ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その9)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」の監査報告書における記載についてみていくことにする。今回は、事項が監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由および監査における事項への対応方法である。

事項が監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由
 ISA701は、13項(a)に規定されている「事項が監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由」の記載が当該理由についての監査人の洞察(insight)の提供が意図されているため、重要な監査事項の決定に関係している9項と10項の要求事項およびA12項からA29項までの適用指針がどのように当該事項をコミュニケーションするかの検討に際して役立つことがある(A42項)とし、意図した利用者に向けた情報の適合性はKAMの記載に何を含めるかを監査人が決定する際の検討であり、この検討には監査と監査人の判断についてのより良い理解を可能にするかどうかが含まれる(A43項)としている。
 監査報告書にKAMを記載すると決定した理由は、重要な監査事項を決定するまでに行ってきたこれまでの検討に基づくほかにはなく、その理由は監査人の判断であり、それがそのまま監査人の洞察にほかならない。しかし、KAMの記載が利用に向けた情報の伝達であるから、監査人の判断ないし洞察には利用者に対する情報の適合性に係る検討結果を反映しなければならない。そうであれば、この適合性はKAMの記載に際して検討されるのではなく、KAMの決定に関する検討の段階から監査人が意識していなければならないと考える。
 また、ISA701は、事項が監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由の記載に関連して、例えば、ある事項が産業の状況または財務報告の基本的な複雑性によって、特定の産業に属する多くの企業において重要な監査事項として決定されることがあるとし、また、当該理由の記載に際して意図した利用者により適合した記載を行うために、監査人が企業に特有な局面(例えば、当年度の財務諸表において行われた基本的な判断に影響する状況)にハイライトすることは有用な場合があり、数年度にわたって繰り返し発生するKAMの記載に際しても大事なことであるとして、企業の特定の状況に直接関係する事項が有用である(A44項)としている。
 監査において相当に重大な事項の一つであると検討した理由として、企業の特定の状況に直接関係する事項を記載することは理解できる。しかし、産業の状況または財務報告の基本的な複雑性が特定の産業に属する企業の多くで相当に重大な事項として検討したとしても、そのままKAM記載の理由にはならない。KAM記載の理由は、特定の産業における状況や複雑性が直接影響を及ぼしている企業に特有の状況であるに留意が必要である。
 さらにISA701は、監査において相当に重大な事項の一つであると検討された理由の記載には、監査の状況に応じて、相当に重大な事項の一つであると決定するよう監査人を導いた主要な検討事項(the principal considerations)を参照することもある(A45項)として、次の例を示している。
・ 監査証拠を入手する監査人の能力に影響する経済状況、例えば、ある種の金融商品の流動的な市場
・ 新たなまたは緊急の会計方針、例えば、監査チームが事務所内の協議・相談を行った企業に特有な事項または産業に特有な事項
・ 財務諸表に重要な影響を及ぼす企業の戦略やビジネスモデルの変更
 これらの例示されている事項は、非常に特殊な状況であるため、通常、特別な検討を必要とするリスクとして識別・評価されている事項であると解される。そうであれば、非常な特殊な状況に限定されていると思わせるような例示ではなく、KAMとして決定した特別な検討を必要とするリスクとして識別・評価した事項(この識別・評価自体が特殊な状況と考えるが)に関する主要な検討事項を参照することを記述すれば足りるように思われる。
 問題は、このような特殊な状況にあるかどうかではなく、どのように主要な検討事項について記述するかである。当該事項に関する個別意見(piecemeal opinion)と誤解されないように、いかに事項の事実関係や監査対応を簡潔明瞭に記述するかである。この問題に関しての明確な指針がISA701には示されていない。

