2019年 監基報200 読み解き(その10 最終回)

 最終回の今回は、監査手続の性質に起因する監査の限界、合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性を原因とする監査の限界、監査の限界を克服するために監査人が実施する事項、監査の限界に影響するその他の事項、およびそれぞれの監基報の目的について読み解きます。

46.監査手続の性質に起因する監査の限界
 監査人が監査証拠を入手する際に、以下のような実務上または法令上の限界がある(A46項)としています。(例示の記述は要約・修正しています。)
 ・ 経営者その他が、財務諸表の作成・表示に関連する情報または監査人が依頼した情報のすべてを提供しない可能性があるため、監査人は情報の網羅性について確信を持つことができない。
 ・ 不正を隠ぺいするため巧妙かつ念入りに仕組まれた場合、監査人の実施した監査手続が意図的な重要な虚偽表示の発見のためには有効でないことがある。例えば、改ざんされた記録や証憑書類を正当なものであると信じてしまうことがある。
 ・ 監査人は法令違反の疑いについて捜査する法的権限を有していない。

 最初の事項の「監査人は情報の網羅性について確信を持つことができない」は、ISAでは”the auditor cannot be certain of the completeness of information”ですから、訳出が間違っているとはいえませんが、「確信」という監査人の心証に関連する重要なテクニカル・タームを使用することには賛成できません。そのため、監査人は情報の網羅性を確かめることはできない、とでもした方が良いと考えます。
 閑話休題。監査人が依頼した情報が記録や証憑書類などの文書の場合であれば、それが提供されたかどうかについて監査人は判断できます。依頼した文書証拠が提出されない場合、十分かつ適切な監査証拠を入手できたかどうかについて判断すれば足ります。
 問題は、監査人が入手する情報が経営者などの陳述によっている場合です。口頭説明による情報提供が監査人の必要とする情報をすべて包含しているかどうかを監査人は判断できません。また、隠蔽されているかどうかもわかりません。したがって、必要な情報が提供されなかったことによって監査人が誤った判断を行ってしまう可能性は否定できません。それゆえに、監査人は、経営者などの陳述だけに依拠せずに、口頭説明を裏付ける監査証拠を多面的に入手することが求められており、職業的懐疑心の証拠の批判的な評価を行うことにつながっていると解すべきです。
 ところで、文書証拠でも口頭説明でも偽造、改ざんや変造が行われる可能性がありますが、それは二番目の事項に関連します。偽造や変造された記録や証憑書類を発見するためには、入手しようと予定している証拠の有効性をきちんと評価することです。この監査証拠の有効性の評価は、証拠資料を監査人に心証を形成させる監査証拠として利用できるかどうかの検討であり、監査証拠の事前評価です。
 この有効性の評価によって、すべてではないかもしれませんが、疑問符のつくような証拠資料を識別できることが結構あります。そのような証拠資料を識別した場合、監査手続を追加実施したり、他の証拠を入手したりして、その真贋を判断しなければなりません。しかし、監査人は、証拠資料の真偽について判断を求められているものではない(監基報240 A8項参照)ことに留意が必要です。
 文書証拠以外の口頭証拠は、多くの場合、監査人は嘘の説明(偽造)や説明の省略や内容を変更(改ざんや変造)に気づくことはできないであろうと思います。そのため、監査人は、口頭証拠のみによって判断することを可能な限りなくして、経営者の説明を鵜呑みすることなく、口頭説明を裏付ける証拠を入手することが必要です。
 また、意図的に隠蔽されている不正を適切に発見するためには、不正による重要な虚偽表示のリスクまたは特別な検討を必要とするリスクを適切に識別・評価して、当該リスクから生じる可能性のある虚偽表示を発見できる監査手続を立案することが必要です。これらのリスクの識別・評価が適切に行われていない場合、通常、その不正を的確に発見できるよう監査手続を監査人が計画、実施できません。
 三番目の事項について、監査では法令違反またはその疑いを捜査する法的権限がないことは当然ですが、監査人がある行為を法令違反またはその疑いがあるかどうかを決定する立場にもありません。したがって、このことが監査の限界に該当することがよく分かりません。監査は、あくまで、重要な虚偽表示の有無などの問題に限定されることが必要です。
 このように監査手続の性質に起因する監査の限界に係る内容を検討してくると、監査人が重要な虚偽表示を看過してしまう可能性の原因は、巧妙かつ念入りに仕組まれた不正の隠蔽工作がある場合だけのように思います。
 監査人がきちんと監査を計画、実施したにもかかわらずそのような会計不正を発見できなかった場合、通常、監査人の責任が追及されることはないであろうと考えます。しかし、監査人は、重要な虚偽表示を看過したとき、監査手続の性質に起因する監査の限界をもちだして自己の責任を回避することはできません。監査人が免責されるためには、巧妙かつ念入りに仕組まれた不正の隠蔽工作が行われていたことを立証して、監査人もだまされたことを主張するしかないと考えます。

