【緊急掲載】監査制度見直しへの遠吠え

 金融庁は、平成23年(2011年)に発覚したオリンパスの会計不正によって地に堕ちた監査制度の信頼を取り返すために世界に類を見ない「監査における不正リスク対応基準」(平成25年(2014年))を制定したにもかかわらず、平成27年(2015年)に発覚した東芝の会計不正によりまたもや失墜した監査制度への信頼を回復するために、政府の「日本再興戦略2016」(2016年閣議決定)に掲げられた会計監査のさらなる品質向上と信頼性の確保の一環として、監査法人の組織的運営のための原則(監査法人のガバナンス・コード)の導入による監査法人のマネジメントの強化とともに監査先企業の株主・投資家を含む市場関係者や当局等の外部からのチェックが効きやすいようにすること、現在の紋切り型の短文監査報告書から監査人が監査に実施に際して重要と判断した事項を記載した長文式の監査報告書への変更、および監査法人の強制交替制の制度化を今回の監査制度の見直しの柱とする方向を示していた。
 上記の見直しの柱のうち、EUにおいて既に制度化されている監査法人の強制交替制は、アメリカでは経済界からの反対によって導入されなかったこともあってか、我が国でも経済界からの反対によって今回の制度化は見送られたようである。したがって、今回の監査制度の見直しは、監査法人のガバナンス・コードの導入と、監査上の重要な事項(Key Audit Matters; KAM)を記載した監査報告書の長文化が大きな柱になるようである。監査法人のガバナンス・コードの導入に関しては、昨日3月31日に確定版が公表された。また、監査上の重要な事項に関しては、今年度の金融庁企業会計審議会の委員が公表されていることから、もうすぐ監査基準改正の審議が開始されると見込まれる。
 本ブログでは、監査法人のガバナンス・コードの導入と監査報告書の長文化についての改正の内容については深入りしないが、制度化の趣旨ないし理由を検討して、それらの導入に反対する見解を開陳したい。
 監査法人のガバナンス・コードが策定され、監査上の重要な事項に関しても政府の政策もあり、すでに導入の道筋が決定されていると思われることから、筆者の反対意見は単なる遠吠えにしか過ぎない。しかし、あまりにも反対の声を聞かないので、遅きに失したが小さな声を出しておきたい。

監査法人のガバナンス・コードの導入
 監査法人のガバナンス・コードの最初の導入はイギリスである。それは、イギリス財務報告審議会(the UK Financial Reporting Council (FRC))とイギリスのイングランド・ウェールズ勅許会計士協会(The Institute of Chartered Accountants in England and Wales (ICAEW))が2010年に公表した、監査事務所ガバナンス・ワーキンググループ(Audit Firm Governance Working Group)による「監査事務所ガバナンス・コード」(The Audit Firm Governance Code A Project for the Financial Reporting Council)に基づいていた。
 イギリスの大きな監査市場が四事務所に支配されているため、大きな事務所の退出のリスクがFRCその他の継続的な懸念となっていた(序文)。この懸念は2000年代初めのアーサー・アンダーセンの破たんが契機となっていると思われる。そのような状況において、FRCは、組成した市場関係者グループ(the Market Participants Group)が2007年に作成した「公共の利益に関係する会社を監査する事務所は統合コードスタイルのベスト・プラクティスのガバナンス指針に準拠するかまたは十分な説明を行わなければならない」(every firm that audits public interest entities should comply with the provisions of a Combined Code-style best practice governance guide or give a considered explanation)との勧告を制度化することをICAEWに要請し、ICAEWはワーキンググループを組成した(序文)。
 なお、「統合コードスタイルのベスト・プラクティスのガバナンス指針」は、イギリスのコーポレート・ガバナンス・コードを指しており、同様のコードを監査事務所に導入することを目指している。
