2019 監基報701 読み解き(その8)

 今回は、監査人の対応または監査アプローチの内容の記載、専門家の利用に関する記載、実施した監査手続、その結果および監査人の見解の記載、監査上の主要な検討事項の記載に際しての留意事項、決定した監査上の主要な検討事項を報告しない場合を読み解きます。

38.監査人の対応または監査アプローチの内容の記載
 A46項の記載事項「監査上の主要な検討事項に最も適合しているまたは評価した重要な虚偽表示リスクに焦点を当てた監査人の対応または監査アプローチの内容」に関連して、監査人の対応または監査アプローチの内容の記載は、想定される財務諸表の利用者が、通例でない状況や、重要な虚偽表示リスクに対応する過程で行った監査人の重要な判断を理解するのに役立つ場合がある。企業の状況に合わせて採用した監査アプローチの特徴的な面が記載される場合には特に有益である。さらに、特定の年度における監査アプローチは、企業に特有の状況、経済情勢または企業が属する産業の動向によって影響を受けることがある。加えて、当該事項に関する監査役等とのコミュニケーションの内容および程度を説明することが有用な場合がある(A48項)としています。
 記載する「監査人の対応または監査アプローチ」は、ISAでは”the auditor’s response or approach to a matter”(監査上の主要な検討事項に対する監査人の対応やアプローチ)です。リスク・アプローチに基づく監査アプローチではありません。このことは前回読み解いたA46項の「監査人の対応または監査アプローチ」についても同様です。この訳出は、以下に記述されている監査アプローチとの混同があるためと解しますが、大きな誤解を生みかねない訳出と考えます。
 「企業の状況に合わせて採用した監査アプローチの特徴的な面が記載される場合には特に有益である」ことが十分理解できないため、ISAを参照すると”in particular when the audit approach required significant tailoring to the facts and circumstances of the entity”(特に、企業の事実と状況にかなり合わせることを求められる監査アプローチのときには)という挿入句をA48項は独立した記述としています。そのため、特に、企業の事実と状況に十分合わせることを求められる監査アプローチのときに、監査上の主要な検討事項に対する監査人の対応やアプローチの局面を記載することは利用者を支援することがある、ということです。
 つまり、通例でない状況(異常な状況)や重要な虚偽表示リスクに対応するために求められる監査人の重要な判断などに基づいて決定される監査アプローチ(通常の監査手続とは異なる監査手続を立案・実施を含めた監査アプローチ等)の場合に、監査上の主要な検討事項を記載することは財務諸表と監査報告書の利用者にとって有益な場合が多いということです。
 ところで、監査上の主要な検討事項に記載は、監査報告における情報の価値の向上のためですから、「重要な虚偽表示リスクに対応する過程で行った監査人の重要な判断」や「企業の状況に合わせて採用した監査アプローチ」あるいは「企業に特有の状況、経済情勢または企業が属する産業の動向によって影響を受ける監査アプローチ」について、監査人が監査上の主要な検討事項として記載することに価値があると判断した場合に記述することになります。
 さらに、「監査役等とのコミュニケーションの内容および程度の説明」は、監査上の対応として、監査上の主要な検討事項に記述することが監査報告の情報の価値を高める監査人が判断した場合には記載すれば良いことです。
 監査人は思考停止に堕ちいらずに、これらの事項を記載しなければならないと誤解しないことが肝要です。監査上の主要な検討事項に記載する内容はすべて監査人の判断で決定することがらです。
 なお、監査人は、想定利用者の関心を知るすべはありませんが、利用者の理解に役立とうとすることを優先するなど、利用者や経営者の関心や利害を監査人が考慮する(忖度する)ことは、職業専門家としてあるまじきことと考えます。

