2019 監基報701 読み解き(その2)

 今回は、利用者の関心、財務諸表の利用者、利用者と経営者・監査役等の間の対話、KAMに該当しない事例、適用範囲、定義、監査上の主要な検討事項の決定および監査人が特に注意を払った事項について読み解きます。

5.利用者の関心
 前回読み解いた2項に関連して、財務諸表の利用者は、…監査人と監査役等との間でなされた双方向のコミュニケーションの中で、特に重点的に議論がなされた事項に関心を有しており、そのようなコミュニケーションの内容が透明性をもって報告されることを求めている。例えば、財務諸表全体に対する監査意見を形成する際の監査人による重要な判断は、財務諸表を作成する際の経営者の重要な判断が含まれる領域に関連することが多いため、財務諸表の利用者は、そのような監査人の判断に特に関心を示している(A2項)としています。
 このA2項は、財務諸表の利用者の関心に応えられるように、監査人が監査役等との間で難しいまたは複雑な問題などについて頻繁に深度のあるコミュニケーションを行っていることが前提となっています。つまり、監査人は、監査役等と双方向のコミュニケーションを行うことによって、それまで知らなかった事実や状況を知ることができたり、既に有している情報をアップデートできたりするような場合であると解します。そのため、監査人が問題や関心を有している事項を一方的に報告するようなコミュニケーションではないことに留意が必要です。
 このことは、「監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告を監査人に要求することにより、当該事項に関する監査人と監査役等とのコミュニケーションが深まる場合がある。また、監査報告書において参照される財務諸表における注記事項に経営者及び監査役等がより一層の注意を払うようになる場合がある」(A3項)というKAMの記載による効果につながるというであると解します。
 また、A3項がISAの訳出であるため、記述されている財務諸表の利用者の関心が我が国おける利用者の関心と合致しているかどうかは不明です。しかし、我が国の機関投資家やアナリストから同様のコメントが行われているようですから、機関投資家やアナリストなどの財務諸表の利用者の関心に大きな差異はないと思います。
 なお、些細なことですが、「監査役等とのコミュニケーションが深まる」の「深まる」は、ISA701では”enhance”(高まる、強化される)です。監査役等とのコミュニケーションの重要度が高まることと解すると、コミュニケーションの内容が深まることとは若干ニュアンスが異なるように思います。

6.財務諸表の利用者
  財務諸表の利用者について、監基報320を引いて、会計に関する合理的な知識を有し、監査が重要性を考慮して実施されていることを理解して、合理的な経済的意思決定を行う利用者が、通常、想定されていること、および監査報告書の利用者は財務諸表の利用者と同じと考えられる(A4項参照)としています。
 このような利用者は、合理的な利用者と呼ばれており、想定されているのは「一般投資家」であり、「個人投資家」です。これに対して、我が国ではあまり説明されていませんが、ISA 701の想定する利用者が「機関投資家」であることは、その制定までの議論やコメントから明らかです。それゆえに、監基報701の想定する利用者も機関投資家ということになります。そうであれば、このA4項の記述は大きな問題・矛盾をはらんでいると考えます。
 新たな監査報告書の利用者は誰であるかについてもっと議論が必要と考えますが、私見では、大きな変革のある監査報告書であっても、その利用者-監査がその利益を擁護すべき投資者-は、投機目的で短期保有しているファンド等の投資者ではなく、配当等の得るため長期に保有している一般投資家・個人投資家であると解しています。機関投資家が委託者の利益のため投機目的で短期保有している場合には、監査がその利益を擁護すべき投資家ではないと解します。

7.利用者と経営者・監査役等の間の対話
 監査報告書において、監査上の主要な検討事項を報告することによって、想定される財務諸表の利用者と、経営者や監査役若しくは監査役会、監査等委員会又は監査委員会(以下「監査役等」という。)との間で行われる、企業、監査済財務諸表又は実施された監査に関連する特定の事項についての対話が促進されることが期待される(3項)としていますが、この規定は、KAMの記載による効果であり、記載そのものに関する規定ではありません。
 財務諸表利用者と、経営者・監査役等あるいは監査人(監査法人)との間の対話の有効性が声高に主張されています。しかし、経営者または監査役等と、特定の投資家(例えば、株式の所有割合の高い機関投資家または株式の大量購入を予定している投資ファンド会社)が監査に関連する特定する事項について対話・協議することは、株主平等の原則の見地からはどのように理解すべきなのでしょうか。また、既に監査人(監査法人)が特定の機関投資家との対話の機会を有しているようですが、個別会社の監査に関連する特定事項を対話のテーマとすることに問題は無いのでしょうか。

