COSO検討書「取締役会の監視機能の強化」の紹介(その2)

今回は、前回に引き続き、COSOの検討書「取締役会の監視機能の強化 判断上の罠とバイアスの回避」(COSO Thought Paper “Enhancing Board Oversight: Avoiding Judgment Traps and Biases”)(以下「検討書」という。)の概要を紹介します。

4.ステップ1「問題の明確化と基本的な目標の識別」
我々の直観的な判断プロセスが我々を裏切る(our intuitive judgment processes can betray us)ため、無意識の心理的ショートカットによる(unknowingly use mental shortcuts)判断が必ずしも正しくない判断、最善でない判断(suboptimal judgments)に誘導してしまう可能性がある(p.4)。

人が判断を行うに際して、判断に対する共通の脅威、ないし判断上の罠またはバイアスが存在している可能性を否定できない。人がしばしば依拠してしまう判断傾向とショートカットが、正しい判断プロセスを遮断して、その結果、意思決定がバイアスによって歪められてしまうことを実感として分かることが大事であり、判断上の罠やバイアスに気づいたならば、その影響を減少させる論理的ステップによって、判断スキルを改善することができる(p.4)。罠とバイアスを軽減する際の最初のステップは、可能性のある源泉に気づくこと、陥ってしまうかもしれない(vulnerable)状況を認識することである。気づきは、潜在的な罠とバイアスを識別し、ラベルを貼って分類する(label)ことと相まって、判断の改善にとってのキーとなる(p.15)。

(コメント)
認知心理学では、人の判断や意思決定は、直観(直感)によって行われる場合と、論理的思考の結果として行われる場合があり、直観(直感)による判断や意思決定の多くは、前述の正しい判断プロセスに従っていないまたは正しい判断のステップを踏んでいないために、無意識のバイアスや罠によって、誤った判断または意思決定となってしまうといわれています。

検討書が、正しい判断・意思決定を行うために、陥ってしまうかもしれない判断上の罠やバイアスあるいは状況に気づいて、判断プロセスの論理的ステップに従って判断することが正しい判断を可能にするとしていることは、認知心理学のテキストなどで説かれていることです。

しかし、人は無意識のうちに判断上の罠やバイアスに陥ってしまうため、それに気づくことがほとんどできないと思います。日常生活における判断・決定に際して、多種多様な判断上の罠やバイアスあるいは状況について逐一気づくように神経質になっていては精神的にもたないようにすら思われます。

したがって、検討書の対象とする取締役会における意思決定や監査人が行う判断は、可能な限り、直観(直感)に頼らず、正しい判断プロセス(意思決定プロセス)にしたがうことが必要ということなのでしょう。

正しい判断プロセスのステップ1「問題を明確にして、基本的な目標を識別する」を実行すると、判断または意思決定の対象である問題や課題を明確にすることによって、判断または意思決定しなければならない特定の目標が設定できます。

特定の目標が設定できると、判断または意思決定に関連する環境、状況や状態あるいは判断または意思決定に必要な関連する情報が明らかになってきます。このようなことが、「判断または意思決定の基本的局面を徹底的に理解する」ことであると解されます。また、特定の目標が設定できると、判断または意思決定に必要な関連する測定規準も設定できます。

ここまでくると、あとは、正しい判断プロセスにしたがった判断・決定ができるように思いますが、ステップ1に影響することがある「判断に対する共通の脅威」として、「自信過剰傾向」(overconfidence tendency)、「早急な解決」(the rush to solve)および「判断のきっかけ」(judgment triggers)があり、さらに「経営者のフレームを受け容れてしまうこと」があげられています。そのため、検討書におけるこれらのバイアスまたは罠のそれぞれについての説明をみていきます。

5.自信過剰傾向
自信過剰は、意思決定者が課題の実行やリスクの正確な評価または他の判断や意思決定を行う自己の能力を過大評価する(overestimate)傾向のことであり、この広く認められている潜在意識の傾向は、個人的な動機づけまたは自己利益から生じる(p.10)。

