2019 監基報701 読み解き(その9)

 今回は、不利益の影響の大きさの理解、守秘義務の解除、法的アドバイスの入手、および除外事項と継続企業に関する重要な不確実性の取扱いについて読み解きます。

43.不利益の影響の大きさの理解
 監査人は、監査上の主要な検討事項に関する事実または状況を考慮して、当該事項の報告の要否を判断する。経営者および監査役等とのコミュニケーションは、監査人が、当該事項の報告がもたらすおそれがある不利益の影響の大きさに関する経営者の見解を理解するのに役立つ(A54項)として、経営者・監査役等とのコミュニケーションについて以下を例示しています。
 ・企業が当該事項を公表していないことの理由(例えば、公共の利益の観点から法令等で特定の状況の開示を一定期間留保することが認められている、または当該事項を開示しないことが許容されている。)を監査人が理解することができる。また、公表していないことの理由が開示に伴う不利益に関する懸念である場合、それに関する経営者の見解を監査人が理解することができる。
経営者は、当該事項を公表していない理由として、不利益の検討に関連する可能性のある法令等を示すことがある(例えば、企業の営業上の交渉、または競争上の地位に対する損害などに関連する法令等)。しかしながら、不利益に関する経営者の見解のみでは、監査人は、報告をすることにより生じる当該不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれるかどうかについて判断することはできない。
 ・当該事項に関して、該当する規制・監督当局等と企業のコミュニケーションが行われているかどうか、また、それが当該事項の公表が適切でないとする経営者の見解を裏付けていると考えられるかどうかについて検討する。
 ・監査人が、経営者に対して、必要に応じて監査役等を通じて、当該事項に関連する情報の公表を促すことができる場合がある。例えば、当該事項に関連する情報の開示に対する経営者および監査役等の懸念が特定の側面に限定されているため、それ以外の側面に関する情報については開示が可能なことがある。