 イギリスの「監査事務所ガバナンス・コード」は、監査市場がEY、Deloitte、KPMGおよびPwCの 四大事務所による寡占状態であるため、監査事務所の交代が難しくなっていることに関する懸念を契機としている。その頃、我が国でも同じような懸念が監査先から聞こえていた。また、そのほかにも、イギリスの会計事務所は我が国の監査法人と異なり、その実施している業務が監査業務のウエイトが相対的に下がり、コンサルティング業務や税務業務のウエイトが高まったことによって、監査先からは会計事務所の全貌が見えなくなっているとの批判が高まっていた。こちらの方が本当の理由のように思われる。そうであれば、我が国の監査法人の実情とは大きく異なるように思われる。いずれにせよ、イギリスの監査事務所のガバナンス・コードの導入には監査の品質向上や信頼性の確保には関連していないことを強調しておきたい。
 我が国の「監査法人のガバナンス・コード」は、イギリスの「監査事務所ガバナンス・コード」に倣って制定されると見込まれる。そして、平成28年(2016年)に公表された金融庁「『会計監査の在り方に関する懇談会』提言-会計監査の信頼性確保のために-」を受けて、「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」により「監査法人の組織的な運営に関する原則」(案)が同年12月に公表されていたが、昨日3月31日に確定版が公表された。
 提言は、大手監査法人の寡占が品質向上に向けた競争を阻害している懸念があるため、大手上場企業等の監査を担う能力を有する監査法人を増やしていくための環境整備に取り組む必要があるとしている。しかし、監査法人の寡占状態を打破するためまたは有能な監査法人を増加させるための具体的な方策や施策を打ち出していない。ガバナンス・コードを導入すればこのような懸念が解消されるとは思われない。そして、阻害されている監査法人間の競争が何ゆえに品質向上を阻害しているかも明らかにしていない。監査法人間の競争は水面下で結構激しく行われており、大手監査法人が自らの生命線である監査の品質を貶めることはないと断言できる。
 それにもかかわらず、監査法人に対する公認会計士・監査審査会による検査において不備が指摘されていることをもって、監査の品質が確保されていないという批判がありそうである。この点に関連して、提言は、大手監査法人の監査の品質管理体制が形式的に整備されていたものの、組織として監査の品質を確保するためのより高い視点からのマネジメントが有効に機能していないため、当局の検査等において、マネジメントの不備が監査の品質確保に問題生じさせている原因として指摘されており、マネジメントが監査法人の規模拡大と組織運営の複雑化に対応しきれていないことが、監査の品質確保に問題を生じさせている主な原因の一つであるとしている。
 当局の検査等において、マネジメントの不備が監査の品質確保に問題生じさせている原因として指摘されていることは中小・中堅監査法人に対する行政処分の理由とされているが、同様なことが大手監査法人にもあったということであろうか。寡聞にして知らない。監査の基準で求められている品質管理体制が整備されているのであれば、それをきちんと運用していくのは、品質管理部門のリードの下で個々の監査業務を実施する監査パートナーと監査チームの責任であって、マネジメントの問題ではないと思われる。マネジメントが個々の監査業務の品質管理まで口を挟むことを求めているわけではないであろう(議論の当初にはそのように聞こえる主張があった)から、マネジメントは、監査業務において監査パートナーや監査チームメンバーが監査の品質を確保できるように組織の環境を整備することであろう。このことが提言の趣旨であれば、それは監査の品質の確保や品質管理の問題ではなく、経営(マネジメント)そのものの問題であると考える。監査の品質の確保・向上は、監査の基準の改訂によって対応すべきと考える。
 また、審査会による検査では、100点満点でなければあたかも零点であるかのような評価がなされるため、行政処分の理由の記載とともに、一般の人たちに監査法人の品質管理の状況がとんでもないひどさにあると誤解を与えている。重箱の隅を突っつく検査においては100点満点をとることはまず不可能であろう。
 さらに、監査法人のガバナンス・コードでは、「監査法人は、監査法人の経営から独立した立場で経営機能に実効性を監督・評価し、それを通じて、経営の実効性の発揮を支援する機能を確保すべきである」(原則3)とし、「監督・評価機関を設け」(指針3-1)て「監督・評価機関の構成員に、独立性を有する第三者を選任し、その知見を活用する」(指針3-2)ことを求めている。このことは、監査の素人(監査実務を知らない監査研究者であっても)に監査法人の経営を委ねることを強要することになり、企業経営者が重要な意思決定を社外取締役等の第三者に依拠したりすることと同様に、監査法人トップの責任回避に利用されたり、思考停止状態となることが懸念される。
 コーポレートガバナンスは、本来、企業統治と訳出されているように、企業外部のステークホルダー(主として株主)が企業経営者を規律づけることである。それゆえの独立した外部者の経営への参画が求められているのであろう。監査法人では株主に相当するステークホルダー(出資者)はパートナーである。そもそも監査法人はパートナーシップという、パートナー間の信頼関係を基本とした閉鎖的な職業専門家組織である。そのため、不十分なところがあれば、外部者(素人)の知見を要求するのではなく、まず自助努力を求めるべきであると考える。
