2019年 監基報200 読み解き(その9)

 今回は、職業専門家としての判断、職業専門家が判断する事項、職業専門家としての判断の行使、十分かつ適切な監査証拠と監査リスク、監査の固有の限界、および財務報告の性質に起因する監査の限界について読み解きます。

40.職業専門家としての判断
 監査の実施に際して監査人の判断は、監査の適切な実施に必要不可欠(A22項)です。誤解を恐れずに言えば、監査人の判断無くして監査は成立しません。
 その監査人の判断、すなわち職業専門家としての判断(professional judgment)について、個々の監査業務に状況に応じた適切な措置について十分な情報を得た上で判断を行う際に、監査、会計および職業倫理の基準に照らして、関連する知識および経験を適用すること(12項(12))と定義して、監査人は、財務諸表監査の計画と実施において、職業的専門家としての判断を行使しなければならない(15項)としています。
 要求事項15は、監査人が監査を計画し実施する際に職業専門家としての判断を行わなければならないことは当然のことを規定しただけと理解できます。それにしても定義が分かりづらい。それは、判断の定義に「判断を行う際に」とあることと、「関連する知識および経験を適用すること」が判断を意味していると理解できないからと思いれます。
 「判断を行う際に」は、ISA 200では”in making informed decision”ですから、「十分な情報を得た上で意思決定を行う際に」であり、判断とは「意思決定」すなわちいくつかの選択肢の中から最適な措置を選択して決定することを意味することが明確になると考えます。
 また、「関連する知識および経験を適用すること」にはISA 200に記述されている「教育研修(training)」が抜けています。その理由は不明ですが、監査人に期待されている職業的専門家としての判断は、研修および経験を通じて合理的な判断を行うのに必要な能力や知識を身に付けた監査人により行使される(A23項)としていることから、教育研修が不要というわけではないようです。教育研修によって習得した知識は、記述されている「知識」に含まれているということであろうかと解します。
 いずれにせよ、判断とは関連する知識および経験を適用することということが十分理解できません。これに関して、これ(職業的専門家としての判断が不可欠なこと)は、関連する職業倫理に関する規定および一般に公正妥当と認められる監査の基準を解釈し、監査の過程を通じて要求される十分な情報に基づく判断を行う際に、関連する知識と経験を事実と状況に対して適用することが必要なためである(A22項、括弧書き引用者追加)としています。なお、この文中の「十分な情報に基づく判断」はISA 200では”informed decision”(十分な情報を得た上での意思決定)です。
 A22項のように、判断(意思決定)を行う際に知識や経験を適用することが必要であるということは素直に理解できます。つまり、関連する知識および経験を適用して決断するということです。しかし、これでは判断の定義にはなりません。それゆえに、さきの定義を次のように書き換えてはどうでしょうか。
 職業的専門家としての判断とは、個々の監査業務に状況に応じた適切な措置について、監査の基準および会計基準に照らして、関連する知識および経験を適用して十分な情報を得た上で意思決定を行うことである。
 なお、書き換えた定義では、すでに述べたように、我が国では職業倫理の基準は監査の基準(GAAS)に包含されているため明示していません。

41.職業専門家が判断する事項
職業的専門家としての判断は、とくに以下の事項に関する決定において必要となる(A22項)としています。なお、文中の「決定」はISA 200では”decisions”です。
 ・ 重要性および監査リスク
 ・ 監基報の要求事項を満たし、監査証拠を収集するために実施する監査手続の種類、時期および範囲
 ・ 十分かつ適切な監査証拠が入手されたかどうか、および各監基報の目的を達成し、それによって監査人の総括的な目的を達成するために追  加して行うべき事項があるかどうかの評価
 ・ 適用される財務報告の枠組みを適用する際の経営者の判断の評価
 ・ 入手した監査証拠に基づき結論を導くこと(例えば、財務諸表の作成において経営者が行う見積りの合理性を評価すること)