8.KAMに該当しない事例
 監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告は、監査人が全体としての財務諸表に対する監査意見を形成した上で行われるものである。したがって、監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告は、以下のいずれを意図するものでもない(4項) としています。
(1) 財務諸表の表示・注記または適正表示のための追加注記の代替
(2) 除外事項付意見の表明の代替
(3) 継続企業の前提に関する重要な不確実性に関する報告の代替
(4) 財務諸表全体に対する監査意見とは別の個別の事項に対する意見表明
 上記(1)の監査報告書のKAMの記載が財務諸表の表示や注記を代替しない(A5項参照)ことは当然のことです。
 (2)は、KAMの記載が除外事項付意見(限定付適正意見または不適正意見)の代替ではなく、除外事項付意見を表明する場合、その根拠を「監査上の主要な検討事項」区分ではなく、「限定付適正意見の根拠」区分または「不適正意見の根拠」区分に記載しなければならない、ということです。
 (3)は、継続企業に関する重要な不確実性がある場合、当該不確実性をKAMの記載としてではなく、「継続企業の前提に関する重要な不確実性」区分に記載しなければならない、ということです。
 (4)の「財務諸表全体に対する監査意見とは別の個別の事項に対する意見表明」は、ISA 701では”a separate opinion on individual matters”(個々の事項に対する個別意見)です。この意見は、個々の財務表(例えば、貸借対照表)に対する個別意見(piecemeal opinion)ではなく、「強調事項」区分または「その他の事項」区分に記載する強調事項またはその他の事項(A8項参照)のことであると解します。
 上記の(2)と(3)に関連した事項については、後に改めて読み解きます

9.適用範囲
 本報告書は、法令により監査報告書において監査上の主要な検討事項の記載が求められる監査において適用される。また、本報告書は、監査報告書において監査上の主要な検討事項を任意で報告することを契約条件により合意した場合にも適用される。ただし、監査人が財務諸表に対する監査意見を表明しない場合には、監査上の主要な検討事項の報告を行ってはならないとされている(5項)としています。
 この規定は、我が国の法令に合わせて規定されています。現状では、金商法に基づく監査の場合にKAMの記載が強制されますが、会社法の会計監査人監査には適用がありません。ただし、会計監査人監査であっても監査契約で合意されている場合には適用があります。その他の法定監査における適用の有無は今後決定されるものと思います。
 この5項の規定で重要なことは、ただし書きにある、意見不表明の場合にはKAMを記載してはならないということです。
 なお、この規定の基となっているISA 5項では、上場企業の一般目的財務諸表の完全なセット(complete sets of general purpose financial statements of listed entities)という記述がありますが、5項は記述していません。KAMの記載は、特別目的の財務諸表ではなく、一般目的の財務諸表に限定されていることに留意が必要と考えます。

10.定義
 監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters: KAM)は、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう。監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される(7項)としています。
 監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項は、2項においてみたように、ISAでは”those matters that, in the professional judgment, were of most significance”(監査人の職業専門家としての判断による最も重大な事項)であるため、「判断した事項」ではなく「特に重要な事項」(私見では「最も重大な事項」)が強調されるべき用語であると解します。また、この用語は、すでにみてきたように、「監査上の主要な検討事項」(KAM)と同義または代替する用語として使用されていることに留意が必要です。
 重要(significance)かどうかの判断については2項に関連するA1項に記述されていますが、具体的な判断の指針となる規定ではないため、監査人が自らの職業専門家として判断することが必要です。
 また、監査上の主要な検討事項(KAM)は、監査人の判断によって任意または自由勝手に決定するものではなく、監査人が監査を実施していくなかで重要(重大)な事項と判断した事項について監査役等とコミュニケーションを行って、KAMとして監査報告書に記載するかどうかを決定するということです。

