「監査報告の展開」の紹介(その3)
前回に引き続き、D.R. Carmichael 博士とAlan J. Winters 博士の共同執筆による「監査報告の展開」(Evolution of Audit Reporting)を拙訳により紹介する。今回は、今日の財務諸表監査制度の成立前夜の物語である。
画期的なできごとⅡ―1929年の連邦準備公報の改訂
標準報告書への行進は1929年における1917年連邦準備公報の改訂版の発行によって続いた。改訂は、株価大暴落(the stock market crash)(大恐慌)の以前に、産業の拡大によって特徴付けられる通商上の成長と繁栄、新規の有価証券の発行、買収、合併および財務報告の実務の多様性と複雑性に随伴した成長の認識の下で1928年にAIA特別委員会によって開始された。
1929年改訂版のタイトルは「財務諸表の検証」(Verification of Financial Statements)で、監査が基本的財務諸表に対する精査ではない(not a complete examination of the details underlying financial statements)ことを明確にすることに1917年公報が失敗しているかもしれないという懸念を表明した。この観念の強制はプロフェッションにとって重要であった。事業規模の拡大や取引量の増大が監査におけるテスト(testing)を事実上必要とした。新しい公報は、コントロールの強さと監査手続のリンクが実務において十分確立していなかったが、信頼できるコントロールが存在しているときには監査人が詳細な検証(detailed verification)に代えてテストによる(used tests)ことを強調した。改訂版は、まだ証明に言及しているが、以下のように報告書様式を提案した。
私は…から…までの事業年度に係る…会社の会計書類を検証した。
私は、添付されている貸借対照表および損益計算書が、私の意見では、…現在の会社の財政状態および事業年度の経営成績を示していると証明する。
1929年公報が監査におけるテストを強調したにもかかわらず、提案された報告書はテストまたは監査人の判断の利用について言及されなかった。1929年と1917年の報告書の主要な相違は、「連邦準備理事会によって提案されアドバイスされた仕組み」および財務諸表の「正しさ」(correctness)への言及の削除であった。また、提案された報告書は、現行の標準報告書の範囲区分と意見区分と同様に二つの区分に分けられた。
画期的なできごとⅢ―ウルトラマス社事件
ウルトラマス社事件の判決は、会計士がそれまであると考えていた不注意(negligence)と不正(fraud)の間の明確な線を消した。実際には判決は、不正が行われていると推測できるという重過失に関して第三者に責任があり得ると判決した。
ウルトラマス社事件は、会計プロフェッションが報告実務を再考する原因となった。ジャーナル・アカウンタンシー誌の1931年7月号の論説は、ウルトラマス社事件の判決に基づいて、監査人の報告書に関する勧告を提案した。
すべての会計士の報告書はクライアント宛だけである……会計士は報告書を二つの区分に分割して、一つは事実(すなわち、検証の範囲)を取扱い、もう一つは意見を取り扱う。
……会計士は、多分証明書を取り止め、ただ報告書だけを作成しなければならない……。長年用いられてきた「証明する」という文言は、まったく不適切であるため、取り止めなければならない…。意見を証明すると言うことは不合理である。
第三者への責任の潜在的な拡大に直面して、会計士は論説の提案に従いはじめた。報告書が意見であり、保証書ではないことを明確にするために、「証明する」という文言が報告書から消えはじめた。典型的な報告書は次のとおりであった。
我々は…に終了する事業年度の…の会計書類を検証した…。我々の意見では、添付され
ている貸借対照表および損益計算書が…現在の会社の財政状態およびその日に終了する
事業年度の経営成績を示している。
報告書改訂案は変更の手段として報告書の利用を例示している。「証明する」という文言の消去と意見としての監査人の結論に対する強調は実務の広範な受容よりも先だっていた。したがって、これらの変更が実務家に快く受容れられる以前に、報告書自体は特定の変更を導入するため、ただ社会だけに受容れてもらうように(let alone the public) ために用いられた。
画期的なできごとⅡ―1929年の連邦準備公報の改訂
標準報告書への行進は1929年における1917年連邦準備公報の改訂版の発行によって続いた。改訂は、株価大暴落(the stock market crash)(大恐慌)の以前に、産業の拡大によって特徴付けられる通商上の成長と繁栄、新規の有価証券の発行、買収、合併および財務報告の実務の多様性と複雑性に随伴した成長の認識の下で1928年にAIA特別委員会によって開始された。
1929年改訂版のタイトルは「財務諸表の検証」(Verification of Financial Statements)で、監査が基本的財務諸表に対する精査ではない(not a complete examination of the details underlying financial statements)ことを明確にすることに1917年公報が失敗しているかもしれないという懸念を表明した。この観念の強制はプロフェッションにとって重要であった。事業規模の拡大や取引量の増大が監査におけるテスト(testing)を事実上必要とした。新しい公報は、コントロールの強さと監査手続のリンクが実務において十分確立していなかったが、信頼できるコントロールが存在しているときには監査人が詳細な検証(detailed verification)に代えてテストによる(used tests)ことを強調した。改訂版は、まだ証明に言及しているが、以下のように報告書様式を提案した。
私は…から…までの事業年度に係る…会社の会計書類を検証した。
私は、添付されている貸借対照表および損益計算書が、私の意見では、…現在の会社の財政状態および事業年度の経営成績を示していると証明する。
1929年公報が監査におけるテストを強調したにもかかわらず、提案された報告書はテストまたは監査人の判断の利用について言及されなかった。1929年と1917年の報告書の主要な相違は、「連邦準備理事会によって提案されアドバイスされた仕組み」および財務諸表の「正しさ」(correctness)への言及の削除であった。また、提案された報告書は、現行の標準報告書の範囲区分と意見区分と同様に二つの区分に分けられた。
画期的なできごとⅢ―ウルトラマス社事件
ウルトラマス社事件の判決は、会計士がそれまであると考えていた不注意(negligence)と不正(fraud)の間の明確な線を消した。実際には判決は、不正が行われていると推測できるという重過失に関して第三者に責任があり得ると判決した。
ウルトラマス社事件は、会計プロフェッションが報告実務を再考する原因となった。ジャーナル・アカウンタンシー誌の1931年7月号の論説は、ウルトラマス社事件の判決に基づいて、監査人の報告書に関する勧告を提案した。
すべての会計士の報告書はクライアント宛だけである……会計士は報告書を二つの区分に分割して、一つは事実(すなわち、検証の範囲)を取扱い、もう一つは意見を取り扱う。
……会計士は、多分証明書を取り止め、ただ報告書だけを作成しなければならない……。長年用いられてきた「証明する」という文言は、まったく不適切であるため、取り止めなければならない…。意見を証明すると言うことは不合理である。
第三者への責任の潜在的な拡大に直面して、会計士は論説の提案に従いはじめた。報告書が意見であり、保証書ではないことを明確にするために、「証明する」という文言が報告書から消えはじめた。典型的な報告書は次のとおりであった。
我々は…に終了する事業年度の…の会計書類を検証した…。我々の意見では、添付され
ている貸借対照表および損益計算書が…現在の会社の財政状態およびその日に終了する
事業年度の経営成績を示している。
報告書改訂案は変更の手段として報告書の利用を例示している。「証明する」という文言の消去と意見としての監査人の結論に対する強調は実務の広範な受容よりも先だっていた。したがって、これらの変更が実務家に快く受容れられる以前に、報告書自体は特定の変更を導入するため、ただ社会だけに受容れてもらうように(let alone the public) ために用いられた。
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