47.合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性を原因とする監査の限界
 監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性を原因とする監査の固有な限界(A44項)は、監査手続の実施が容易でないことまたは実施の時期や費用の問題(A47項)という監査の実施上の制約に起因する監査の限界としています。
 しかし、計画していた監査手続の実施が容易でないという問題は、監査の実施上の制約ですが、実施可能な代替監査手続を立案したり、監査のアプローチを変更したりして対応するしかないと考えます。また、実施の時期や費用の問題、すなわち監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施することは、監査の性質そのものあるいは監査の前提条件です。監査人は、このような性質や条件の下で監査を実施して、監査リスクを合理的に低い水準に抑えて合理的な保証を得るには、適切な監査計画を策定することにより、監査実施のための十分な時間と資源を利用できるようになる(A47項)としています。最近、監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施することが疎んじられているように思います。銘記すべき重要な前提条件です。
 このように監査手続の実施が容易でないことまたは実施の時期や費用の問題が、実質的には、監査の固有の限界ではないために、監査手続の実施が容易でないこと、または実施の時期や費用の問題は、代替手続のない監査手続を省略したり、心証を形成するに至らない監査証拠に依拠したりする理由とはならない(A47項)としていると解します。
 この記述の言わんとしていることは、監査手続の実施が容易でないことまたは監査の実施の時期や費用の問題のような阻害要因により監査手続の実施が困難な場合であっても、監査手続を省略する理由にはならないし、心証を形成するに至らない監査証拠(less than persuasive audit evidence)(説得的でない監査証拠)に依拠できないということです。
 監査手続の実施に際する阻害要因はこれらに限定されません。また、代替監査手続が存在していない場合には、当初予定していた監査手続を実施するしかありません。また、適切な監査手続を実施できなかったため、心証を形成するに至らない監査証拠、すなわち証明力の低い監査証拠しか入手できなかった場合、その入手した監査証拠が十分かつ適切な監査証拠とはならないため、その監査証拠に満足する(satisfied)ことはできません。A47項は、満足できないことを、依拠できないと訳出しています。意味合いが異なっていると考えます。
 さらに、財務諸表の利用者は、存在する可能性のあるすべての情報を監査人が考慮することや、情報には誤謬または不正が存在するという仮定に基づいて、それらが存在しないことが明らかになるまで、全ての事項を監査人が徹底的に追及したりすることは実務上不可能である(A47項)ことが、監査の固有の限界であるとしています。
 財務諸表の利用者が、存在する可能性のあるすべての情報を監査人が考慮するという仮定に基づいて、全ての事項を監査人が徹底的に追及したり、あるいは財務諸表に誤謬または不正による虚偽表示が存在するという仮定に基づいて、すべての虚偽表示を発見するかまたはそれらが存在しないことが明らかになるまで、全ての事項を監査人が徹底的に追及したりすることを想定または期待しているということは、監査の限界の問題ではなく、監査が試査で実施されることおよび監査の基準がすべての虚偽表示の発見を求めていないことについて利用者の理解が十分でないことに起因している期待ギャップであると解します。
 なお、A47項は、情報の目的適合性とその価値は、時の経過と共に低下する傾向があるため、情報の信頼性とその費用を比較衡量する必要があるとしていますが、監査において入手する情報(監査証拠)に関連する議論ではないので読み解きは省略します。

