ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その7)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」について検討する。今回は、これまでみてきたKAMについての私見を簡単に述べてから、KAMの監査報告書における記載例および限定意見の代わりではない重要な監査事項についてみていく。

KAMについての検討(私見)
 前回までのISA701の規定の検討においても私見を述べてきたが、ここでは、これまで触れていない点について述べておきたい。
 監査人の重大な注目をひいた(ひく)領域や事項は、より高いと評価した重要な虚偽表示のリスクまたは特別な検討を必要とするリスクの領域、会計処理などに関して経営者の複雑で重大な判断が行われた領域、監査実施に際して重大な困難が伴う領域、難しい会計上・監査上の問題などに関する相談・協議を行った領域や事項であり、また、十分かつ適切な監査証拠の入手や監査意見の形成に際して、監査人が経営者の説明や陳述に対する批判的な検討(監査証拠の批判的な評価)が著しく大変または困難な場合、すなわち監査の実施において監査人が遭遇した難しい監査局面である。
 これらの領域や事項に対して監査人は特別な対応をとることが必要になると思われるが、特別な検討を必要とするリスクとして識別・評価することまでは求められていない。その理由は明らかにされていないが、推測するに、これらの領域・事項が必ずしも虚偽表示に結び付いていないことが多く、財務諸表の利用者(機関投資家)の望む情報を監査人が提供することが想定されているからだと思われる。
 監査報告書に記載するKAMは、監査実施に対して特別な対応を行った領域・事項のなかから選定した事項であるべきと考える。そうであれば、監査人の重大な注目をひいた(ひく)領域・事項は、基本的に、たとえ重要な虚偽表示と結び付かないと判断されるときでも特別な検討を必要とするリスクとして識別・評価し、そのリスクへの対応をきちんと実施することが必要と解する。もっとも、識別・評価した特別な検討を必要とするリスクがそのままKAMに該当することではないことは当然である。

監査報告書の記載例
 ISA 701は、「監査人は、14項または15項を適用する状況を除き、監査報告書の個別区分に『重要な監査事項』と表題を付して、適当な見出しを利用して、重要な監査事項ごとに記載しなければならない。監査報告書の表題の導入語句は以下の項目を記述しなければならない」(11項)としている。
 (a) 重要な監査事項は、監査人の職業専門家の判断による、(当事業年度の)財務諸表の監査における相当に重大な事項である。
 (b) 当該事項は全体としての財務諸表の監査との関連で、また監査意見の形成に際して対応されている。ならびに、監査人は当該事項に対する個別意見(a separate opinion)を提供していない。
 これを受けて、ISA700の付録の監査報告書ひな形では次のように例示されている。

重要な監査事項
重要な監査事項は、監査人の職業専門家の判断による、当事業年度の財務諸表の監査における相当に重大な事項である。当該事項は全体としての財務諸表の監査との関連で、また監査意見の形成に際して対応されている。ならびに、我々は当該事項に対する個別意見を提供していない。
[ISA701にしたがったそれぞれの重要な監査事項についての記述]

 ISA700が監査報告書の冒頭に「監査意見」を、次いで「意見の根拠」を記載することに改正したことを受けて、ISA701は、監査人の意見のすぐ近くに個別の重要な監査事項の区分を置くことは、当該情報を目立たせ(give prominence)、意図した利用者への監査業務特有の情報の知覚した価値を知らしめる(give acknowledge the perceived value)ことがある(A31項)とし、重要な監査事項の区分での個々の事項の表記順序は職業専門家の判断事項である。例えば、当該情報は、監査人の判断に基づいて、相対的な大事さの順序で構成されることがあり、あるいは、事項の財務諸表における開示の方法と関連付けることがある。見出しを付すことの11項の要求事項は、事項をさらに細分化することが意図されている(A32項)としている。これらの監査報告書における重要な監査事項の記載に関する要求事項および適用指針に関しては特段のコメントは不要であろう。
 また、11項が監査報告書におけるKAMの記載が「当該事項に対する個別意見(a separate opinion)」ではないとしていることは、「監査報告書において重要な監査事項をコミュニケーションすることは、…個別事項に対する個別意見(a separate opinion)ではない」(4項)としている記述と重複している。そして、監査報告書において重要な監査事項の区分とは別に表示されるISA 706の規定している強調事項やその他の事項の文節は、13項(注:個々の事項の記載)に準拠した個別の重要な監査事項の記述の代わりになるものではない(A8項)としている。これらについても特段のコメントは不要であろう。

