2019 監基報701 読み解き(その5)

 今回は、比較情報とKAMの関係と監査報告書の記載、除外事項付意見の表明、個々の監査上の主要な検討事項の記載、未公表の情報、および未公表の情報とKAMについて読み解きます。

23.比較情報とKAMの関係と監査報告書の記載
 前々回に読み解いた要求事項8項と前回に読み解いた9項に規定されている「監査上の主要な検討事項の決定」に関連した指針として、次のA10項とA11項が比較情報のある場合の監査報告書に記載について規定しています。要求事項10項「監査上の主要な検討事項の報告」に関連しているため、ここでこれらの指針を読み解きます。
 財務諸表に比較情報が含まれる場合、比較財務諸表方式か対応数値方式かにかかわらず、過年度の財務諸表監査に関連する監査上の主要な検討事項について、監査報告書において、通常記載しない(A10項)としています。
 この項に対応するISAは、”The auditor’s determination of key audit matters is limited to matters of most significance in the audit of financial statements of the current period, even when comparative financial statements are presented (i.e., even when the auditor’s opinion refers to each period for which financial statements are presented).”(比較財務諸表であっても(すなわち監査意見が財務諸表のそれぞれの年度に関連付けられていても)、監査上の主要な検討事項に関する監査人の決定は当年度の財務諸表の監査における特に重要な事項に限定されている)ですから、A10項は我が国の制度を踏まえて修正され、「ただし書き」と「なお書き」が追加記述されています。(「ただし書き」と「なお書き」の読み解きは省略します。)
 比較情報の有無にかかわらずKAMの記載は、当年度の監査における特に重要な事項(最も重大な事項)の中から監査役等とのコミュニケーションの結果として監査人が選択する事項ですから、KAMは過年度の監査には関連していません。しかし、対応数値方式により前年度の財諸表の数値が修正されているときには、修正数値に対して当年度の監査の一環として監査手続を実施するため、その監査手続の実施を含めた、当年度の監査において当該修正事項を特に重要な事項であると判断することがあると解します。
 現状では、KAMの記載は、対応数値方式を採用している金商法監査または任意での会社法会計監査人監査に求められているため、監査報告に比較財務諸表方式の適用はあり得ません。したがって、監基報が我が国における実指針のため、比較財務諸表方式に関連する「ただし書き」の記述は不要と解します。
 また、監査人は、前年度の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項の内容を当年度の監査報告書において更新することは求められていない。ただし、前年度の財務諸表監査における監査上の主要な検討事項が、当年度の財務諸表監査においても引き続き監査上の主要な検討事項であるかどうか検討することは有用である(A11項)としています。
 前年度のKAMを当年度の監査報告書に記載する必要がないことは、前述したとおりです。しかし、前年度にKAMとして前年度の監査報告書に記載した事項が当年度の監査の実施において依然として特に重要な事項である場合、当該事項を当年度のKAMとして当年度の監査報告書に記載するかどうかを決定する必要があることは当然のことです。なくとも良い規定と解します。
 ところで、比較情報が表示されている場合(特に意見表明方式が比較財務諸表方式で複数年度の監査意見が記載されている場合)、監査上の主要な検討事項は当年度の財務諸表監査のみに関連するということを明確にするため、『監査上の主要な検討事項』区分の冒頭に記載される説明文言において、例えば、『当年度』を『当年度(×年×月×日から×年×月×日までの第×期事業年度)』と記載することがある(A33項)としています。
 しかし、A10項に関連して述べたように、KAMは過年度の監査には関連しないで、当年度の監査に関連しており、現状ではKAMの記載は金商法監査または任意での会社法会計監査人監査に求められているため、比較財務諸表方式の適用はあり得ません。我が国おける実指針のため、この指針は不要と考えます。

24.除外事項付意見の表明
 監査人は、除外事項付意見を表明しなければならない状況において除外事項付意見を表明せず、除外事項に該当する事項を監査報告書の「監査上の主要な検討事項」区分において報告してはならない(11項)としています。
 除外事項の理由が監査上の主要な検討事項(KAM)に該当するようなときであっても、除外事項をKAMとして記載することは許されないということであり、これは、要求事項4項(2)およびA5項において代替禁止としています。したがって、除外事項付意見(限定意見または不適正意見)を表明することが必要なときはきちんと該当する意見を表明することを求めているだけです。
 除外事項付意見(限定意見または不適正意見)を表明する場合の監査報告書上の取扱いについては、後に改めて読み解きます。