48.監査の限界を克服するために監査人が実施する事項
 監査の実施上の制約に起因する監査の限界、すなわち、監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施する必要性に起因する監査の固有の限界があるため、監査人は以下を実施する必要がある(A48項)としています。
 ・ 効果的な方法で監査を実施するために、監査を計画すること。
 ・ 不正か誤謬かを問わず、重要な虚偽表示のリスクを含む可能性が高いと想定される部分に重点を置いて監査を実施すること。
 ・ 試査その他の方法を用いて、虚偽表示がないかどうかについて母集団を検討すること。

 実施が求められていることは、適切な監査計画を策定して効果的な試査その他の方法で、重要な虚偽表示のリスクを識別した重要な虚偽表示が生じているかもしれない領域(財務諸表項目や母集団)に重点を置いて、監査を合理的な期間内に合理的なコストで実施することです。試査(監査サンプリング)によって検証する場合には、サンプルを抽出した母集団に存在するかもしれない虚偽表示について評価することは当然なことです。このような監査の実施が監査の固有の限界に関連しているといえるのでしょうか。私見では、求められている監査の実施は、巧妙かつ念入りに仕組まれた不正や期待ギャップへの対応として実施する監査のことと解しますが、それにしても、当たり前のことしか記述されていないため、特別は対応とはいえそうにありません。
 また、監基報315、監基報330などは、A48項を踏まえて、監査の計画と実施における要求事項を記載しており、特に監査人は以下のことを実施することが要求されている(A49項)としています。
 ・ リスク評価手続とこれに関連する活動を実施して、財務諸表全体レベルおよびアサーション・レベルの重要な虚偽表示を識別し評価するための基礎を得る(監基報315 4項から9項参照)
 ・ 母集団についての結論を導くための合理的な基礎が得られる方法で、試査等により母集団を検討する(監基報330、500、520、530参照)

 A49項の趣旨は、監査の固有の限界を前提にして、監基報が作成されているということと解しますが、特に実施が求められている二つの事項との関連が十分理解できません。
 この二つの事項は、実施するリスク評価手続その他を実施した結果に基づく重要な虚偽表示のリスク評価の基礎を得ること、および母集団についての結論を得るために監査サンプリングの評価を適切に行うことです。これは、A48項に関して述べたところとほぼ同じであり、通常の監査の実施の場合であり、監査の限界への対応とは言えないように思います。

49.監査の限界に影響するその他の事項
 特定のアサーション又は特定の事項に関しては、監査の固有の限界が監査人による重要な虚偽表示の発見に重要な影響を与える可能性がある(A50項)とし、以下のアサーションまたは事項を例示して、関連する監基報は監査の固有の限界を軽減するための具体的な監査手続を記載しているとしています。
 ・ 不正、特に上級経営者が関与する不正または共謀を伴う不正(監基報240参照)
 ・ 関連当事者との関係および関連当事者取引の実在性と網羅性(監基報550参照)
 ・ 違法行為の発生(監基報250参照)
 ・ 企業が継続企業として存続できない原因となる将来事象または状況(監基報570参照)