限定意見の代わりではない重要な監査事項
 ISA701は、「監査人は、事項の結果としてISA 705に準拠して意見を限定することが必要なとき、監査報告書の重要な監査事項区分において当該事項をコミュニケーションしてはならない」(12項)として、「重要な監査事項のコミュニケーションは、適用される財務報告のフレームワークが経営者に適正な表示を行うよう求めている、またはその他適正な表示を達成するため必要である財務諸表における開示に代わるものではない」(A5項)としている。
 このA5項も、「監査報告書において重要な監査事項をコミュニケーションすることは、…適用される財務報告の枠組みが経営者に適正な表示(fair presentation)を達成するために求めている財務諸表の開示またはその他適正な表示の達成に必要とされる財務諸表の開示の代わりではない」(4項)としている記述と重複している。
 また、「ISA 705に準拠して限定意見の基となった事項またはISA 570に準拠した継続企業の前提に関する重要な疑義(significant doubt) を生じさせる事象または状況に関する重要な不確実性はその性質では重要な監査事項である。しかし、そのような状況では、当該事項を監査報告書の重要な監査事項区分に記載してはならないし、13項(注:個々の事項の記載)から14項(注:KAMを記載しない場合)の要求事項の適用はない。むしろ、監査人は以下のことを行わなければならない」(15項)としている。
 (a) 適用されるISAに準拠して事項を報告しなければならない。
 (b) 重要な監査事項の区分に限定(不適正)意見の根拠の区分または継続企業の前提に関係する重要な不確実性の区分への参照を含めなければならない。
 この15項の要求事項に係る適用指針は、限定意見または不適正意見を表明する基となった「事項のコミュニケーションを重要な監査事項区分に記載される重要な監査事項とは切り離すことが監査報告書において適切に目立たせることとなる」(A6項)として、上述のA31項と実質的に重複した記述を行っている。
 このように、限定意見または不適正意見を表明する基となった事項は本来KAMを構成する事項である。しかし、監査意見の形成に影響している限定や不適正の根拠事項はKAMとして記載してはならないし、KAMの記載が限定や不適正の根拠事項に代わるまたは代えるものではないということである。限定意見または不適正意見を表明することが必要なときはきちんと該当する意見を表明することを求めているだけである。それゆえに、限定(不適正)意見の根拠などをKAM区分に重ねて記載する必要性はないように思える。
 さらに、監査人が限定意見または不適正意見を表明するときであっても、その限定事項の基となっていない重要な監査事項は、意図した利用者の監査についての理解を高めることにまだ関連しているため、重要な監査事項を決定するための要求事項が適用される(A7項参照)としている。これについては検討するまでもなく当然のことである。
 なお、不適正意見が表明されたときの監査人の取り扱いについて次のように規定されている(A7項参照)。
 ・ 不適正意見の基となった事項の重大性によって、監査人は、その他の重要な監査事項がないと決定することがある。このような状況では、15項の要求事項が適用される(A58項参照)。
 ・ 不適正意見の基となった事項以外の一つ以上の事項が重要な監査事項であると決定した場合、不適正意見を考慮して(in view of)、全体の財務諸表が当該状況に適当であるよりも当該事項との関係でより信頼できることを当該重要な監査事項の記述が意味していないことが特に大事である(A47項参照)。
 不適正意見を表明することは監査対象の財務諸表を利用者が信頼できないことを意味している。このような結論の他に監査について理解をしてもらう必要のある重要な監査事項の記載があるのであろうか。そのため、他のKAMがないまたは記載しないと判断した場合には、15項が適用されA58項のKAMを記載しない場合の記述を要しないと解する。また、他のKAMを記載するときには、それが不適正意見を治癒させ財務諸表を信頼できると誤解させる記載をしないことを規定しているだけであろう。より詳細にはA47項の検討に際してみていくこととするが、このような場合であっても他のKAMを記載することの意義を見出せない。

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