ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その10)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」の監査報告書における記載についてみていくことにする。今回は、重要な監査事項と決定した事項についてコミュニケーションを行わない状況である。

重要な監査事項と決定した事項についてコミュニケーションを行わない状況
 ISA701は、「監査人は、以下の状況を除き、監査報告書に重要な監査事項ごとの記載を行わなければならない」(14項)としている。
(a) 法令が事項についての公開を禁じている(preclude)。
(b) 非常に稀な状況では、監査人は、コミュニケーションを行うことによる望ましくない結果(the adverse consequences of doing so)が当該コミュニケーションによる公共の利益へのベネフィットに勝る(outweigh the public interest benefits)と合理的に予想されるため、監査報告書においてコミュニケーションを行わないと決定する。これは、企業が事項について情報を公開しているときには適用してはならない。
 14項の規定は、(a)と(b)の例外的状況を除き、監査人はKAMを監査報告書に記載しなければならないことが想定されていることに留意が必要であろう。ただし、後述するように、KAMが存在していないと判断する状況もある。
 この14項は、企業によってまだ公開されていない情報に関する事項(秘密事項(sensitive matters)を含む。)をKAMとしてコミュニケーションすることについての懸念に対応するため、監査人が監査報告書においてKAMであると決定した事項をコミュニケーションしないと決定するいくつかの状況の可能性(the possibility in certain circumstances)を許容するために新設された要求事項である(BC 40参照)。
 例外的状況(a)の法令が公開を禁じている状況として、「例えば、法令は、実際のまたは予想される違法行為(例えば、マネーロンダリングに関連しているまたはそのように見える事項)についての(into)適切な権威による検査を害する(prejudice)かもしれない公開(any public communication)を特に禁止するかもしれない」(A52項)としている。
 また、例外的状況(b)の非常に稀な状況は「意図した利用者に向けた監査に関するより透明性の高い(greater transparency)(情報)を提供する際の公共の利益へのベネフィット(a public interest benefit)が前提とされている。したがって、重要な監査事項のコミュニケーションを行わないという決定は、そのようなコミュニケーションによる企業または社会に対する望ましくない結果の著しい重大性が当該コミュニケーションによる公共の利益へのベネフィットに勝ると合理的に予想されるとみられるときだけ適切である」(A53項、括弧書き引用者追加)としている。A53項は14項の言い換えにすぎないと思われる。
 コミュニケーションしないと決定することについてISA701は、「重要な監査事項に関係する事実と状況を勘案して当該事項をコミュニケーションしないと決定する。経営者やTCWGとのコミュニケーションは、事項についてのコミュニケーションの結果として生じるかもしれない望ましくない結果の重大性につぃての経営者の見解を監査人が理解するのに役立つ。特に、経営者やTCWGとのコミュニケーションは、以下によって事項のコミュニケーションを行うかどうかの決定に際しての監査人の判断を知らせるのに役立つ」(A54項)としている。
・ 事項を企業が公開していない理由(例えば、法令や財務報告のフレームワークが事項の開示を遅らせまたは開示しないことを許容している。)および、もしあれば開示の望ましくない結果に関する経営者の見解について監査人が理解する際の役立ち。経営者は望ましくない結果についての検討に関連するかもしれない法令やその他の権威のある源泉の局面に注意することがある(例えば、そのような局面が企業の取引上の交渉や競争的ポジションに対する損害を含むことがある)。しかし、経営者による望ましくない結果に関する見解だけでは、その望ましくない結果が14項(b)にしたがって公共の利益へのベネフィットに勝ると合理的に予想されるかどうかを決定する監査人の必要性を軽減しない(do not alleviate)。
・ 事項に関係して適用される規制当局、執行機関または監督官庁とのコミュニケーションを行うことがあるかどうか、特に、そのような協議が事項についての公開が適切でないという理由に関する経営者の主張を明らかにするまたはサポートするかどうかに対するハイライト。
・ 適当な場合には、監査人が経営者やTCWGに対して事項について関連する情報を公開するよう推奨することを可能にすること。特に、コミュニケーションを行うことについての経営者やTCWGの懸念が事項についてのある種の情報がほとんど秘密でないためコミュニケーションを行うことができるというような、事項に関係する特定の局面に限定されている場合に可能なことがある。
 A54項の記述が分かりづらいが、要するに、監査人は、重要な監査事項に関係する事実と状況を勘案して当該事項を監査報告書の重要な事項として記載しない(コミュニケーションしない)と決定するが、その事実と状況の勘案に際して、経営者やTCWGとのコミュニケーションによって経営者の望ましくないと考えている理由や見解を理解することができ、反対に、監査人が経営者やTCWGに監査人の判断を伝える良い機会となるということである。