 これらの例示は、監査人が重要な虚偽表示を発見できない可能性が高いことを否定できませんが、監査人は重要な虚偽表示、特に経営トップが関係している不正な財務報告(いわゆる粉飾決算)を発見できるように監査を実施しなければならないため、監査人は、重要な虚偽表示を発見できなかったとき、それを監査の固有の限界(重要な虚偽表示が発見されないという回避できないリスク(51項))によるからと簡単にかたづけてはならないと考えます。
 例示されている継続企業の前提に重大な疑義・重大な不確実性をもたらす事象・状況は、必ずしも虚偽表示に関連しませんが、当該事象・状況を看過してしまう可能性は、監査の限界の問題ではなく、監査人の正当な注意または職業的懐疑心の不足による監査の実施の不十分性が起因と考えます。
 例示されていませんが、将来事象や予測に大きく影響される会計上の見積り(特に、不確実性の高い公正価値に係る見積り)の監査は、監査人が重要な虚偽表示を発見できない可能性は高いことに注意が必要です。
 監査の固有の限界に関連して、不正または誤謬による財務諸表の重要な虚偽表示が事後的に発見された場合でも、そのこと自体が、一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査が実施されなかったことを示すものではない(51項)としています。
 これは、監査報告書を発行した後(すなわち、翌事業年度以降)に重要な虚偽表示が発見された場合であっても、実施した監査がGAASに適切に準拠していたならば、監査の失敗ではなく、監査の責任を問わないということです。
 監査が一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して実施されたかどうかは、監査人の総括的な目的に照らして、状況に応じて実施された監査手続、その結果得られた監査証拠の十分性と適切性、およびその監査証拠の評価に基づいた監査報告書の適切性によって判断される(51項)としています。
 しかし、私見では、監査人が表明した監査意見が適正であることは、財務諸表に重要な虚偽表示がないことを保証しているため、監査人が重要な虚偽表示を看過している場合には、結果的に、GAASに準拠していないと見做され、監査の失敗が認定されると解します。監査人の責任は、結果責任であり、重要な虚偽表示を看過していること自体でGAASに準拠していないと判断されると解します。
 なお、監査人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に加えて、国際監査基準や特定の国の監査基準にも準拠して監査を実施することがある。このような場合、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準の遵守に加えて、他の監査基準を遵守するために追加的な監査手続の実施が必要となることがある(55項)としています。
 我が国のGAAS以外には、例えば、ISA、アメリカのGAAS(SEC公開会社に関するPCAOB監査基準またはSEC非上場会社に関するAICPA GAAS(ISAを取り込んでいる))などがありますが、通常、二つの監査基準(GAAS)に準拠して監査を実施することはあり得ません。このことは、財務報告の枠組み(会計基準)も同様に、二つの枠組みに準拠して財務諸表が作成されていないことと同じです。したがって、この規定は削除すべきと考えます。

50.それぞれの監基報の目的
 報告書200にはこれまで読み解いてきた規定のほかに報告書の目的の達成に関連する要求事項および監基報の遵守に係る要求事項が20項から23項まで、実務指針がA65項からA74項までありますが、実質的な規定ではないことよび読み解きを必要としないと考えるため、これらの規定に読み解きは省略します。

                                                               完

【追補】
 経営者の定義について読み解きがなされていないことに気付きました。
 経営者は、取締役または執行役のうち、企業における業務の執行において責任を有する者をいう(12項(7))と定義しています。
 経営者(management)は、企業の業務執行の責任者です。したがって、代表取締役または代表執行役(CEO)および業務執行取締役・執行役(例えば、CFO)をいうものと解します。
 ときには「上級経営者」という用語が使用されていることがあります。これは、経営陣の上級者(例えば、専務や常務)を指していると解しますが、必ずしも、業務執行の責任者ではありません。
 また、定義において、国によっては、ガバナンスに責任を有する者の一部若しくは全員が経営者である企業もあり、またはオーナー経営者のみが経営者である企業もある(12項(7))としています。
 このガバナンスに責任を有する者が経営者の場合もあるということは、監査委員である取締役が該当すると解しますが、業務執行の責任者ではありません。
 また、オーナー経営者のみが経営者である企業は、監基報の「小規模企業に特有の考慮事項」に記述している小規模企業のオーナー経営者のことです。この小規模企業は、監査責任者と若干の監査補助者で監査を実施するような企業であり、我が国おける小規模会社よりもかなり小さな企業(会社組織の個人経営企業)です。この記述は、イギリスの会社法が原則すべての株式会社を監査対象としていることに起因しています。したがって、この記述は我が国においては不要です。そのため、「小規模企業に特有の考慮事項」の読み解きは行っていません。

 次回から、監基報220「監査業務における品質管理」を読み解いていくこととします。



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