 したがって、監査の品質の確保を理由として監査法人のガバナンス・コードを制度化しても有効ではないと解する。

監査報告書の長文化
 監査上の重要な事項(Key Audit Matters; KAM)を記載した監査報告書の長文化は、2015年1月15日に公表され、2016年12月15日以降終了事業年度の財務諸表の監査から適用されている、国際監査基準(ISA)701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(以下「ISA 701」という。)および関連して改定されたISA数本の趣旨・内容を企業会計審議会が「監査基準」を改訂して取り込み、日本公認会計士協会(JICPA)がこれらのISAの翻訳版を監基報として新設・修正を行うことによって我が国における監査制度化が行われると思われる。
 ISA設定母体である国際保証・監査基準審議会(IAASB)は、2008年の金融危機により判明した不十分な監査という不満への対応の一環として、監査報告書の改善について検討を続けてきた。
・ 標準監査報告書に関する利用者の理解(user perceptions)に係る調査研究(2009年9月)
・ 2011年5月公表の検討資料「監査人報告の価値の向上:変更オプションの調査」
・ 2012月6月公表のコメント募集(Invitation to comment; ITC)「監査人の報告書の改善」
・ ITCに示された方向性に対する世界ラウンド・テーブル(3回)および追加的なフィードバック活動(additional outreach to solicit feedback)
・ 監査報告の新規構想(auditor reporting initiatives)についての政策決定者および各国の基準設定母体に係る継続的なモニタリングと話し合い(interaction)
・ 2013年7月 公開草案の公表
・ 2015年1月 新設・改定基準の公表
 (基準公開草案の趣旨説明(Explanatory Memorandum; EM)5およびISA 701等の結論の基礎(Basis for Conclusions: BC)2参照)
 このように、ISA 701は数年の検討を経て新設されている。しかし、IAASBが監査報告書の大改正を行わなければならなくなった最大の契機は、2008年の金融危機(リーマンショック)により多額の損失を蒙った欧州の機関投資家が、欧州の金融機関に生じた著しく多額の損失を監査が早期に識別できなかったことに対する不満であった。ただし、監査そのものおよびその品質等への批判はほとんど聞かれていなかった。
 その機関投資家の監査への不満は、監査報告書が定型化した文言のみで、財務諸表の合格・不合格の判定としての意見だけでは情報が不足するということであった。それはITCへのコメントに反映されており、それは、監査人が監査報告書の価値を高めるためにより多くの情報を提供する必要性を認識し、多くの情報提供が合格・不合格の判定としての意見に一層の価値を付加する(EM 35)というものであった。
 しかし、監査報告書における情報提供に関連して表明されていた多くの重大な懸念(EM 36)やコメントは、財務諸表の解釈に際して利用者を支援するための情報提供は、監査人ではなく、経営者およびガバナンスを担う人々(TCWG)(我が国では監査役等)の役割であると確信しているため、監査人が当該情報の発信者となることに強く反対した。また、監査報告書において監査人が企業について第一次情報(original information)を提供することの可能性についても懸念が表明されていた(EM 37)。この他にも、モニタリング・グループ(MG)メンバーから「報告される事項に対する追加的な焦点が特別な検討を必要とするリスク(significant audit risks)に対する監査人の職業的懐疑心と追加的な注意の強化(an increase)になるため、強化された透明性が監査に品質を改善するかもしれない」とのコメントがあった(BC 13)。
 ISA 701の公表に際して、IAASBは、KAMを支持する投資者、行政当局や監査監督当局、会計事務所、各国の監査基準設定母体から提起された主要なポイント(key points)は以下のとおりである(BC 12)としている。
・ 利用者が意見に反映された監査の結論についてより良い理解が可能となる。監査報告書にKAMを含めることは、監査実施プロセス(auditing process)について透明性を追加させ、TCWGとすでにコミュニケーションを行った重要な事項(important matters)にハイライトすることを監査人に求めるため、監査と財務報告の質の改善に資する。
