ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その8)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」の監査報告書における記載についてみていくことにする。今回は、「個々の重要な監査事項の記載」および「財務諸表の関連する開示への参照」である。

個々の重要な監査事項の記載
 ISA701は、「監査報告書の重要な監査事項区分におけるそれぞれの重要な監査事項に関する記載は、可能であれば財務諸表の関連する開示への参照を含み、次の項目に対応しなければならない」(13項)としている。
(a) 事項が監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由と、それゆえに重要な監査事項であると決定された理由
(b) 事項がどのように対応されたか。
 すでに引用したISA 701 11項やISA 700付録によって、監査報告書におけるKAMの記載はそれぞれのKAMごとに記載することが求められており、その記載内容がこの13項に規定されている。すなわち、相当に重大な事項として検討しKAMと決定した理由と、それに対する監査上の対応について、KAMごとに記載していくことが求められている。しかし、13項では実際にどのように記載するかまでは規定されていない。13項に規定されている二つの対応項目は次回みていく。今回は、個々の重要な監査事項の記載についての総論的な検討を行う。
 KAMの記載をどのように行うかについてISA701は、「重要な監査事項の記載の適切性は職業専門家の判断事項である。重要な監査事項の記載は、意図した利用者が監査における相当に重大な事項の一つであるとした理由および事項がどのように対応されたかについて理解できるように簡潔で(succinct)かつバランスのとれた説明を提供することが意図されている。高度にテクニカルな監査用語の利用に関する制限も、監査に関する合理的な知識を有していない意図した利用者が、監査中に監査人が特定の事項に焦点を当てた根拠を理解することに役立つ。監査人が提供する情報の内容と範囲は、関係者それぞれの責任の文脈でバランスされることが意図されている(すなわち、監査人に関しては、企業についての第一次情報の提供者であることは相応しくなくはないが(while not inappropriately being the provider of original information about the entity)、簡明で(concise)かつ理解可能な様式で有用な情報を提供する)」(A34項)としている。
 この適用指針の規定は、記載項目の記述内容に若干の相違があるが、KAMごとに簡潔でかつバランスのとれた説明を記載することを求めている。「簡潔でかつバランスのとれた説明」は、高度にテクニカルな監査用語を使用せずに、記載が求められている項目について理解してもらえるように、意図した利用者の責任との関連で記載内容と範囲を職業専門家の判断として決定するということであろう。
 この規定に関して理解できないことが二点ある。財務諸表と監査報告書の「意図した利用者」は、ISA320 4項を参照して、会計・監査に関しての「合理的な知識」を有している利用者が想定されている(A4項)のであるから、KAMの記載に関しては「監査に関する合理的な知識を有していない意図した利用者」が想定される必要はないであろう。ゆえに、この記述はKAMに関する記載を簡潔で分かり易くすることの必要条件を構成しないため、不要であると考える。
 二つ目は、「企業についての第一次情報の提供者であることは相応しくなくはないが」(while not inappropriately being the provider of original information about the entity)の記述である。すでに、企業についての情報をKAMとして記載することの可否について、A35項からA37項の適用指針に基づいて検討した。その結果、ISA701は当該記載について消極的であるが、最終的には当該記載を禁止していないと理解したことをこの記述が裏付けている。すなわち、監査人が第一次情報の提供者となって企業についての情報をKAMとして記載することを結果的に容認していることを示していると解される。
 ところで、ISA701は、監査済み財務諸表を包含している文書(例えば、我が国では有価証券報告書)に記載されている情報(「その他の情報」という)について監査意見で言及していなくとも、「監査人は、重要な監査事項の記載を検討している(formulating)際に、企業または他の信頼できる部署(sources)が公開した利用可能な情報(other publicly available communications)とともに、この情報(その他の情報)を検討することがある」(A38項、括弧書き引用者追加)としている。この記述は、その他の情報からKAMを検討することを求めているのではなく(そのようなことは皆無ではないかもしれないが)、KAMに関する文案等の検討に際して、決定したKAMに関連するその他の情報を参考にする場合があることを記述しているだけと解する。これによって、矛盾等がないことなどを確かめるとしても、KAMの取り扱いや監査対応に影響があるとは思われない。念押し的な適用指針にすぎないため、なくとも良い規定ではないだろうか。
 また、「監査の実施中に作成される監査調書も重要な監査事項の記載の検討に際して監査人にとって有用である」(A39項)として、例えば、TCWGから入手した文書または口頭でのコミュニケーションを監査人が文書にしたものならびにその他の監査調書は、監査報告書における監査人のコミュニケーションの有用な根拠を提供するとして、当該監査調書がKAMの記載を展開する際に、また18項の要求事項を適用する際に監査人をアシストすることがあるとしている(A39項参照)。相当に重大な事項に関する検討やKAMの決定に関して監査人は十分な監査調書を作成することが必要であることは言うまでもない。監査人がKAMの記載を検討したり文案を作成したりする際には、監査調書に記載されている情報(監査証拠)に基づくことにならざるを得ないため、当該適用指針の記述は当然と言えば当然のことでしかないと思われる。