25.個々の監査上の主要な検討事項の記載
 監査報告書の『監査上の主要な検討事項』区分において、以下を記載しなければならない(12項)としています。
 (1) 関連する財務諸表における注記事項がある場合は、当該注記事項への参照
 (2) 個々の監査上の主要な検討事項の内容
 (3) 財務諸表監査において特に重要であるため、当該事項を監査上の主要な検討事項に決定した理由
 (4) 当該事項に対する監査上の対応
 続けて、ただし、連結財務諸表及び個別財務諸表の監査を実施しており、連結財務諸表の監査報告書において同一内容の監査上の主要な検討事項が記載されている場合には、個別財務諸表の監査報告書においてその旨を記載し、当該内容の記載を省略することができる(12項)としています。
 「監査上の主要な検討事項」区分に記載するこれらの事項は、改訂監査基準 二 1(3)「監査上の主要な検討事項」の記載においても同様の項目を記載することが求められています。
 しかし、この要求事項の記述がISAとは異なっています。ISAは、”the description of each key audit matter in the Key Audit Matter section of auditor’s report shall include a reference to the related disclosure(s), if any, in the financial statements and shall address)(監査報告書の「監査上の主要な検討事項」区分での個々の監査上の主要な検討事項の記述は、もしあれば、財務諸表の関連した開示へのリファレンスを含めなければならない、また以下の対応をしなければならない)として、(3)と(4)の項目を示しています。したがって、ISAでは(1)と(2)の事項は本文中の記述です。それを監査基準が独立した項目にしたため、監基報の記述も監査基準に倣っていると解します。
(1)から(4)の個々の記載事項については、この後読み解いていきます。
 12項の「ただし」書きは、連結財務諸表のみでなく、個別財務諸表に対して監査意見を表明することが求められている我が国での追加規定です。
 ところで、監査人が監査報告書に記載する監査上の主要な検討事項について、監査上の主要な検討事項の記述が適切であるかどうかは、職業的専門家としての判断による。監査上の主要な検討事項の内容、当該事項が監査において特に重要であると判断された理由および当該事項に対する監査上の対応は、過度に専門的な監査用語の使用を避け、想定される財務諸表の利用者が理解できるように簡潔に記載されることが想定されている。監査人により提供される情報の内容および範囲は、経営者と監査人のそれぞれの責任(二重責任の原則)を踏まえて決定される。すなわち、監査人は、企業に関する未公表の情報を不適切に提供することを避け、簡潔かつ理解可能な様式で有用な情報を提供する(A34項)としています。
 監査人が記載した監査上の主要な検討事項(KAM)に関する記述が適切であるかどうかを監査人自身が判定することはできません。適切な記述・記載となるよう努めることしかできません。その適切な記述・記載は、簡潔でバランスのとれた説明(a succinct and balanced explanation)です。そのため、A34項は、12項の(1)から(4)に係る記述・記載はあまり専門用語を使用しないで、財務諸表の利用者が理解できるように簡潔な記載とすることを求めています。
 財務諸表の利用者は、すでに読み解いたように、「合理的な投資家」が想定されています(A4項参照)。しかし、私見では、既に述べたとおり、ISA 701の制定までの議論やコメントから明らかのようにISA 701の想定する利用者は「機関投資家」であるため、監基報701の想定する利用者も機関投資家であると解しています。
 そのためでしょうか、ISAでは”intended users who do not have a reasonable knowledge of auditing to understand the basis for the auditor’s focus on particular matters during the audit”(監査中の特定の事項に対する監査人の関心事に関する根拠を理解するための合理的な監査に関する知識を有していない利用者)と明示していますが、監基報には当該記述はありません。合理的な利用者(機関投資家)と明らかに矛盾した記述のため、監基報では訳出されていないのかもしれません。
 私見では、財務諸表と監査報告書の利用者は、会計や監査に関する合理的な知識を有する個人投資家(一般投資家)であると解していますが、「機関投資家」が監査上の主要な検討事項(KAM)の記載を強く求めた経緯から、監査人が監査上の主要な検討事項(KAM)を決定した根拠まで理解できなくとも、難解な専門用語は除き、監査基準や監基報において記述されている専門用語を理解している利用者であることを想定しても良いと解します。
 なお、新たな制度が定着してからだと思いますが、どんな情報も欲しがる「機関投資家」は、監査人が監査上の主要な検討事項(KAM)を決定した根拠を知りたがるという、新たな「期待ギャップ」が生じることが容易に想定できます。
 さらに、企業内容の開示は経営者の責任で行われるべきものです。監査人の責任は監査意見を表明することです。このような二重責任の原則の下では、監査人の責任には監査報告書における情報提供としての監査上の主要な検討事項(KAM)の記載は含まれないと解します。ただし、監査人には、二重責任の原則に基づく責任ではなく、監基報701の要求事項に従うという責任が当然にあります。
 このことを確かめるためISAをみると、”The nature and extent of information provided by the auditor is intended to be balanced in the context of the responsibilities of the respective parties (i.e., for the auditor to provide useful information in a concise and understandable form, while not inappropriately being the provider of original information about the entity).”(監査人により提供された情報の内容及び範囲は、それぞれの関係者の責任との関連でバランスがとれるように意図されている(すなわち、監査人は、不適切に企業についての第一次情報の提供者とならないが、簡潔で理解可能な文章で有用な情報を提供する)。)です。
 このように、ISAは「二重責任」について言及していません。「それぞれの関係者」(the respective parties)は、監査人と、経営者ではなく、利用者であると解します。そうであれば、監査人は、監基報にしたがってKAMを記載することによってバランスがとれた、簡潔で理解可能な文章で有用な情報(KAM)を提供する責任を有し、利用者はその情報を適切に理解する責任があるということではないでしょうか。それでも、規定の趣旨を十分には理解できません。