 最初の項目は、監査人は、監査上の主要な検討事項に関する事実または状況を考慮するが、経営者・監査役等とのコミュニケーションによって法令等や財務報告の枠組みが監査上の主要な検討事項の公表(disclosure)を一定期間留保(delay)または開示しない(non-disclosure)ことを許容している理由および経営者が開示・公表によって不利益をもたらすと懸念している理由について監査人が理解できる、としています。
 しかし、項目の後段に記述されているように、監査上の主要な検討事項を開示しないことを許容する法令等や財務報告の枠組みをコミュニケーションに提出するのは経営者です。監査人は、唐突に提出された場合には、その法令等や財務報告の枠組みが監査上の主要な検討事項を開示しないことを許容しているかどうかをその場で判断することは結構難しいことが多いと思います。そのため、当該法令等や財務報告の枠組みが監査上の主要な検討事項を開示しないことを許容しているかどうかを検討した後に再度経営者とのコミュニケーションをもつことを経営者・監査役等に依頼すべきです。経営者の提案に安易に同意すべきではありません。
 また、経営者が公表していない理由として不利益の検討に関連する可能性のある法令等(law, or regulation or other authoritative sources)を示すことがある、としていますが、この一文はISAでは”Management may draw attention to certain aspects in law, or regulation or other authoritative sources that may be relevant to the consideration of adverse consequences.”(経営者は、不都合な結果についての検討に関連しているかもしれない法令やその他の権威のある文献のある局面に注意することがある。)なので、ニュアンス・意味するところが全く異なっています。経営者が根拠となる法令等を監査人に提出するのではなく、経営者の注意を引いた法令等の局面が開示しない根拠となるかもしれないということです。
 さらに、不利益に関する経営者の見解のみでは、監査人は、報告をすることにより生じる当該不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれるかどうかについて判断することはできない、という記述は、ISAでは、不利益についての経営者の見解だけでは、不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれるかどうかを決定する監査人の必要性を緩和するものではない(do not alleviate the need for auditor)です。この記述もニュアンスが異なっていると感じます。
 このようなニュアンスの違いが生じた理由として考えられることは、ISAは単なる説明記述にすぎないにもかかわらず、監基報が監査実指針であるため意訳して強い記述としたからだと推測します。
 ところで、最初の項目の二文節の括弧書き内に例示されている、不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれる局面として、企業の取引上の交渉や競争上の地位に対する損害が生じる可能性はBCにおいて議論されていた「秘密事項」(sensitive matters)であり、企業がまだ公開していない企業についての情報であると解します。この秘密事項の取扱いについては十分に明らかにされていません。再度、読み解きの機会があろうかと思います、
 そのように解しても、例示されている法令等への違反等からもたらされる不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれることは無いように思います。そのため、不利益に関する経営者の見解のみでは、監査人は、当該不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれると判断できない、としていると解します。
 なお、この最初の項目は、ISAでは二つの文節ではなく一つの文節です。長い文章のため監基報は区分したものと思いますが、それによって二つのケースについて記述されていると誤解される可能性を懸念します。また、ISAでは例示の「公共の利益の観点から」という記述はありません。
 二番目の項目は、法令等が監査上の主要な検討事項の公表(disclosure)を一定期間留保(delay)している場合、監査上の主要な検討事項について当局との協議等が行われているかどうかを検討し、行われている場合には当局の判断が公表を適切でないと考えている経営者の見解を裏付けているかどうかを検討することを求めています。
 このように、当局の判断が公表を望ましいとしていないため経営者も公表しないと判断している場合には、監査人は、不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれるかどうかを判断することになります。しかし、比較考量できそうにありません。そうであれば、監査上の主要な検討事項を報告しない方向に傾くように思います。それにもかかわらず、不利益が公共の利益を上回ることを合理的に見込まれない場合には、監査人は、未公表の情報(第一次情報)として監査上の主要な検討事項を報告する余地はあると解します。
 三番目の項目は、監査人が、監査役等を介して経営者に公表・開示を促すことによって、経営者・監査役等が懸念している特定の事項以外の情報を公表・開示してもらえることができるとしていますが、監査人が情報を公表・開示することを促すことは、監査役等の同席の下で、経営者に直接要請することが望ましいと考えます。
 これらの三つの事項は分かりづらいですが、要するに、監査人は、監査上の主要な検討事項に関係する事実と状況を勘案する際に、経営者や監査役等とのコミュニケーションによって、経営者の望ましくないと考えている理由や見解を理解することができ、反対に、監査人が経営者や監査役等に監査人の判断を伝える良い機会となることを明らかにしていると解します。
 ただ、経営者・監査役等との一回のコミュニケーションにおいてすべてを終了しなければならないと誤って理解される可能性を懸念します。監査人は、定期的なコミュニケーションの機会だけでなく、必要な都度何回でもコミュニケーションの機会を設定してお互いの理解を十分擦り合わせておくことが必要です。このことは監査上の主要な検討事項の記載を行わないときだけではないと解します。
 また、三つの事項に続けて、監査人は、監査上の主要な検討事項の報告によって生じるおそれがある不利益の影響の大きさに関する経営者の見解を含む、当該事項の公表が適切ではない理由に関して、経営者確認書を入手することが必要と考えることがある(A54項)としていますが、この経営者確認書への記載の要否の検討についてのコメントは不要であろうと思います。
 なお、監査人のコミュニケーションの相手は、監査上の主要な検討事項に関連する情報を開示するかどうかを決定する経営者であろうと考えます。それにもかかわらず、監査人は監査役等との協議によって重要な事項から監査上の主要な検討事項を選定するため、当該コミュニケーションには監査役等も同席してもらうことが望ましいと考えます。

