「公共の利益のための会計」第1章を読んで考えたこと(その5)

 前回に引き続き、「公共の利益のための会計 アカウンタビリティ、プロフェッショナリズムおよび社会における役割についての展望」、Part I「会計におけるプロフェッショナリズム-神話か現実か?」「第1章 職務の呼び声:監査人の倫理上の意思決定に係るフレームワーク」についての要約と読書感想を開陳していきたい。今回は、監査プロフェッションに固有の三つの責務の二番目の「異議と対決」(dissenting and confronting)に係る論述である。

異議と対決(要約)
 監査人の職務は、重要な虚偽表示を発見することだけでなく、監査クライアントが適切な内部統制を有していることを確かめることによって、また会社の取締役会に重大な不備を報告することによって重要な虚偽表示の防止に役立つプロセスの一部となることである。公開会社に関して、監査人はまた、一般に重要な内部統制の欠陥を識別し報告しなければならない。そして、取締役の責任が経営者と共通の使命を有している監督者として異議を唱えることであれば、社外モニターとしての外部監査人の責任は、経営者の潜在的な自己利益のための誘因に対するチェックを行うことである。事実、双方がこのプロセスを協働しなければならない。
 財務諸表の正確性を確かめるに際して、監査人の最大にチャレンジする職務の一つは、クライアントとの対決である。しかし、自分自身を「信頼されたビジネスアドバイザー」と見ている監査人は、クライアントの経営者の果実の極大化に集中することに代えて、クライアントと対決する役割を仮定することはまずないであろう。アーサー・アンダーセンは実際に事務所内のキャッチフレーズとして使用した。また、AICPAのVision2025報告書(2012年)は、「CPAは、伝統的なサービスを拡大させ、新たなサービス(nontraditional offerings)と信頼されるアドバイザーを強化させるために複合的な規律と統合された問題解決の適用によって、クライアント、ビジネスおよび雇用者の戦略パートナーとして発展続けなければならない」というクライアント・サービスに関する見解がプロフェッション業界内で受け容れられていただけでなく、戦略的イニシアティブとみられていたことを示した。これによる問題は、社会が監査人にこの役割を割り当てていないため、監査人の独立性を脅かすことを理由にSOX法がこの役割のプロフェッションの拡大を最小限とする特定の規定を課したことである。
 経営者または取締役会に対して毅然と立ち向かうことが監査人の自己利益に関してマイナスであるかもしれないにもかかわらず、立ち向かわなければ、プロフェッションの徳およびプロフェッションの公共の利益に対する職務とは食い違うことになる。
 監査人が遠慮のない、心地の悪いアドバイス(candid, unpalatable advice)をクライアントに行う範囲を決定することは困難である。経営者に立ち向かう監査人の規律、不屈の精神および可能性を測ることは困難である。しかし、過去十年間のPCAOB報告書の出現は、職業専門家の懐疑心を行使することが公開会社の監査人に関するチャレンジであり続けるという最初の証拠を提供している。
 異議を唱えることと対決は、しばしば個人的な成果にマイナスに影響する。最も偏向がなく慎重なプロセス(the most unbiased and circumspect process)だけが、公共の利益に役立つと見込まれる。そのため、均衡のとれた倫理的な行動にコミットした監査人の役割を重要な責務とみることが必要である。異議を唱えることの重要な責務に気付いた監査人は、予想された価値予測に変数を差し込む人よりも行動に示すと見込まれる。

読書感想
 要約して示した論述は次のように理解できる。
 監査人の職務が重要な虚偽表示を発見すること、内部統制の有効性の検証、および経営者の潜在的な自己利益のための誘因に対するチェックを行うこととすることは、財務諸表に経営者不正による重要な虚偽表示があるかどうかについての監査の実施であると解される。
 しかし、社外モニターである監査人が重要な虚偽表示の防止に役立つプロセスの一部となるとの論述が十分理解できない。このプロセスは、真実の財務報告を行うためのプロセスであり、企業内の財務報告プロセスに限定されない、社外モニターである監査人もその役割を果たすことによって遂行する、企業内外の抽象的なプロセスであって、財務諸表作成プロセス、リスク・マネジメント・プロセス、内部統制やコンプライアンスのプロセスなどの具体的なプロセスではないのであろう。コーポレートガバナンスのプロセスに外部監査も関連していることであろうと解する。
 重要なことは、プロセスを明確にすることではなく、監査人と取締役(アメリカではその大半が社外の独立取締役である。)が、経営者不正に協働して立ち向かうことである。チャレンジするという監査人の職務は、監査の実施に際して、クライアントと対決することと説かれている。
 しかし、経営者と対決することが監査人の役割・職務なのであろうか。経営者不正への対応や職業専門家の懐疑心との関連から、監査人と経営者の関係は難しいものになっているが、対決という敵対関係として理解すべきではないと考える。監査人が経営者と対峙して協議することによって、財務報告上の問題を解決していくことが重要であると考える。そのためには、監査人と経営者との関係は相互信頼関係または協働関係が不可欠であると解する。そしてこの関係が監査の基盤に位置づけられると考える。
 このように解してもそれは、1990年代から21世紀初頭まで席巻した、監査人がビジネスアドバイザーとして経営者の利益の最大化に貢献することではない。監査人は、経営者に対してダメなものはダメときちんと言えなければならない。これが「異議申立て」であり、両者の信頼関係なくしてはなしえないと考えている。
 それにもかかわらず、経営者が監査人を裏切り、信頼関係を崩壊させたときには、監査人は経営者と対決しなければならない。この対決に際しては、監査人は毅然とした態度で経営者に立ち向かうことが必要である。たとえ、それによって監査人にとって不利なことや不利益が生じることになってもである。
 ところで、論述中に、これによる問題(監査人がビジネスアドバイザーになることによる問題)は、社会が監査人にこの役割を割り当てていないため、監査人の独立性を脅かすことを理由にSOX法がこの役割のプロフェッションの拡大を最小限とする特定の規定を課したことである、とある。この論旨は、監査人は、ビジネスアドバイザーの役割を社会から付託されていないため、同時提供禁止業務が法定されたことが問題であり、会計プロフェッションが自らの役割に対する制限を自主規制で課さずに法定されたことが問題である、ということと理解する。

 監査人と経営者の関係について経営者不正への対応や職業専門家の懐疑心との関連および監査実務の観点から、これからも考え続けていくことが必要であるとあらためて考えた。

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