26.未公表の情報
 未公表の情報(original information)(私見では「第一次情報」という。)ついて、企業に関する未公表の情報は、企業によって公にされていない当該企業に関する全ての情報をいう。当該情報の提供に関する責任は、経営者にある。(A35項)としています。
 しかし、「全ての情報」という重い表現にいささか戸惑いを覚えたので、ISAをみると、”Original information is any information about the entity that has not otherwise been made publicly available by the entity (e.g., has not been included in the financial statements or other oral or written communications by management or those charged with governance, such as a preliminary announcement or financial information or investor briefings). Such information is the responsibility of the entity’s management and those charged with governance.”(第一次情報は、企業が利用可能なように公表していない(例えば、予備的な発表や財務情報または投資家向け説明要旨のような、経営者または監査役等による、財務諸表または口頭や文書によるコミュニケーションに含まれていない)企業についての情報である。そのよう情報は、企業の経営者および監査役等の責任である。)ですから、相当に異なった記述です。
 比べると、”any”をあえて「全て」と訳出する必要性を感じません。強調するためであろうかと思いますが、不要であると思います。また、監基報では「監査役等」が訳出されていませんが、監査役等が企業の情報を公表することは、株主総会における監査報告を除き、通常ないことを勘案して、我が国の実情に合わせた修正であると解します。
 そうであれば、第一次情報(未公表の情報)を開示・公表するのは経営者であって、監査人ではないことになります。第一次情報(未公表の情報)とKAMの関係については、すぐ後でさらに考えます。
 ところで、監基報は先の引用に続けて、なお、財務諸表又は監査報告書日において利用可能な財務諸表が含まれる開示書類におけるその他の記載内容に含まれている情報や、決算発表または投資家向け説明資料等により、企業が口頭または書面により提供している情報等は企業によって公にされている情報であるため、企業に関する未公表の情報には含まれない(A35項)としています。
 この「なお書き」は、我が国での追加規定です。監基報720による財務諸表が含まれる開示書類におけるその他の記載が、未公表の情報(第一次情報)に該当しないことを強調するための追加規定と解します。

27.未公表の情報とKAM
 「監査上の主要な検討事項の記載において、監査人が企業に関する未公表の情報を不適切に提供することは想定されていない。監査上の主要な検討事項は、監査の内容に関する情報を提供するものであるため、通常、企業に関する未公表の情報の提供を意図するものではない」(A36項)としています。
 この記述を十分に理解できません。そのため、ISAをみると、”It is appropriate for the auditor to seek to avoid the description of a key audit matter inappropriately providing original information about the entity. The description of a key audit matter is not usually of itself original information about the entity, as it describes the matter in the context of the audit.”(監査人が企業についての第一次情報を不適切に提供する監査上の主要な検討事項の記述を回避するよう努めることは適切である。監査上の主要な検討事項の記述は、監査に関連する事項を記述するため、通常それ自体、企業についての第一次情報ではない。)です。
 したがって、「想定されていない」というような他人事の問題ではなく、監査人が未公表の情報(第一次情報)をKAMとして記載しないように努めるという監査人の行動を記述しています。また、「意図するものではない」というような他人事の問題ではなく、監査上の主要な検討事項の記載が、本来、企業についての未公表の情報(第一次情報)を提供することではないという大原則を記述していると解します。
 このように監査人が他人事にように解したならば、大きな監査上の対応に関する相違につながるように思います。

 次回は、未公表の情報をKAMとして記載する場合、経営者の対応などについて読み解きます。

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