職業的懐疑心について考える(その9)

 前回に引き続き、監査人に保持・発揮が求められている「職業専門家としての懐疑心」(professional skepticism)について、鳥羽早大教授稿「監査人に求められる特性は何か」(有限責任監査法人トーマツ)に基づいて考える。今回は、組織レベルの職業的懐疑心を高めることについて考える。

組織レベルの職業的懐疑心を高める
(鳥羽教授の所説)
 鳥羽教授は、実証研究の観察結果から、「職業的懐疑心の問題が監査スタッフ個人のレベルに止まるものではなく、むしろそれ以上に監査チームの問題、さらには監査法人全体に関係する問題―監査法人のガバナンスの問題―として認識される必要があることを示唆している」(p.7)としている。
 監査スタッフ個人のレベルの職業的懐疑心を高めようとしても、「監査法人の規模が拡大し、大量の監査スタッフが数多くの監査依頼人が所在するさまざまな地域の事業所に散らばり、かつ、経済的・時間的制約のもとで監査業務に従事せざるを得ない状況を考えると、職業的懐疑心の問題はもはや組織の問題である」(p.7)。
 監査人個人の問題は、性格、専門知識、実務経験、教育などに関連し、監査法人組織の問題は、監査法人の組織文化の問題であり、上司の監査に対する姿勢、監査調書のレビュー体制、監査スタッフ・パートナーの業績評価や顧客獲得などに関連している(p.5参照)。
 そして、「職業的懐疑心の水準を監査法人全体で引き上げるには、さまざまな対応と準備が必要である」(p.5)として、以下のことを述べている。
 まず、対応の一つとして、監査人の責任が問われるような監査の失敗でなくとも、「たとえば、監査人が被監査会社の取引銀行に対して行った残高確認の回答書を、被監査会社経由で受け取った場合には、『確認』を実施したことにはならず、入手した文書は『残高証明書』のレベルに止まる。どうして『会社経由』になったのか、職業的懐疑心を高める必要がある(たとえば、確認の再実施)。どこに監査上の問題点があったのか、どこに監査人の判断が至らなかったところがあったのか、また、それがどうして組織的に素通りしてしまったのかなど、監査法人が内省しなければならない」(p.7)。
 また、誠実性のある人材を採用し、そのスタッフを信頼できる監査人に育て上げることは可能であるとしながらも、「監査法人全体の職業的懐疑心を高めるには、たとえば、いろいろな見方のできる人材やいろいろな経験を積んできた人間、違った文化観・専門領域を有している人材等を採用し、相互交流を図ることである。多様な人材を多面的に適切に評価できる体制も、組織として職業的懐疑心全体を引き上げる1つの方法であろう。…金太郎飴のような監査スタッフを大量に擁しても、組織全体としての職業的懐疑心を高めることは難しいであろう」(p.7)と指摘している。
 監査法人の人事評価(査定)は、「integrityの評価を先ず基礎におくべきである。integrityに富んだ人は、監査法人の教育・研修、そして何よりも監査法人が標榜するprofessionalismとそれが浸透した組織文化を通じて、自らの職業的懐疑心を育て、高めることができる。また、足らざるところがあれば、周囲の皆で補充し補強することができる」(p.7)。

(鳥羽教授の所説に対する補足と私見)
 鳥羽教授は組織レベルの職業的懐疑心の問題を監査法人のガバナンスの問題としている。職業的懐疑心に関連する監査法人組織の問題は、セルⅢが内包する問題として指摘されているように、「人の問題」であり、組織文化と組織運営のあり方に関係する問題であろう。このような問題を指して教授はガバナンスの問題と述べていると解される。しかし、ガバナンスの問題は、監査組織の統治、端的には経営トップに対する牽制のあり方の問題であるため、組織文化と組織運営のあり方の問題とは異なっていると考える。
 私見では、組織レベルを監査法人組織(品質管理部門)と理解し、監査パートナーやマネジャーの監査に対する姿勢と監査調書の監査チーム内のレビュー体制は監査チーム・レベルに含まれると解するため、監査法人のガバナンスの問題には関連しない。指摘されている残った組織レベルの問題は、審査担当責任者による監査調書レビューと、監査スタッフ・パートナーの業績評価や顧客獲得などの問題である。これらは、監査法人による監査の品質に係る管理の問題であることから、広い意味で監査法人の組織文化と組織運営のあり方に関係するが、監査法人のガバナンスの問題ではないと考える。
 特に業績評価システムや顧客獲得を業績評価に含めないことは、職業的懐疑心の問題というよりも、パートナーの人事考課(査定)の仕組みの問題であろう。たしかに、顧客獲得、獲得している監査報酬額、監査効率性を業績評価の要素に含めることによって、監査パートナーのクライアント依存度合いを高めることとなり、ひいては職業的懐疑心が弱められることにつながることがあり得る。そのため、監査の質を確保するために、大手監査法人は、パートナーの人事考課(査定)の仕組みからこれらの要素を失くしたり、相当に弱めたりしている。
 また、教授が職業的懐疑心の水準を監査法人全体で引き上げるための対応の例示としている、銀行確認の回答書を被監査会社経由で受け取った場合は、その回答書には証拠能力はない。そのことを知らない監査スタッフはまずいない。そのため、その回答書が監査ファイルに存在していることは担当スタッフがそのことを承知で放置し、被監査会社経由で受け取ったことを監査調書に記載しなかった。それゆえに、監査パートナーやマネジャーの監査調書レビューと、審査担当責任者による監査調書レビューもすり抜けたことになる。したがって、監査法人が組織として当該問題を認識するのは、監査意見が表明されたのちの、監査パートナーに対する三年に一回程度の事後審査の対象に当該監査業務が該当した場合と思われる。その場合、職業懐疑心の問題としての内省というよりも、品質管理上の問題として取り扱われることになると解する。
 ところで、職業的懐疑心の関連する監査人個人の問題は、性格、専門知識、実務経験、教育などであるとされている。しかし、「監査法人の規模が拡大し、大量の監査スタッフが数多くの監査依頼人が所在するさまざまな地域の事業所に散らば」って、「監査責任者の目が十分行き届いている段階」(p.7)を超えているため、監査スタッフ個人のレベルの職業的懐疑心を高めようとしてもできないために、監査スタッフ個人が自分自身で職業懐疑心を高めようとした自己学習によるのではなく、監査法人の全体としての取り組みによる研修・教育が必要であることが主張されていると解される。
 多くの監査スタッフに対して目を行き届けさせることのできる責任者は、監査チームの監査パートナーではなく、監査法人の経営責任者であり、具体的には研修・教育担当責任者であると思われる。監査法人の全体としての取り組みによる研修・教育が必要である点は鳥羽教授の所見に同意する。しかし、監査チームの監査パートナーは、チームに配属された監査スタッフに対して、監査マネジャーとともにオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)をきちんと実施することによって、監査スタッフの専門知識や実務経験を向上させることが必要である。
 また、「経済的・時間的制約のもとで監査業務に従事せざるを得ない状況」は、監査を経済性の原則のもとで実施しなければならないことは当然のことであるが、厳しい経済的・時間的制約のもとでは会計不正を発見するために必要な監査手続を十分に実施できなくなり、職業的懐疑心の問題を惹起する可能性があるということであろう。そのようなことにならないように、十分な監査の実施が必要である。

以上が、鳥羽教授の所見の要約とそれに対する私見である。
次回は最終回として、教授の所見に基づいてこれまで考えてきた私見についてのまとめを開陳したい。

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