 ただ、二つのことがらが一緒に記述されているため、一回のコミュニケーションにおいてすべてを終了しなければならないと誤って理解される可能性を懸念する。TCWGとのコミュニケーションに関連して述べたように、監査人は、定期的なコミュニケーションの機会だけでなく、必要な都度何回でもコミュニケーションの機会を設定してお互いの理解を十分擦り合わせておくことが必要であり、このことはKAMしての記載を行わないときだけではないと解する。それが、新たな開示や開示の変更に関する推奨につながっていくものと解する。
 ところで、A54項において留意すべきことは、望ましくない結果が公共の利益へのベネフィットに勝ると合理的に予想される局面として、企業の取引上の交渉や競争的ポジションに対する損害が生じる可能性が想定されており、このことがBCにおいて議論されている「秘密事項」(sensitive matters)であり、企業がまだ公開していない企業についての情報であると解される。
 ISA701は、望ましくない結果の経営者確認書における記載について、「監査人が、事項についての公開が適切でない理由(当該コミュニケーションによって生じるかもしれない望ましくない結果の重大性についての経営者の見解を含む。)に関する経営者確認書を入手することが必要と考えることもある」(A54項)としている。この経営者確認書への記載の要否の検討についてのコメントは不要であろう。
 また、ISA701は、「監査人が、関連する倫理上の要求事項に照らして、重要な監査事項であると決定した事項についてコミュニケーションすることの意味(implication)を検討することも必要である。また、監査人は、事項に関係して適用される規制当局、執行機関または監督官庁とのコミュニケーションを行うことが、監査報告書に当該事項についてコミュニケーションが行われているかどうかにかかわらず、法令によって求められていることがある。そのようなコミュニケーションは事項についてコミュニケーションを行うことから生じるかもしれない望ましくない結果についての監査人の検討を知らせるのにも有用である」(A55項)としている。
 このA55項の記述が十分理解できない。まず、重要な監査事項についてコミュニケーションを行わないと決定することに関する要求事項の適用指針であるA55項の冒頭に唐突に「監査人が、関連する倫理上の要求事項に照らして、重要な監査事項であると決定した事項についてコミュニケーションすることの意味を検討することも必要である」と記述されている。「コミュニケーションを行わない」ことではなく、「コミュニケーションを行うことの意味」を関連する倫理上の要求事項に照らして検討することを述べている。しかも、このような検討は要求事項に規定されていないことがらである。
 この簡潔な記述が結構重いのである。公開草案に対する「守秘義務を負っている情報(confidential information)をコミュニケーションすることを監査人に禁じている倫理上の要求事項との潜在的な相反に対してもっと対応する必要がある」(BC 38)とのコメントに対応するため、守秘義務がテクニカル基準(例えば、ISA)に準拠するクライアント情報を開示しても職業専門家の義務を違反しないことから、KAMのコミュニケーションがIESBA Codeによって禁止されていないと解されるが、IESBA Code以外の関連する倫理上の要求事項によって問題となる可能性があるため、ISA701の要求事項とIESBA Code以外の関連する倫理上の要求事項との間の相互作用と関係性を考慮することについての監査人の柔軟性を許容する必要性にハイライトして(BC 43脚注参照)、A55項は、多様な国や地域において適用される種々の法令フレームワークと関連する倫理上の要求事項によりISA 701に特定の詳細な指針を提供することの実務上のチャレンジを認識して、監査報告書においてKAMをコミュニケーションしないと決定するに際して勘案すべき原則に対する監査人に焦点をあてている(BC 43)としている。
 したがって、A55項の冒頭の一文は、ISAやIESBA Codeあるいはそれらを各国の監査基準等に導入した場合ではなく、各国が独自に規制する守秘義務によってKAMをコミュニケーションできないことがあるということである。
 次に、A55項第二文の「監査報告書に当該事項についてコミュニケーションが行われているかどうかにかかわらず、規制当局、執行機関または監督官庁とのコミュニケーションを行うことが法令によって求められていることがある」ことは、我が国では、金融庁(規制当局)、証券取引監視委員会(執行機関)または公認会計士監査審査会(監督官庁)とのコミュニケーション(調査や検査)が相当するであろう。そして、最後の「そのようなコミュニケーションは望ましくない結果についての監査人の検討を知らせるのにも有用である」ことは、金融庁等との職権に基づいて行われるコミュニケーション(職務質問)において監査人が検討した望ましくない結果や秘密事項を金融庁等に自発的に報告するまたは問い合わせに対して躊躇なく回答することが想定されているのであろう。なお、このA55項は、A54項のKAMをコミュニケーションしないと決定する際の検討事項である「事項に関係して適用される規制当局、執行機関または監督官庁とのコミュニケーションを行うことがあるかどうか」とは根本的に異なっていると解される。
 さらに、ISA701は、「事項をコミュニケーションしないとの決定に関して監査人が検討した問題は複雑であり、重大な監査人の判断に関係している。したがって、監査人は、法的アドバイスを得ることが適切と考えることがある」(A56項)としている。この項については特段のコメントは要しないであろう。

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