監査事例の検討-18会計上の見積り(繰延税金資産の回収可能性)

事例の概要
 会社の課税所得は前期までの3期間連続欠損金(前々期と前期は重要な税務上の欠損金が発生)であり、前々期と前期は連続して税引前当期純利益の実績数値が計画数値を大きく下回っていた。また、会社は、前々期では財務制限条項に抵触していたが、前期では子会社からの配当が実施され財務制限条項に抵触しなくなった。
 会社は、課税所得が3期間連続欠損金となった原因が3期間ともリストラ等の臨時的要因によるものであるため、繰延税金資産の回収可能性の判断を分類4と判断していた。また、会社は、3期間とも、事業計画上、将来においておおむね3年にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じると主張し、スケジューリングに基づき繰延税金資産および長期性繰延税金資産を計上した。なお、臨時的な要因と判断していたリストラ等には退職年金特例拠出金があったが、当該拠出金は毎期拠出されていた。
 監査人は、計上された繰延税金資産が重要な金額であり、この計上がないと財務制限条項に抵触する状況にあることを認識していたが、繰延税金資産の回収可能性について重要な虚偽表示のリスクを識別・評価しなかった。
 監査人は、重要な税務上の欠損金が発生した原因について、リストラ等の臨時的要因によるという会社の主張をそのまま受け入れた。
 監査人は、前々期および前期の2期間ともに計画数値を実績数値が大きく下回っていたにもかかわらず、会社の今後の事業計画に特段不合理な点はないと判断した。

判明した事項
 会社は多額の繰延税金資産を計上することで債務超過を回避していたが、当期に倒産した。倒産を機に調査を実施した結果、事業計画は新規事業の伸びに依存した根拠の乏しいものであり、繰延税金資産には回収可能性がなかったことが判明した。

監査上の問題点
 監査人は、リストラ等の臨時的要因によるという会社の主張を。裏付ける証拠を入手していなかった。
 監査人は、前々期および前期の2期間ともに計画数値を実績数値が大きく下回っていたにもかかわらず、会社の事業計画の実現可能性について十分に検討していなかった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 重要な税務上の欠損金が発生しており、財務状況は前々期に財務制限条項に抵触し、前期も子会社配当がなければ再び財務制限条項に抵触していた状況および繰延税金資産の計上額が財務数値に重要な影響を及ぼしていることを総合的に勘案すれば、会計上の見積りである繰延税金資産の回収可能性について重要な虚偽表示のリスクまたは特別な検討を必要とするリスクを適切に識別・評価し、繰延税金資産の回収可能性に係る会社の主張を批判的に検討するために、重要な税務上の欠損金が発生した原因や事業計画の実現可能性の検討を十分に行い、将来の課税所得の十分性やタックスプランニングの妥当性について慎重に検討すべきであった。
 臨時的要因と判断していたリストラ等の中には毎期拠出されているものもあり、重要な税務上の欠損金が発生した理由が真に臨時的要因か否かについて十分に検討すべきであった。また、前々期および前期では事業計画と実績値が乖離していたことを考慮すれば、将来においておおむね3年にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じるという会社の説明が合理的な根拠に基づいていないのではないか職業的懐疑心を発揮すべきであった。

結論
 本事例では、問題となった繰延税金資産の回収可能性について、重要な虚偽表示のリスクを識別、評価していないことをリスク評価が適切でないと批判されているが、これはおかしい。このようなリスク評価に係る認識は本事例以外でも散見されるが、監査業務審査会の理解または記述方法の誤りではないだろうか。
 私見では、監査人は重要な虚偽表示のリスクをリスクが高いまたは金額的に重要な財務諸表項目について重要な虚偽表示のリスクを識別、評価しなければならないのであって、重要な虚偽表示のリスクを識別、評価していないのであれば、それ自体で監査の基準への準拠性違反であると考える。このような指摘はされていない。
 繰延税金資産の回収可能性が将来の税金負担額を軽減できるかどうかという会計上の見積りの問題であることから、本事例の状況を考慮すれば、不確実性の高い見積りと判断して、では、重要な虚偽表示のリスクではなく、特別な検討を必要とするリスクまたは不正の兆候を認識した場合には不正リスクを識別、評価しなければならなかったと考える。
 本事例では、当期中に会社が倒産したため、問題は前期までに実施された監査手続等に関してのものである。当期では監査手続が未了であり、監査意見が表明されていないため不問とされている。しかし、監査の実施が途中であれ、当期の監査計画や倒産までに実施した監査手続、倒産の兆候に気づいていればその要因等についても問題視すべきと考える。
 臨時的要因がリストラ等による損失であるならば、その要因別に検討するとともに、毎期発生する項目が果たして臨時的要因といえるかどうかについ徹底的に追及することが必要である。一般的には、明らかな根拠がある場合を除き、毎期生じる項目は臨時的要因と判断すべきでないと考える。
 特別な検討を必要とするリスクまたは不正リスクを識別、評価している場合には、重要な虚偽表示のリスクを識別、評価した場合よりも、繰延税金資産の計上の根拠となる事業計画、将来の課税所得の十分性およびタックスプランニングの実現可能性について、それぞれの金額の基礎となる根拠資料を基に会社と徹底的に協議して、繰延税金資産の回収可能性を慎重に検討しなければならないと解する。

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