監査における事項への対応方法
 ISA701は、13項(b)に規定されている「事項がどのように対応されたか」について、「重要な監査事項が監査においてどのように対応されたかを記載する監査報告書の詳細さの程度(the amount of detail)は職業専門家の判断事項である。13項(b)にしたがって監査人は以下の要素を記述することがある」(A46項)としている。
・ (重要な監査)事項に相当に関連している(most relevant to the matter)、または評価した重要な虚偽表示のリスクに特有である、監査人の対応(the auditor’s response)またはアプローチの局面
・ 実施した手続の概要(a brief overview)
・ 監査手続の結果の兆候(indication)
・ 事項に関する主要な観察事項(key observations)
 さらに、「これらの要素の組み合わせ」(A46項)を記述することがあるとし、「法令や各国の監査基準が重要な監査事項の記載に関する特定の様式や内容を規定していることがあり、またはこれらの要素の一つ以上の要素だけを含めるよう特定していることがある」(A46項)としている。
 監査報告書に記載される監査人の重要な監査事項への対応についての詳細さが監査人の判断事項であり、例示されている要素が組み合わされて記載されることがあることも理解できる。なお、A46項の最後の規定は、ISA701を今後我が国導入する際にどのようにするかに関連している。それでも、この記述は、IFACがISAを各国の監査基準として導入することを強制していることとどこか矛盾しているように思うが、これ以上の検討はしない。
 しかし、記述されている要素について十分理解できない。重要な監査事項に関連している監査人の対応やアプローチを記載することは理解できるが、KAMとは別に「評価した重要な虚偽表示のリスク」への対応を記載することは必要ないであろう。監査報告書の記載に関連した規定であるから、「評価した重要な虚偽表示のリスク」(特別な検討を必要とするリスクを含むと解する。)はKAMとして決定されているリスクに限定されると解する。したがって、「評価した重要な虚偽表示のリスク」をあらためて強調するのではなく、KAMへの対応やアプローチの記載を求めれば足りると解する。
 KAMへの対応として監査人が実施した監査手続の概要を記載することは理解できる。しかし、「監査手続の結果の兆候」と「事項に関する主要な観察事項」の意味するところが十分理解できない。これらが書き分けられているため、「監査手続の結果」が「観察事項」を意味していない。そうであれば、これらが虚偽表示の有無のみを対象としているものではないと解される。利用者のニーズに合致した、財務諸表や監査に関する理解を一層深めることのできる追加情報であるということなのであろう。すなわち、監査手続を実施した結果が指し示す事実や状況であり、これらの事実や状況を踏まえたうえでKAMから判明したことについて監査人が記載するということであろうと解される。
 そうであれば、やはり、この記載が個別意見(piecemeal opinion)と誤解されないようにこれらの要素を簡潔明瞭に記述するかが問題となると思われる。この問題に関して、監査人の対応の結果の兆候を記載する場合には、「記載が個別の重要な監査事項に対する個別意見(separate opinion)を伝達している、またはいかなる方法でも全体としての財務諸表に対する監査意見に疑問を生じさせるような印象を与えることを監査人が避けるために注意が必要である」(A51項)としている。また、簡潔明瞭に記載するための用語法などについて、「全体としての財務諸表の監査の文脈で重要な監査事項の重大性ならびに重要な監査事項と監査報告書のその他の要素(監査意見を含む。)との関係について理解してもらう意図した利用者のために、重要な監査事項についての記載に用いられる用語が以下のようにする(または以下のようにならないようにする)ために注意が必要である」(A47項)としている。
・ 財務諸表に対する意見の形成に際して監査人によって事項が適切に解消されていないことを含意していない。
・ 一般的なまたは標準化された用語を避ける一方で、事項を企業の特有の状況に直接に関連付ける。
・ もし該当があれば、事項が財務諸表における関係する開示においてどのように対応されているかを斟酌する。
・ 財務諸表の部分的な要素に対する部分意見(discrete opinions on separate elements)を構成または含意するものではない。
 ところで、ISA701は、「ある事項に対する監査人の対応やアプローチの局面を記載することは、特に監査アプローチが企業の状況に対して重大な修正(significant tailoring)を必要とするときには、異常な状況(unusual circumstances)および重要な虚偽表示のリスクに対応するために必要とされる重大な監査人の判断を理解するに際して意図した利用者をアシストすることがある。また、特定の年度の監査アプローチが企業特有の状況、経済状況または産業の展開によって影響を受けることがある。監査人がTCWGとの事項についてのコミュニケーションの内容および範囲を参考にする(make reference)ことも有用である」(A48項)としている。
 監査人の対応やアプローチに関連する局面を記載することが利用者の理解に資することは理解できるが、この項もきちんと理解しようとするとなかなか難しい。まず、「監査アプローチが重大な修正(significant tailoring)を必要とするとき」とは、監査アプローチがどの関与先であっても一律に機械的・形式的に適用されていることが想定されているように思われる。そもそも監査業務は個々のクライアントに特有であり、事務所が用意している標準的な監査メソドロジーを必ずクライアント独自の状況に合致させた(変更した)監査アプローチとすることが不可欠である。そのため、規定は、クライアント独自の状況に合致させる(変更する)程度が著しい場合をいうのであろう。
 監査人の対応やアプローチに関連する局面が「異常な状況」の場合は理解できる。しかし、「重要な虚偽表示のリスクに対応するために必要とされる重大な監査人の判断」として、なにゆえに重要な虚偽表示のリスクが記述されるのか、あるいはなにゆえに特別な検討を必要とするリスクは関係しないのかが十分理解できない。
 また、重要な虚偽表示のリスクに関連して、「監査人の手続を記載する際に、特に複雑で判断を必要とする監査領域での(監査手続の記載には)(in complex, judgmental areas of audit)、チャレンジが存在することがある。特に、評価した重要な虚偽表示のリスクへの監査人の対応および関連した重大な監査人の判断の内容と範囲の適切なコミュニケーションのための簡潔な方法に実施した手続を要約することは困難なことがある。それにもかかわらず、監査人は、監査において事項がどのように対応されたかをコミュニケーションするために実施したいくつかの手続を記載することが必要であると考えることがある。そのような記載は、典型的には、手続の詳細な記載を含めるというよりもむしろハイレベルでの記載である」(A50項、括弧書き引用者追加)としている。
 A50項は、実施した監査手続を記載に関しては簡潔な記載とすることに困難が伴うが、それでも当該記載が必要と監査人が判断した場合には、実施した手続の詳細な記載ではなく、もっと集約した記載とすることが必要であるということである。このように理解しても、すでに述べたように、評価した重要な虚偽表示のリスクへの監査人の対応をKAMとして記載することが十分理解できていない。結局、KAMと重要な虚偽表示のリスクとの関係が十分理解できていないからであろう。
 さらに、「例えば、複雑な金融商品の価値のように、高い見積りの不確実性があるとして識別されている会計上の見積りに対する監査人のアプローチを記載するに際して、監査人は自分が雇用または契約している専門家にハイライトしたいと思うかもしれない。そのような監査人による専門家の利用への参照が財務諸表に対する意見に関する責任を減ずることはないし、それゆえにISA620(監査人の専門家の利用)14項と15項と一貫していない」(A49項)としている。要するに、監査人は自分が利用した専門家の作業等に関してはKAMに関する監査人の対応やアプローチの記載としてはならないということである。

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