39.専門家の利用に関する記載
 監査アプローチを記載する際の専門家の利用に関する記載について、例えば、複雑な金融商品の公正価値の評価のように見積りの不確実性が高い会計上の見積りに関して、監査人は、専門家の業務を利用したことについて記載することがある(A49項)とし、そのような監査人の専門家の業務の利用に関する記載は、監基報620に規定されている監査意見に関連して専門家の利用について記載しない状況には該当せず、また、監査意見に対する監査人の責任を軽減するものではない(A49項参照)としています。
 この専門家の利用に関する記載は、除外事項の理由に関連して専門家の利用に関する記述と同じ状況であると解します。
 しかし、この専門家の利用は、監査アプローチに関連するというより、監査上の対応と解します。

40.実施した監査手続、その結果および監査人の見解の記載
 前回読み解いたA46項の二番目の記載事項「実施した手続の簡潔な概要」に関連して、監査手続を記載する場合、実施した監査手続を簡潔に要約することは困難なことがある。特に、複雑で判断を伴う監査の領域においては、評価した重要な虚偽表示リスクに対する監査人の対応の内容および範囲、ならびに監査人の重要な判断を適切に理解できるように簡潔に要約することは困難なことがある。しかしながら、当該事項に対する監査人の対応として実施した特定の手続の記載が必要な場合には、通常、手続の内容を詳細に記述するのではなく、概括的に記述する(A50項)としています。
 この前半と後半が矛盾すると思われる規定を十分理解できません。そのため、ISAを参照すると、その訳出に誤りがあるわけではありませんが、意訳または要約しているところがあり、かつ固い文章のため、分かりづらくなっていると思います。また、”nonetheless”(それにもかかわらず)を「しかしながら」としていることが、全体を分かりづらくしているように思います。
 要するにA50項は、重要な虚偽表示のリスクへの監査人の対応や監査人の重要な判断などの複雑な監査判断の伴う領域について実施した監査手続の内容および範囲を簡潔に記載することが難しい場合であっても、それを記載することが必要と判断することがあるということです。その記載は、実施した監査手続を詳細に記述するのではなく、主要な(重要な)レベルで記述するということです。
 ところで、これらの記載事項は、監査上の主要な検討事項と決定した未公表の情報(第一次情報)への対応の記載とは異なるように思います。未公表の情報(第一次情報)は、基本的に財務諸表項目の内容を構成していないため直接的な監査対象ではありません。そのため、監査リスク・アプローチや重要な虚偽表示のリスク、監査手続の実施対象ではありません。したがって、未公表の情報(第一次情報)への対応の記載としては、その内容、実施した検討内容および監査人の見解に留まるように思います。

41.監査上の主要な検討事項の記載に際しての留意事項
 監査上の主要な検討事項の記載に際しての留意事項として、想定される財務諸表の利用者が、財務諸表監査における監査上の主要な検討事項の重要性および監査上の主要な検討事項と監査意見等のその他の記載事項との関係を理解できるように、監査人は、監査上の主要な検討事項の記載に当たって、以下について留意することが適切である(A47項)としていいます。
・財務諸表に対する意見を監査人が形成する上で、当該事項への対応を監査人が適切に完了していないという印象を与えない。
・汎用的なまたは標準化された文言を避け、当該事項を企業の具体的な状況に直接関連付ける。
・財務諸表に関連する注記事項がある場合、その内容を考慮する。
・財務諸表に含まれる個別の事項に対する意見を表明しない、または表明しているという印象を与えない。

 最初の留意事項は、監査人の意見形成時には、監査上の主要な検討事項に対する対応が完了していることを求めているものと解します。その結果に基づいて、監査上の主要な検討事項への対応の記載をするという当然のことを規定しているだけです。
 二番目の留意事項の前半は、IAS701公開草案に記述されていた四つの例示が特定事項と解されたり、決まり文句(boilerplate)となるという批判コメントを踏まえた記述であれば、不要な記述と解します。後半の監査上の主要な検討事項を企業の具体的な状況に直接関連付けて記載することを記述するだけで良いと解します。しかし、このことは監査上の主要な検討事項の記載によって求められています。この事項も当然の記述であり、あらためて記述する意味は無いと解します。
 三番目の留意事項は、財務諸表の注意を参照する(リファレンスを付す)際に当然にその注記の内容を考慮(検討)しているはずです。そのため、不要な記述と解します。
 四番目に留意事項は、監査上の主要な検討事項の記載は、個別意見(separate opinion)ではないことが求められています(10項(2)参照)。そのため、この事項も当然の記述であり、あらためて記述する意味は無いと解します。
 蛇足ながら、これらの事項は記述する必要性を感じませんが、それを記述することが留意事項ということのでしょうか。この項だけの話ではないですが、監基報には無駄な記述によってあまりにも饒舌となっており、その結果、監査人の思考停止を誘発しているのではないかとすら思います。