44.守秘義務の解除
 監査上の主要な検討事項の記載に関連して、我が国特有の規定として、監査人は、監査上の主要な検討事項として決定した事項を報告することについて、我が国における職業倫理に関する規定に照らして検討することが必要となることがある。監査人が追加的な情報開示を促した場合において経営者が情報を開示しないときに、監査人が監査の基準に基づき正当な注意を払って職業的専門家としての判断において当該情報を監査上の主要な検討事項に含めることは、監査人の守秘義務が解除される正当な理由に該当する(倫理規則第6条第8項第3号ニ)(A55項)としています。
 監査人の未公表の情報(第一次情報)や「秘密事項」(sensitive matters)に関する情報の公表・開示に関する要請に対して経営者が応じない場合でも、監査人が当該情報や事項を監査上の主要な検討事項であると決定して監査報告書に記載したときには、それは監査人が負っている守秘義務に違反しないことを明らかにしています。これによって、監査人が未公表の情報(第一次情報)を監査上の主要な検討事項として取り扱うことが可能になっていると解します。
 後段として、さらに、監査人は、当該事項に関して監査報告書において報告しているかどうかにかかわらず、規制・監督当局への報告が法令により要求されることがある(例えば、金融商品取引法第193条の3参照)。このような規制・監督当局への報告(その対象になるか否かの検討を含む。)は、当該事項を監査上の主要な検討事項として報告することによってもたらされる不利益に関する監査人の検討に役立つことがある(A55項)としています。
 我が国において、規制・監督当局への報告が法令により要求されているケースは金融商品取引法第193条の3のみと思います。しかし、金融商品取引法第193条の3は、監査人が会社における法令に違反する事実その他の財務書類に関する書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれのある事実(法令等違反等事実)を発見したときには監査役等に対応を促し、それでも監査役等が対応しなかったときに金融庁に報告することを求めています。このように、金融庁への報告対象は違法行為または虚偽表示であり、必ずしも、監査上の主要な検討事項を包含するものではないため、この例示は不適切と考えます。
 この後段は、ISAでは”In addition, the auditor may be required by law or regulation to communicated with applicable regulatory, enforcement or supervisory authorities in the auditor’s report. Such communication may also be useful to inform the auditor’s consideration of the adverse consequences that may rise from communicating about the matter.”(また、監査人は、監査人からの報告書を通じて、規制当局、執行機関または監督官庁とのコミュニケーションを行うことを法令によって求められていることがある。そのようなコミュニケーションは事項についてコミュニケーションを行うことから生じるかもしれない不利益に関する監査人の検討について知らせるのにも有用である)です。
 法令により当局とコミュニケーションを行うことが求められている場合には、我が国では、金融庁(規制当局)、証券取引監視委員会(執行機関)または公認会計士監査審査会(監督官庁)あるいは日本取引所自主規制法人とのコミュニケーション(調査や検査)が相当すると思います。そして、「そのようなコミュニケーションは不利益に関する監査人の検討について知らせるのにも有用である」ことは、金融庁等との職権に基づいて行われるコミュニケーション(質問)への対応として、監査人が検討した不利益や秘密事項を金融庁等に口頭または書面で報告するまたは問い合わせに対して回答することが想定されているのではないでしょうか。
 そのため、監基報の後段とISAの記述はニュアンスが相当異なっていると思います。それにもかかわらず、金融庁等による調査や検査への監査人の対応は、すでに守秘義務が解除されていますから、前段とは矛盾していません。

45.法的アドバイスの入手
 監査上の主要な検討事項の記載に関連して、当該事項を監査上の主要な検討事項として報告しない場合、監査人が検討した論点は複合的であり、また、その決定は監査人の重要な判断を伴う。そのため、法律専門家に助言を求めることが適切と考えることがある(A56項)としています。
 A56項の記述から、「当該事項」が何を指すのか、また、何故に法律専門家の助言を求めることが必要となるかが理解できないため、ISAを参照すると”The issues considered by the auditor regarding a decision not to communicate a matter are complex and involve significant auditor judgment. Accordingly, the auditor may consider it appropriate to obtain legal advice.”(監査上の主要な検討事項を記載しないとの決定に関して監査人が検討した問題点は複雑でかつ監査人の重要な判断に関連している。したがって、監査人は法的なアドバイスを得ることが適切であると考えることがある)です。
 したがって、監査上の主要な検討事項として監査報告書に記載するかどうかを監査人が検討する際の問題点が法律的に複雑で、その法律上の問題が監査人の判断に関連しているとき、監査人は法律家の助言を求めることがあると解します。
 監基報もISAももう少し丁寧な記述をしてもらいたいと希望します。

46.除外事項と継続企業に関する重要な不確実性の取扱い
 監査上の主要な検討事項を「記載しなければならない」(10項)とする要求事項のもう一つの例外規定として、監査報告書に対して除外事項付意見を表明する原因となる事項、または継続企業の前提に関する重要な不確実性は、その性質上、監査上の主要な検討事項に該当する。しかしながら、監査人はこれらの事項を監査報告書の「監査上の主要な検討事項」区分に記載してはなら…ない。この場合、監査人は、「監査上の主要な検討事項」区分への記載に代えて、以下を行わなければならない(14項)としています。
 (1)該当する監基報に準拠してこれらの事項を監査報告書において報告する。
 (2)「監査上の主要な検討事項」区分に、「『[除外事項付意見]の根拠』に記載されている事項を除き」または「『継続企業の前提に関する重要な不確実性』に記載されている事項を除き」と記載する。

 要求事項14項(1)は、すでに読み解いてきたように、除外事項(虚偽表示)または継続企業の前提に関する重要な不確実性が、性質上、監査上の主要な検討事項に該当するものの、監査報告書の「監査上の主要な検討事項」区分に記載せずに、それぞれに定められた記載区分に記載することを求めています。しかし、それらの事項が監査上の主要な検討事項に該当するため、「監査上の主要な検討事項」区分において、(2)に記述されているように、それらの事項を「除き」と記載することを求めています。


 次回は、最終回として、除外事項付意見の表明、不適正意見の表明、強調事項などについて読み解きます。なお、次回が最終回の予定です。

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