意思決定のフレームワークの最初のステップとして監査人の重大な注目をひいた事項を決定する(BC 26参照)。そして、10項は二番目の「フィルター」またはKAMの決定は、監査人の重大な注目をひいた事項から相当に重大な事項の選定であることにハイライトした意思決定のフレームワークのステップである(BC 28参照)としている。
 この改訂されたプロセスが、重大な注目をひいた事項→相当に重大な事項→重要な監査事項(KAM)の3ステップであるか、あるいは、公開草案と同様に2ステップであるかが不明確なため、公開草案からISA 701への修正が「意思決定のフレームワークを一層明瞭に述べている」(BC 28)と言えるのか、あるいはより複雑かつ不明瞭になったのかは見解が分かれるところであろう。(詳細は後述するが、私見は後者である。)
 このようなアプローチないしフレームワークにしたがって、TCWGとコミュニケーションした事項のなかから決定するKAMの数は、「少数」(a smaller number)が意図されており(A9項参照)、当年度の財務諸表監査における相当に重大な事項に限定されている(A10項参照)。また、前年度の監査報告書に含められたKAMを更新することは求められていないが、監査人が前年度のKAMを当年度も継続するかどうかを検討することは有用である(A11項参照)とされている。このA9項からA11項ついての検討は不要であろう。
 ところで、KAMの決定のアプローチないしフレームワークに関連したBCの記述から、「相当に重大な事項」が「KAMの兆候」(indicators of KAM)と位置付けられているようであり(BC 21)、9項が求めている「勘案する」ことが「明示的に検討する」ことを意味している((BC 26)。前者については「相当に重大な事項」の検討に際して、このポイントについてもみていきたい。後者の検討(勘案)することは、9項の三つの領域を監査人の重大な注目をひいた領域に関する「ドライバー」として具体的に検討することである。その検討(勘案)に際しては、強化された適用指針に従うことが求められているということであろう。これについても次回においてさらに検討する。
 なお、重要な監査事項の決定のアプローチないしフレームワークでは、監査人がTCWGとコミュニケーションを行った事項のなかから、監査人の重大な注目をひいた事項(9項)をまず決定し、そのなかからKAM(10項)を決定することを求めているが、どこかおかしい。監査人は監査人の重大な注目をひいた事項からTCWGとコミュニケーションを行う事項を選択して、その後、TCWGとコミュニケーションを行った事項からKAMを決定するというステップが自然である。以下ではこのステップを前提に検討していく。

重要な監査事項の例示
 KAMの決定に関連して、公開草案では、無限定適正意見の場合の監査報告書の例示として、個々の監査業務と企業の事実および状況に応じて変更されることが想定されているとしながらも、以下の四つの重要な監査事項を掲げていた(EM 29、13頁例示)。
 ・ のれん 減損テストの評価への評価専門家のアシストを受けたこと、のれんの回付可能額の算定に重大な影響を及ぼす当該テストの結果に最も敏感な仮定に係る開示の適切性を重要な監査事項とした旨
 ・ 金融商品の評価 当該評価が市場価格でないため重要な不確実性があることを重要な監査事項とした旨。
 ・ XYZビジネスの取得 買収が終了したが、取得価額が暫定のため、一年後の決定額と差異があり得ることを重要な監査事項とした旨
 ・ 長期契約に関連する収益認識 当該収益認識に経営者の重要な判断が関連しているため、特別な検討を必要とするリスクとして識別していることを重要な監査事項とした旨。監査では契約に係る覚書があることに関する証拠は入手していない旨。

 例示されていた四つの事項が、監査対象の企業に該当があれば、当然にKAMとすることが求められていると解されたため、公開草案へのコメントは、全般的に、要求されたKAMすなわちすべての状況で報告される事項を特定することは決まり文句となり(boilerplate)利用者にあまり適合しない情報の提供とみられてしまうため有用ではない(BC 19)と反対した。そのため、ISA 701ではこのような例示は一切なくなっている。このような例示が特定項目の強制と解されがちであるため、例示を削除したことには賛成する。
 したがって、ISA701の下では、監査人は自らの判断でKAMを選定(決定)しなければならないことに留意が必要であろう。しかし、このことがKAMの記載に関する問題、批判あるいは不満の原因となる可能性があることについてはあらためて検討する。

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