 一番目、二番目と三番目の項目の前半の重要性の算定、監査リスク(具体的には、重要な虚偽表示のリスク、すなわち固有リスクと統制リスク)の識別と評価、実施する監査手続の種類、時期および範囲の決定あるいは十分かつ適切な監査証拠が入手されたかどうかの評価は、典型的な職業専門家としての判断事項です。
 三番目の項目の後半の監基報の目的が達成されたかどうかの判断は、入手した十分かつ適切な監査証拠が監基報の目的を達成しているかどうかの評定であり、四番目の項目は、適用される財務報告の枠組み、すなわち経営者が選択した適用する会計基準について監査の実施の観点から監査人が判断することです。
 五番目の項目は、経営者が行った見積りの合理性評価などのように、入手した監査証拠に基づいて財務諸表項目に関連するアサーションに係る結論を導き出すことであり、それは監査人が合理的な保証を得る(相当程度の心証を形成する)ことです。
しかし、監査人の心証形成は複数の選択肢からの決定ではありません。したがって、上述のように、職業的専門家としての判断を、監査人の監査を実施する過程における意思決定(making decision)と解する立場からは異が唱えられることになります。しかし、監査人の判断と心証の形成の間は明確に峻別できないため、当該項目を含めることが一般的であろうかと思います。なお、私見では、両者は明確に峻別すべきと考えます。

42.職業専門家としての判断の行使

 職業専門家としての判断の行使について、監査人は、どのような場合でも、自身が知っている事実と状況に基づいて、職業的専門家としての判断を行使する(A24項)とし、職業的専門家としての判断は、監査および会計の基準を適切に適用し、監査報告書日までに監査人が認識した事実と状況に照らして適切かつ整合的に行われる(A25項)としています。
 このことは、監査人が、どのような場合であっても、監査の基準および会計基準を適切に解釈・適用して、監査報告書日までに監査人が自ら認識した事実と状況に基づいて、職業専門家としての判断(決定)を行わなければならない、ということです。
 どのような場合であってもというのは、専門性が高く、判断に困難が伴う事項や見解が定まっていない事項に関して、監査業務の実施中に監査チーム内および監査チームと監査事務所内外の適切な者との間で専門的な問合せを実施することは、監査人が十分な情報を得た上で合理的な判断を行うのに役立つ(A24項)としているように、監査人は専門的な問合せを行ってアドバイスを受けた場合であっても、最終的に自らの責任で判断しなければならない、ということです。
 行使した職業専門家としての判断に係る監査調書の作成について、職業的専門家としての判断は、監査の過程を通じて行使されることが必要であり、また、適切に監査調書に記載される必要がある。監査人は、経験豊富な監査人が以前に当該監査に関与していなくても、監査の過程で生じた重要な事項に関する結論に到達する際の職業的専門家としての重要な判断を理解できるような監査調書を作成することが要求されている(A26項)としています。
 監査人が監査の過程で行使した職業専門家としての判断を適切に監査調書に記載することは当然なことであり、とくに補足説明は必要ないと思います。「また」書きは、審査担当者が監査人の行使した職業専門家としての重要な判断について理解できるように監査調書を作成することが求められているということです。
 また、職業的専門家としての判断は、事実や状況または十分かつ適切な監査証拠による裏付けのない判断を正当化するために利用されるものではない(A26項)としています。事実や状況または十分かつ適切な監査証拠による裏付けのない職業専門家としての判断は、あり得ないことですから、そのような裏付けのない判断を職業専門家としての判断であるとして監査に利用してはならないことは当然のことです。

43.十分かつ適切な監査証拠と監査リスク
 監査人は、合理的な保証を得るため、監査リスクを許容可能な低い水準に抑える十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。それにより、監査人は、意見表明の基礎となる結論を導くことができる(16項)としています。
 この規定が十分に理解できないため、ISAを参照すると、”To obtain reasonable assurance, the auditor shall obtain sufficient appropriate audit evidence to reduce audit risk to an acceptably low level and thereby enable the auditor to draw reasonable conclusions on which to base the auditor’s opinion.”(合理的な保証を得るため、監査人は監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないし、それによって、監査人の意見の基礎となる合理的な結論を導くことを可能にしなければならない)です。
 監査人は、的確な監査意見を表明するためには、絶対的ではないが高い水準(12項(8))である合理的な保証を得なければなりません。すなわち、十分かつ適切な監査証拠によって、監査人は、監査リスクを許容可能な低い水準に抑えた上で、財務諸表に対する意見を表明できる(A35項)のです。換言すれば、合理的な保証をもたらし(相当程度の心証形成を可能にし)、低く設定した監査リスクの水準を確保または裏づけるものが十分かつ適切な監査証拠であると解します。
 しかし、規定文は、監査リスクを許容可能な低い水準に抑える十分かつ適切な監査証拠と記述しているため、十分かつ適切な監査証拠が監査リスクを許容可能な低い水準に抑える(制御する)ことになり、主客転倒しています。監査リスクを許容可能な低い水準に抑えて十分かつ適切な監査証拠を入手する、と解します。また、規定文は、第二文を要求事項としていないため、その趣旨が弱められています。
 ところで、この要求事項に関連する適用指針として、十分かつ適切な監査証拠についてA27項からA30項まで規定していますが、その大半が監基報500「監査証拠」の参照にとどまっているため、監基報500を読み解く際に必要があればこれらの適用指針を参照することにします。