大半の自信過剰な人々は典型的に最も経験豊かである。著しく自信をもつことは、成功したプロのビジネスマン(business professionals)に不可欠な属性であり、天性のもの(a blessing)と言われている。しかし、自信過剰によってあまりにも多くのプロジェクトを抱えたり、期限を守れなかったり、予算超過となったり、潜在的に有益な議論を禁止したり、十分に考えられていない即座の判断(ill-considered snap judgment)になったり、極端に少ない代替案の検討だったり、情報の検証を端折ったり飛ばし(truncating or skipping an information search)たり、あるいは間違った問題の解消(solving the wrong problem)であったりするため、自信過剰は最善でない判断(suboptimal judgments)にしかならないことがある。統合リスクマネジメント(ERM)に関連して、自信過剰は、リスクの発生可能性や潜在的な影響を過少に評価(underestimating the likelihood or potential magnitude of risks)したり、あるステークホルダーの観点を無視したり、判断結果が逆になる可能性のある事象の可能性に関して計画しなかった(neglecting to plan for the possibility of events with potentially adverse outcome)りする。不正の可能性に関する評価との関連では、自信過剰は、懐疑心や疑問をもつことが不十分になる(overconfidence can lead to an insufficient level of skepticism and questioning)。要約すると、自信過剰は、健全な判断プロセスを回避したり、貧弱な実行となってしまう。一部の事業経営者の自信過剰が財務報告の楽天的なバイアスにつながり、翻って、「意図的な虚偽表示…の滑りやすい坂を転がり落ちていくことになる」と結論づけている調査研究もある。(p.10)

(自信過剰傾向を軽減する方策)
自信過剰傾向の影響を軽減するために、取締役会メンバーは、全体を考えることに時間をとり、専門家やアドバイザーの見積りや基本的な仮定(たとえ当初賛成していたとしても)に対して明確に疑問を呈する。また、主要な仮定に対するストレステストは、影響を受けやすい見積り(susceptible estimates)を個別のまたは結合した期待値の変化させることである。(p.15)

(コメント)
取締役会メンバーが専門家の意見を求める(question expert opinions) (p.15)ことによって自信過剰傾向を軽減できます。監査人の判断の場合には、監査チーム内や同僚のパートナーとの協議、あるいは監査事務所内外の専門家との相談・協議が自信過剰を軽減する手段となります。

6.早急な解決
多くの場合、意思決定者は自分が「早急な解決」(the rush to solve)の罠に陥っていることすら気付かない。この傾向は、無意識に落ち込んでしまうから罠なのであり、結果として、対応している問題、達成しようとしている目標、および利用可能な代替案に関して知らないうちに限定された見解(a limited view)を展開してしまう。換言すれば、解決を急ぎすぎると、正しい判断プロセスの重要な初期のステップに注力しなくなりがちである。この罠に陥った人々は、しばしば、最初に提案されたか思い描いた、実行可能な代替案に賛成する(go with)。問題の明確化と基本的な目的の識別によって、人々は、ときどき、誤った問題を解消し、最善でない結果で決着させる。(p.5)

また、個人でも集団でも陥ってしまう最も共通的な判断上の罠の一つが、素早い判断を行うことによって思い切りの良さをアピールするため、直ちに問題を解決したがる傾向である。集団での早急な解決(rush to resolve)は、しばしば、即決の妥協あるいは即座の合意を目指す傾向として表わされる。妥協は、反対する見解について確かな検討を行うというよりも、対立を避けるためにときどき行われる。集団は、考えの多様さ(diversity of thought)が許容されていないときだけでなく、明示的にかつ明らかに奨励されていないときも、最善ではない判断(better judgments)になりがちである。(p.5)

素早い判断によってただちに問題を解消したがる傾向は、判断プロセスのステップ1と2における不足(underinvestment)となる。(p.14)

(「早急な解決」の軽減方策)
もっとも危険な判断上の罠の一部-早急な解決および判断上のきっかけ-は、健全な判断プロセスのステップに準拠していない(have to do with the failure to follow the steps in sound judgment process)。換言すれば、解決や結論に早く到達するために判断プロセスの最初のステップをあまりにも早く通過してしまうことである。人がこの傾向を有していることを認識すれば、有用な軽減戦略は、間をおいて、何かと問い、なぜかと問い質す(pause and ask what and why questions)ことである。疑問を投げかけ、正しい判断プロセスのステップについて検討するために時間をとることは、これらの罠を回避することに役立つ。(p.15)

(コメント)
早急な解決の罠に陥らないためには、慎重に、時間をかけて判断を行うということに尽きるようです。
監査における判断の場合、経験豊かな監査人の直観(直感)による判断は思っている以上に間違いが少ないことは事実であろうと思います。しかし、重要な問題や監査調書のレビューに際して、時間をかけて判断を行っていくことが必要です。

"COSO検討書「取締役会の監視機能の強化」の紹介(その2)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。