ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その6)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」について検討する。今回は、ISA 701が企業についての情報をどのように取り扱うこととしているか、また、ガバナンスを担う人々(TCWG)とのコミュニケーションについて規定しているところをみていきたい。

企業についての情報
 前回においてA28項の「相当に重大な事項の概念は企業および実施した監査の文脈で適用される」ことについて、実施した監査との関連(文脈)で監査に特有な事項として相当に重大な事項を識別することは理解できるが、企業との関連(文脈)で相当に重大な事項を識別することが理解できないため今回検討を行うとした。
 A 28項はおそらくIAASBが「KAMの概念を支持しない人たちの懸念、特に企業について監査人が『第一次情報』(original information)をコミュニケーションすることへの懸念に対応するように努め、可能な限り企業に特有なものとしてKAMを記述する必要性に対応するように努めた」(BC 16)ことに関連していると思われる。そのため、おそらく多くの場合「第一次情報」とならざるを得ないと思われる、企業に関する理解のための追加情報を財務諸表の利用者(特に機関投資家)に提供することの可否についてISA701がどのように取り決めたかをみていく。
 ISA701は、監査人が監査報告書に第一次情報を含めることについての懸念を緩和させる(alleviate)(BC 39) ために、第一次情報とは企業が財務諸表上の開示以外の方法で公表していない企業についての情報であり、監査報告書日に利用可能な財務諸表または他の情報に含まれていない情報、例えば、財務情報の事前発表(a preliminary announcement)や投資家ブリーフィングのような経営者やTCWGによる口頭または文書によるコミュニケーションによって対応されていない情報であるとして、このような情報の伝達は企業の経営者やTCWGの責任であるとした(A35項参照)。そして、KAMの記載が監査に関連した(文脈での)事項の記載であるため、企業についての第一次情報自体は通常KAMに該当しない。それゆえ監査人は、企業についての第一次情報を不適切に提供することになるKAMの記載を避けるよう努めることが適切である(A36項参照)としている。
 このように、まだ未公表の企業についての情報である第一次情報の公表は経営者やTCWGの役割であり、監査人がKAMとして監査報告書に記載する情報ではないということである。そうであれば、監査人は企業についての情報をKAMとして監査報告書に記載してはならないことになる。そのためISA701は、監査人がある事項を監査における相当に重大な事項の一つと考え、KAMと決定された理由や当該事項が監査においてどのように対応されたかについて説明するために当該情報を監査報告書に含めることが必要と決定したときには、監査人が監査報告書で第一次情報を提供するよりもむしろ経営者またはTCWGに追加情報の開示を推奨する(encourage)ことがある(A36項参照)としている。
 そして、ISA701は、KAMが監査報告書においてコミュニケーションされるという事実に照らして、経営者またはTCWGがKAMに関連する財務諸表またはアニュアルリポートのどこかに新たなまたは更新した開示を含めると決定することがあり、例えば、会計上の見積りに用いられた主要な仮定の(リスクへの)感応度または適用される財務報告のフレームワークの下で容認されている複数の代替処理が存在しているとき特定の会計実務や会計方針に関する企業の合理性についてのより確固たる情報の提供のためにそのような新たなまたは更新した開示が含められることがある(A37項参照)としている。
 このように監査人の推奨等に基づいて経営者またはTCWGが新たなまたは更新した開示として企業についての情報を公表した場合には、監査人は当該情報をKAMとして監査報告書に記載することになると考えられる。
 しかしISA701は、監査人が企業についての情報を追加情報等として開示することを推奨したにもかかわらず、経営者が当該開示を行わない場合の監査上の取扱いを明らかにしていない。つまり、監査人が第一次情報として(未公表の)企業についての情報をKAMとして監査報告書に記載することを明確には禁止していないのである。このことは、例外的に、企業についての情報(第一次情報)をKAMとして監査報告書に記載することが容認されていることを意味している。そして、このISA701のスタンスは若干の表現上の相違があるが基本的に公開草案A36項およびA37項と同一である。
 したがって、ISA701が「企業について監査人が『第一次情報』をコミュニケーションすることへの懸念に対応するように努め、可能な限り企業に特有なものとするようにKAMの記述に関する必要性に対応するように努めた」(BC 16)ことにはならないし、監査人が監査報告書に第一次情報を含めることについての懸念を緩和させる(alleviate)(BC 39)ことにもなっていないと解する。