44.監査の固有の限界
 監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手して監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることにより、監査人は、意見表明の基礎となる結論を導くことができる(16項参照)としているにもかかわらず、監査人は、監査リスクをゼロに抑えることを期待されているわけではなく、また、ゼロにすることは不可能である。したがって、財務諸表に不正または誤謬による重要な虚偽表示がないという絶対的な保証を得ることはできない。これは、監査の固有の限界があるためであり、その結果、監査人が結論を導き、意見表明の基礎となる監査証拠の大部分は、絶対的というより心証的なものとなる(A44項)として、「監査の固有の限界」との関係について言及しています。
 監査の固有の限界は、一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して適切に監査計画を策定し監査を実施しても、重要な虚偽表示が発見されないという回避できないリスク(A51項)のことです。
 「合理的な保証を得ること」(相当程度の心証を形成すること)は、例えば、監査リスクを5%とすると95%の合理的な保証を得ることです。逆に、監査リスクをゼロに抑える(100%の保証を得る)ことは、絶対的な保証を得ること、換言すれば、財務諸表上のすべての虚偽表示を発見することです。しかし、「一般に公正妥当と認められる監査の基準」(GAAS)は、監査リスクを合理的に低い水準または許容可能な低い水準に抑えることを要求していますが、すべての虚偽表示を発見することを監査人に求めていません。そのため、監査リスクをゼロとすることは不可能であり、絶対的な保証を得ることはできないとしていると解します。
 また、監査の固有の限界のため、監査人は、発見リスクを抑えることはできても、それをなくすことはできない。したがって、発見リスクは常に存在する(A43項)としています。
 監査リスクを許容可能な低い水準の下で、識別・評価した重要な虚偽表示のリスク(固有リスクとコントロール・リスクの結合)の水準により発見リスクの水準を決定しますが、重要な虚偽表示のリスクの水準が高くなれば高くなるほど、重要な虚偽表示のリスクの水準と発見リスクの水準の反比例の関係から、発見リスクの水準は高くなり、論理上、重要な虚偽表示のリスクの水準が著しく高いときには発見リスクの水準が1(100%)を超えることがあり得ます。
 発見リスクの水準が1(100%)を超えることは、リスク対応監査手続を実施する必要がないことを意味します。しかし、A43項は、発見リスクの水準がどれほど高くとも、発見リスクがない(水準が1(100%)を超える)とせずに、何らかのリスク対応手続を必ず実施することを求めていると解します。このことは、監基報330 17項において、評価した重要な虚偽表示のリスクの程度にかかわらず財務諸表項目のそれぞれに対して実証手続を立案し実施しなければならないと規定しているところに具体化されています。
 監査人は重要な虚偽表示の可能性(リスク)を識別したならば、その虚偽表示が実際に発生しているかどうかをリスク対応手続(具体的には、実証手続)の実施により徹底的に検証しなければなりません。肝心なことは、重要な虚偽表示がゼロであることを前提とした監査は実施できないということです。それゆえにA44項は、そのことを、監査リスクをゼロに抑えることを期待されているわけではない、と記述していると解します。
 さらに、監査人が結論(conclusions)を導き、意見表明の基礎となる監査証拠の大部分は、絶対的というより心証的なものとなる(A44項)としていることは、そもそも、財務諸表項目または関連するアサーションに係る結論の基礎となる監査人が入手する監査証拠は、絶対的監査証拠(断定的証拠)の場合が非常に少なく、その大半が心証的監査証拠(説得的証拠)であることが、監査の固有な限界であるとしていることです。しかしこのことは、限界というよりも、監査の前提であり、極端な言い方をすれば宿命であると考えます。これを乗り越えるために、監査の限界という安易な逃げ道に駆け込むのではなく、心証的監査証拠(説得的証拠)の信頼性(説得力)を強化するにはどうすれば良いか-有効な実証手続の立案-を常に検討することが必要と考えます。
 ところで、監査の固有の限界を監基報に記載することについて、公認会計士または監査法人以外の監査関係者から、監査人が自己の責任を回避していると激しく批判されています。このような批判は期待ギャップの表れかもしれません。監査リスクをゼロに抑えられないことは監査リスクの水準をゼロとすることですが、監査関係者には、監査人が重要な虚偽表示を看過してしまうことを容認している、または監査関係者が「期待している」重要な虚偽表示までも監査人が発見できない(発見しない)と主張していると理解され、反発されてしまうという期待ギャップを生じさせているようです。
 このような誤解を解消させるまたは生じさせないために、A44項は、「期待されているわけではない」という記述を削除して、監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手して監査リスクを許容可能な低い水準に抑えることによって合理的な保証を得ることができるが、財務諸表に不正または誤謬による重要な虚偽表示がないという絶対的な保証を得ることはできない、としてはどうでしょうか。