11.監査上の主要な検討事項の決定
 監査上の主要な検討事項(KAM)の決定について、監査人は、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から、監査を実施する上で監査人が特に注意を払った事項を決定し(8項)て、これらの決定した事項の中から更に、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を監査上の主要な検討事項として決定しなければならない(9項)とし、さらに、より分かり易く、監査人は、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から、監査人の判断に基づき、当年度の財務諸表監査において特に重要な事項を選択することによって、監査上の主要な検討事項を決定する(A9項)としています。
 改訂監査基準は、特に注意を払った事項を決定し、当該決定を行った事項の中からさらに、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を絞り込み、『監査上の主要な検討事項』として決定する(改訂監査基準 二 1 (2) 「監査上の主要な検討事項」の決定)とし、監査上の主要な検討事項は監査役等と協議を行った事項の中から絞り込まれて決定される(同上参照)としています。
 したがって、KAMの決定プロセスは、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から「監査人が特に注意を払った事項」を決定し、更に決定した「監査人が特に注意を払った事項」から監査役等とコミュニケーションを行って「特に重要であると判断した事項」を「監査上の主要な検討事項」として決定するプロセスであると解します。
 このように解すると、監査人が特に注意を払った事項から絞り込まれた特に重要であると判断した事項が「監査上の主要な検討事項として決定されるということになります。
 さきにみた監基報A9項に相応するISA A9項は、”The auditor’s decision-making process in determining key audit matters is designed to select a smaller number of matters from the matters communicated with those charged governance, based on the auditor’s judgment about which matters were of most significant in the audit of the financial statements of the current period.”(主要な検討事項を決定する際の監査人の意思決定プロセスは、当年度の財務諸表の監査においてどの事項が最も重大であるかについての監査人お判断に基づいて、ガバナンスを担う人々と協議した事項の中から数点を選択するようにデザインされている)です。
 比較すると、「監査人は、…監査上の主要な検討事項を決定する」ではなく「監査上の主要な検討事項の決定する際の監査人の意思決定プロセスは、…するようにデザインされている」であり、ニュアンスが相当に異なっていますが、監査人がなにを行うかを強調するために主語を監査人としたと解します。
 問題は、ISA A9項は、監査人が監査上の主要な検討事項として決定する事項の数について「数点」(a smaller number)で良いことを明らかにしていますが、監基報A9項ではこの大事なことが訳出されていないことです。つまり、さきに「特に重要であると判断した事項」と「監査上の主要な検討事項」は、同義または代替する用語と述べました。それは意味的に同義ということです。決定プロセスにおいては事項の「数」の問題ですから、両者の数は自動的に同一にはなりません。そのことがISAでは明らかにされていますが、監基報では不明確な記述となっています。
 私見では、監査報告書に記載する「監査上の主要な検討事項」は、「特に重要であると判断した事項」から監査人の判断によって「数点」(5点ほどまで)決定されると解します。
 決定プロセスの各ステップにおける監査役等とのコミュニケーションについてはさらに読み解いていきます。

12.監査人が特に注意を払った事項
 監査人が特に注意を払った事項は、ISAでは”those matters that required significant auditor attention”(監査人の重大な注意(関心)を必要とした事項)です。
 監査人が重大な注意を払った事項を考慮するのは、リスク・アプローチに基づく監査が、高いと評価された虚偽表示のリスク(特別な検討を必 要とするリスクを含む。)の領域および複雑な領域に焦点を絞っているという事実に関係している(A12項参照)としています。
 これに関連して、監査人が特に注意を払う領域が、監査人の高度で複雑な判断を必要とする、複雑なあるいは経営者の重要な判断に関連することが多い領域であるため、監査人は、当該領域に重点を置いて監査の基本的な方針を策定し、会計または特殊な監査領域の専門知識を有する専門家の配置を検討する(A14項参照)としています。
 また、監査役等とのコミュニケーションやその他の者との討議を行う特定の事項が特に注意を払う領域に関連することがあり、監査人が監査役等とのコミュニケーションの対象となる監査期間中に直面した困難な状況(例えば、関連当事者取引やグループ監査に対する制約)・事項または専門的な見解を問合せた事項が監査上の主要な検討事項となることがある(A15項参照)としています。
 したがって、監査人は、監査計画の立案の段階から監査実施中でも、重要な監査事項または重大な注意を払う領域・事項について留意していなければならないということです。

 次回は、監査人が特に注意を払った事項に関連した監査役等とのコミュニケーション、考慮事項、領域その他について読み解きます。

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