財務諸表の関連する開示への参照
 ISA701は、13項の要求事項に規定されている「財務諸表の関連する開示への参照」について、13項に準拠した「重要な監査事項の記載は、財務諸表に開示されていることの単なる繰り返し(a mere reiteration)ではない。しかし、関連する開示への参照によって経営者が財務諸表の作成に際して事項に対してどのように対応しているかについての意図した利用者の理解を深めることができる」(A40項)として、KAMの記載は単なる財務諸表の開示の引用・要約ではないことを明らかにしている。この規定に関するコメントは不要であろう。
 また、「関連した開示への参照に加えて、監査人は、当該開示の主要な局面に注目することがある。特定の事項がどのように当年度の財務諸表に影響を及ぼしているかに関係した特定の局面または要素について経営者が開示している範囲は、特定の事項が重要な監査事項である理由を意図している利用者が理解できるような、当該事項を監査においてどのように対応したかという特定の局面に焦点を絞る(pinpointing)際に監査人を助けることがある」(A41項)として、次の例示をあげている。
・ 企業が会計上の見積りについての確固とした開示を行っているとき、監査人は、監査における相当に重大な事項とする理由や当該事項を監査においてどのように対応したかに対応するため、主要な仮定の開示、可能性のある結果の範囲の開示および見積りの不確実性の主要な源泉または重要な会計上の見積りに関連するその他の質的または量的な開示に対して注目することがある。
・ 監査人がISA570にしたがって継続企業の前提に関する重要な疑義の有無を検討する事象や状況に関連して重要な不確実性がないと結論付けるときでも、監査人は、実施した監査作業からの結論に関係する一つ以上の事項が重要な監査事項であると決定することがある。そのような状況では、監査報告書における当該重要な監査事項の記載は、重要な営業損失、資金調達に利用可能な借入先や可能な社債、または借入契約違反、および関連した軽減要素のような、財務諸表に開示されている事象や状況を識別したことによる局面を含むことがある。
 このA41項は、監査報告書にKAMを記載するときに財務諸表の開示事項を検討することではなく、経営者が開示している特定の局面または要素が監査人のKAMの記載に関連ないし影響するために監査人が注目することによって、KAMについて記載する特定の事項が重要な監査事項である理由と、当該事項を監査においてどのように対応したかについて絞り込む際の参考にすることである。
 例示されている状況の多くは、監査人が監査の実施に際してすでに対応しているため、経営者による開示によって監査対応に影響を及ぼすものではなく、監査人が監査中に入手している情報(監査証拠)と開示内容の間に矛盾や齟齬がないことを確かめるだけであろう。まだ対応していない場合または矛盾や齟齬がある場合には、監査手続の追加や実施範囲の拡大によって対応することが必要となる。

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