・ KAMを含めることは、また、重大な経営判断(significant management judgment)に関連する企業と財務諸表上の領域(the entity and financial statement areas)を理解する際に利用者を支援することがある情報の提供に資するとともに、財務諸表に含まれている主要な問題に対して投資者の関心を向けさせる。
・ KAMを含めることは、機関投資家が投資している会社の経営者やTCWGとの対話(dialogues)において機関投資家を助ける。(注:引用者強調)
・ KAMを含めることは、監査報告書と監査済み財務諸表の利用者の信頼(confidence)を取り戻し強化することに役立つ。それによって資本市場を強固にし、立ち直らせる(robust and resilient)ことに貢献できる。

 また、IAASBは、「監査人が監査報告書に追加情報を含めることは広く支持されているが、多くのコメントは、監査についての情報を提供するのは監査人の役割であるが、企業や財務諸表についての情報を提供することは監査人の役割ではないと指摘した」(BC 10)として、財務諸表作成者および少数のコメントは、ITCへのコメントと同様に、全般的に、監査人がKAMをコミュニケーションすることを支持しておらず、以下のように、監査人がそうすることの有用性と適切性を疑問視していた(BC 15)としている。
・ 監査人が企業についての「第一次情報」をコミュニケーションすることになる可能性にもっとも重大な懸念(overarching concern)がある。この見解では、KAMについてコミュニケーションすることが、経営者、TCWGおよび監査人の責任をあいまいにし(blur)、財務諸表全体に対する意見を蝕むことになる。懸念は、また、情報が投資者や市場によって誤解されてしまうこと、特にKAMのコミュニケーションが市場の消極的な反応に対するトリガーとなる可能性について表明されていた。
・ この見解では、KAMの判断規準に合致する事項特に重大な会計方針や会計上の見積りに関連する事項はすでに財務諸表に適切に開示されている(ことを前提としている)。したがって、KAMはすでに行われている開示には不要で(redundant)あり、すでに存在している「開示の過負担」(disclosure overload)に潜在的に貢献することになり、結局決まり文句(boilerplate)の開示となる(amount)。それは、会計基準の「不要な情報をカットする」(cut clutter)作業と矛盾している。
・ KAMは、投資者はすでにそれらの事項に精通しているため、特定の業界特有事項を排除しなければならない。それ以上に、監査とは何かとかどの監査手続が実施されているかについて、監査報告書以外の手段によって、小口の個人投資者や一般の人々(small private investors and the public)を教育することの方が適切である。

 これらのコメントを検討してIAASBは、「大半の関係者グループ、特に投資者からのKAM概念に対する強い支持」が得られたとして、公開草案のKAMの定義と目的を修正せずにそのまま継続することとした。また、公開草案からISA701への修正に際して、「実務可能な範囲にまで、KAMの概念を支持しない人たちの、特に企業について監査人が『第一次情報』をコミュニケーションすることへの懸念に対応するように努め、可能な限り企業に特有なものとするようにKAMの記述に関する必要性に対応するように努めた」(BC 16)としている。
 このように、監査報告書の長文化の趣旨・目的は、監査の品質の確保や向上を目指した制度化ではないことを強調しておきたい。なお、KAMに関する監査の品質が高まる可能性を否定しないが、監査の品質は監査業務全体の品質を問題すべきであって、特定に事項・項目のみを対象として考えるべきではない。
 最後に、私見を簡単に記述しておきたい。私見は上述のKAMへの反対または消極的な見解あるいは懸念と同様である。監査報告書は、財務諸表利用者に財務諸表の信頼性の程度を保証するのであって、1930年代の監査制度化以前の監査報告書上の記載に関する混乱を排除するために標準的な文言が規定された。つまり、監査意見は財務諸表の合否判定でしかない。「財務諸表は適正に表示されている」旨の監査意見は、財務諸表の全体を対象として表明されているのであって、個々の事項に対する監査の見解を表明していないし、表明してはならないと解している。
 財務諸表上の重要な事項に係る情報提供は、財務諸表を作成者ある経営者の責任であり、会計基準で対応すべき問題である。監査人に関連する監査の品質の確保は、監査上に重要な事項に係る監査の実施を明確し、強化することで足りる。特に、監査人が第一次情報の提供者となってしまう可能性を払拭できないことが最大の問題と考えている。

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