42.決定した監査上の主要な検討事項を報告しない場合
 監査上の主要な検討事項を「記載しなければならない」(10項)とする要求事項の例外規定として、監査人は、以下のいずれかに該当する場合を除き、監査報告書に監査上の主要な検討事項を記載しなければならない(13項)としています。
(1) 法令等により、当該事項の公表が禁止されている場合
(2) 極めて限定的ではあるが、監査報告書において報告することにより生じる不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれるため、監査人が当該事項について報告すべきでないと判断した場合。ただし、企業が当該事項に関する情報を財務諸表以外の何らかの方法により公表している場合は、報告すべきでないと判断する状況には該当しない。

 要求事項13項(1)の監査上の主要な検討事項の報告が法令等により禁止されている場合について、法令等により、監査人が監査上の主要な検討事項として決定した特定の事項に関して、経営者又は監査人による公表が禁止されることがある。例えば、違法行為又はその疑いのある行為(マネー・ローンダリングなど)について、適切な機関による調査を害するおそれがある場合、法令等により公表が禁止されることがある(A52項)としています。
 A52項は、監査人が監査上の主要な検討事項の公表を経営者または監査役等から法令等を理由に禁止されるように読めますが、ISAを参照すると、法令等が経営者・監査役等に対して公表を禁止している事項を監査人が監査上の主要な検討事項として決定した場合です。すなわち、当該事項が未公表の情報(公表できない情報)であることに留意が必要です。
 それにもかかわらず、例示されているようなマネー・ローンダリングなどの違法行為またはその疑いのある行為に気付いたときの監査人の対応として当該行為等を監査上の主要な検討事項として報告することなのでしょうか。違法行為等に対する監査対応が必要ではないかと考えます。
 なお、我が国において、マネー・ローンダリングなどの違法行為等を捜査中の警察等がその事実を会社に知らせて、公表を要請することはあり得ると考えますが、禁止することは無いのではないかと思います。なた、法令等が違法行為等に関する事実関係を公表することを禁止している例を知りません。
 要求事項13項(1)の監査上の主要な検討事項を報告しないと判断するきわめて限定的な場合について、監査の透明性の向上は公共の利益に資するため…監査上の主要な検討事項の報告による企業または社会に与える不利益が非常に大きいと想定され、その不利益が当該事項を報告することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれる場合にのみ、監査人は当該事項を報告しないと判断できる(A53項)としています。
 監査上の主要な検討事項を報告することによって、監査(プロセス)の透明性を高め、監査報告による情報の価値を高めることが公共の利益(a public interest benefit)ということなのでしょうか。IAASBやJICPA(監査基準委員会)は、公共の利益に関するレポートを公表していますが、必ずしも、説得力のあるものではありません。公共の利益の意義等に関する議論はありますが、公共の利益と企業または社会に与える不利益(the adverse consequences)を監査人が測定し比較考量できるとは思いません。つまり、「不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれる」と判断できないことが通常であろうと考えます。ただし、不利益の影響の大きさに関しては次回で再度読み解きます。
 なお、要求事項13項(1)の「ただし書き」は、企業または経営者が、企業または社会に与える不利益に関する情報を公表しているときには報告しないと判断できないことを明示しています。したがって、報告しないと判断する監査上の主要な検討事項は、未公表の情報に関連する事項であることに留意が必要です。
 これまでの読み解きから、要求事項13項は「絵に描いた餅」でしかなく、単なる留意規定となるだけで、監査上の対応を監査人に求めるまでには至らないと解します。


 次回は、不利益の影響の大きさの理解、守秘義務の解除などについて読み解きます。

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