45.財務報告の性質に起因する監査の限界
A44項は、次の三つの監査の固有の限界を生じさせる原因をあげています。
 ・ 財務報告の性質
 ・ 監査手続の性質
 ・ 監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性

 以下では、これらの原因について読み解いていきます。
 財務報告の性質に起因する監査の固有の限界はA45項に記述されていますが、分かりづらいため、筆者の理解に基づいてその趣旨を損なわないように修正して示します。
 経営者は財務諸表を作成するときに財務報告の枠組みに準拠する際に判断を行い、会計処理に際しても主観的な判断や評価を行います。これらには不確実性が関連しているため、合理的な解釈や判断であってもそれには幅が存在しています。会計上の見積りのように、財務諸表項目の残高に影響を与える固有の変動要因がある場合、監査手続を実施してもその影響をなくすことができません。会計上の見積りに関しては、当該見積りが合理的であるかどうか、会計実務の質的側面(経営者の判断に偏向が存在する兆候を含む。)に関して特別な検討の実施が求められています。
 この記述のどこに財務報告の性質に起因する監査の固有の限界があるのでしょうか。経営者および財務報告プロセスの責任者や担当者は、財務諸表に作成および個々の会計処理(会計上の見積りを含む。)を行うに際して、会計基準に規定に係る主観的な解釈、それに基づく判断や評価を行っており、その判断などの多くには不確実性が関連し、その判断を行う人によって当然に幅が生じます。このような不確実性の存在そのものが、監査の固有の限界の原因ということなのでしょうか。
 たしかに、デリバティブの公正価値の評価に関連して観察不能な計算基礎(inputs)に基づいていたり、経営者などの判断にバイアスが存在したりしている可能性を否定できません。しかし、このような主観的な判断などを検証できないということであれば、そもそも監査の存在意義などなくなるのではないでしょうか。取引・事象に対して会計処理を行う際に経営者などが行った判断の正否・是非・当否についての監査人の検証が、主観的な判断などが合理的かどうか、最善かどうかを監査人が確かめることが必要となります。
 したがって、私見では、財務報告の性質に起因する監査の固有の限界を監査人が安易に主張すべきではないと解します
 ただし、監査人が経営者などの行った主観的な判断などが合理的かどうか、最善かどうかに関する判断(事実認定)を間違ってしまうことがあります。この間違いによって、監査人が重要な虚偽表示を看過してしまう可能性は否定できません。したがって、これをもって監査の限界あるいは制約といえるかもしれませんが、これは財務報告の性質に起因するものではなく、監査人の判断ミスによるものです。


 次回は、監査手続の性質に起因する監査の限界、合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性を原因とする監査の限界などについて読み解きます。

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