TCWGとのコミュニケーション
 TCWGとのコミュニケーションについてISA701は、「監査人は、次の項目についてTCWGとコミュニケーションを行わなければならない」(17項)としている。
 ・ 監査人が重要な監査事項であると決定した事項、または
 ・ 適用可能であれば、企業および監査の事実と状況に応じて、監査報告書においてコミュニケーションすべき重要な監査事項がないとの監査人の決定
 この要求事項を充足するタイミングは、「決定事項」としてのKAMについてのコミュニケーションであるから監査結果の報告時点と解して良いのであろうか。そのような特定の時点は、「KAMについてのコミュニケーションのための適切なタイミングは監査業務の状況によって多様である」(A60項)ため想定されていないようである。むしろ、監査人が監査計画についてTCWGと協議するときにKAMについての予断(a preliminary view)をコミュニケーションし、監査最終段階での監査の発見事項についてのコミュニケーションを行うときに当該事項を協議することによって、財務諸表の発行のための最終化の時点でのKAMについての忍耐を必要とする(robust)二方向協議の開催を試みるという実務的なチャレンジを緩和する(alleviate)ことに役立つことがある(A60項参照)として、数回のコミュニケーションを行う場をもつことが推奨されている。
 それにもかかわらず、17項の要求事項は、KAMの有無についてのコミュニケーションを行うことだけが求められている。しかし、ISA701と関連してTCWGとコミュニケーションを行うことが推奨されている事項は、監査計画の立案段階では、前述のように、特別な検討を必要とするリスク(ISA260 15項、A13項)、より高いと評価された重要な虚偽表示のリスクへの対応計画および監査人の重大な注目をひいた領域になるかもしれないし結局それが重要な監査事項となるかもしれない事項についての予断(a preliminary view) (ISA260 A13項) であり、監査終了段階では、特別な検討を必要とするリスクおよび監査人の重大な注目をひいた事項とそのうちどれが重要な監査事項となるかもしれない事項についての監査人の決定(ISA260 A18項)である。
 これらのうち要求事項は計画段階の特別な検討を必要とするリスク(ISA260 15項)だけで他は適用指針による規定である。したがって、ISA260およびISA701によって監査人がTCWGとコミュニケーションを行わなければならない事項は、特別な検討を必要とするリスクとKAMの有無だけということである。
 KAMはTCWGとコミュニケーションを行った重大な注目をひいた事項のなかから監査において相当に重大な事項として決定されると規定しているにもかかわらず、重大な注目をひいた領域や事項が、要求事項としてコミュニケーションの対象として規定されていないのは何故なのであろうか。推測するに、監査計画の概要(ISA260 15項)あるいは監査終了段階における会計実務の重大な質的局面に関する監査人の見解、監査中に遭遇した重大な困難、経営者と協議等を行った監査中に生じた重大な事項など(ISA260 16項)のコミュニケーションを行う項目が、監査人の重大な注目をひいた(ひく)領域・事項に関連しているために、要求事項としてコミュニケーションの対象とするまでもないということなのではないだろうか。
 このような監査人とのコミュニケーションによって、TCWGは監査人が監査報告書に記載しようとしているKAMに気付くことが可能になり、必要な場合には一層の説明(clarification)を入手する機会が得られる(A61項参照)としている。また、監査人がTCWGとの協議を有益にするために監査報告書の草案を提出することによって、TCWGに当該コミュニケーションが財務報告プロセスの監督(overseeing)における重要な役割を認識させ、TCWGが監査人のKAMに関係する意思決定の根拠(basis)およびどのようにKAMが監査報告書に記載されるかを理解する機会を提供するとともに、監査報告書に当該事項が記載されるという事実に照らして新たなまたは強化された開示が有用かどうかをTCWGが検討することを可能にする(A61項参照)としている。また、非常に稀な状況ではあるが重要な監査事項と決定した事項を監査報告書においてコミュニケーションしないと監査人が決定したときもTCWGとコミュニケーションを行う(A62項参照)としている。したがって、監査のなるべく早い段階から、可能なかぎり幅広にかつ率直な協議が行われることが必要であろう。
 なお、監査人は、KAMがないと決定したときであってもTCWGとコミュニケーションを行うことによって、監査および生じているかもしれない重大事項(the significant matters)に精通している人(決定した人がいるとき審査担当者を含む)との一層の協議をする機会を提供し、その協議を起因としてKAMがないとの監査人の決定を再評価することがある(A63項参照)としている。

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