財務諸表監査について考える(その28)
アサーションについて考える
今回は、監査手続によって入手した監査証拠が立証または反証する対象である「アサーション」について考えます。
アサーション、監査要点と要証命題
「アサーション」は国際監査基準(ISA)では“assertion”と表記されていますが、「主張」では意味が通らないため、監基報は「アサーション」としたようです。
ISAに“assertion”が使用される以前は“management assertion” (経営者の主張)と表記されていました。“management assertion”の用語は、平成14年に改訂された監査基準第三 一 3の監査要点に係る規定おいて「経営者が提示する財務諸表項目」として取り込まれています。この「経営者が提示する」との用語は監基報にも踏襲されている箇所があります。“management assertion”は、クラリティ・バージョンへの改定の頃に単に“assertion”に変更されたと記憶しています。
アサーション(assertion)は、「明示的かまたはその他の方法で財務諸表に具体的に表現されている経営者による陳述(representations)で、監査人が発生するかもしれない種々の潜在的な虚偽表示(the different type of potential misstatements)を検討するために利用する」(ISA 315 4項(a))と定義されています。すなわち、アサーションは 監査手続によって入手した監査証拠が立証または反証する対象ないし目標です。
ところで、監査基準に「アサーション」の用語を見出すことはできません。それに代わる「監査要点」の用語は、平成3年改訂監査基準において当時の米国監査基準書で使用されていた“audit objectives”(監査目標)を、従来から監査の実務で用いられていた用語「監査要点」として導入しました。その意味するところは「立証すべき目標」(平成14年改訂監査基準前文三8(2))です。
監査要点が監査人の設定した立証すべき目標であることは、監査人が監査手続を実施して監査証拠を入手する対象ということです(平成17年改訂監査基準前文二5参照)。したがって、監査人が設定した監査要点(監査目標)を立証するために監査手続を実施することは、アサーションを監査人が利用して発生するかもしれない潜在的な虚偽表示の有無を検証することです。それゆえ、アサーションと監査要点は同義と解します。以後の記述では「アサーション」を用います。
なお、監査論研究者の多くは、監査基準の用語法を尊重して、「経営者の主張から設定した監査要点」として、「経営者の主張(アサーション)」と「監査要点」を明確に峻別しています。また、監査要点を「要証命題」または「立証命題」と説明しています。要証命題は、監査要点のように「実在性」、「網羅性」などのような単語ではなく、主語、述語などから成る連辞(文章)であることが必要であり、「言明」(statement)と呼ばれています。
アサーションの利用
例えば、財務諸表に表示されている「売上高 1,000,000」は多くの個別の売上取引を集計した結果を表示しており、会計帳簿に記録されている個々の売上取引は実際に発生した取引である(実在性)、記録すべき売上取引はすべて記録されている(網羅性)、個々の売上取引の金額は正確に算出され売上高の集計は正しく行われている(正確性)、個々の売上取引は正しい事業年度に計上されている(期間帰属)、および個々の売上取引は正しい勘定科目で記録されている(分類の妥当性)という経営者による明示的または黙示的な主張と解されています。
この理解に対して経営者は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して会計処理を行い、財務諸表を作成しているだけであり、上記のような主張を暗黙的にも行っていないと反論しています。確かに、経営者の方に聞けばそのような答えが返ってくるであろうと思います。しかし監査人は、経営者が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して作成した財務諸表上の表示を経営者の主張(陳述)と理解して、その意味内容について便宜的にアサーションを介して理解します。それゆえ、監基報や監査基準等に規定されているアサーション(監査要点)は、経営者の主張に基づいて監査基準設定母体によって設定されています。監査人は、そのようなアサーションを利用して、監査を計画、実施します。
したがって、アサーションは、監査人が監査を実施する際の監査目標や監査対象を明確にするためのツールです。そのため、監査実務では監基報のアサーションがそのまま利用されていることが多いかと思いますが、監基報のアサーションは例示のため、それに拘泥する必要はありません。
アサーション
このようなアサーション(監基報 315 A107項参照)とそれに関連する虚偽表示を整理すると、次のようになります。
取引種類に係るアサーション
〈アサーション〉発生:記録された取引や事象が発生している⇒〈虚偽表示〉記録されている取引・事象が発生(存在)していない
〈アサーション〉網羅性:記録すべき取引や事象がすべて記録されている⇒〈虚偽表示〉記録すべき取引・事象が記録されていない
〈アサーション〉正確性:記録された取引や事象に関する金額や他のデータが正確に記録されている 記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象の金額等が正しくない
〈アサーション〉期間帰属:取引や事象が正しい会計期間に記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象が正しい会計期間に記録されていない
〈アサーション〉分類の妥当性:取引や事象が適切な勘定科目に記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象が適切な勘定科目に(適切な仕訳で)記録されていない
勘定残高に係るアサーション
〈アサーション〉実在性:資産、負債及び純資産が実際に存在する⇒〈虚偽表示〉記録されている資産・負債・純資産が存在していない
〈アサーション〉権利と義務:企業は資産の権利を保有又は支配していること、また、負債は企業の義務である⇒〈虚偽表示〉記録されている資産・負債が企業の資産・負債ではない
〈アサーション〉網羅性:記録すべき資産、負債及び純資産がすべて記録されている⇒〈虚偽表示〉記録すべき資産・負債・純資産が記録されていない
〈アサーション〉正確性:資産、負債及び純資産が適切な金額で財務諸表に計上されている⇒〈虚偽表示〉 記録されている資産・負債・純資産の金額等が正しくない
〈アサーション〉評価:資産、負債及び純資産の評価の結果が適切に記録されている⇒〈虚偽表示〉資産・負債・純資産の評価の結果が適切に記録されていない
〈アサーション〉期間帰属:資産、負債及び純資産の期間配分調整が適切に記録されている⇒〈虚偽表示〉 資産・負債・純資産の期間帰属が正しくない
〈アサーション〉分類の妥当性:資産、負債及び純資産が適切な財務諸表科目に記録されている⇒〈虚偽表示〉資産、負債及び純資産が適切な財務諸表科目に計上されていない
表示と開示に係るアサーション
〈アサーション〉発生及び権利と義務:開示されている取引、事象及びその他の事項が発生し企業に関係している⇒〈虚偽表示〉開示事項が発生(存在)しておらず、権利・義務がない
〈アサーション〉網羅性:財務諸表に開示すべき事項がすべて開示されていること⇒〈虚偽表示〉開示すべき事項が開示されていない
〈アサーション〉分類と明瞭性:財務情報が適切に表示され開示が明瞭である⇒〈虚偽表示〉開示・表示が適切または明瞭でない(十分な開示・表示ではない)
〈アサーション〉正確性と評価:財務情報及びその他の情報が適正かつ適切な額で開示されている⇒〈虚偽表示〉開示・表示の金額等が正確でない
取引種類に係るアサーションは損益計算書項目のアサーションです。勘定残高に係るアサーションは貸借対照表項目のアサーションです。そして、表示と開示に係るアサーション」は、財務諸表の表示・開示(注記を含む。)のアサーションですが、四つのアサーションに分解するまでもなく、監査要点の項目において示したように「表示の妥当性」として一括りにした方が理解しやすいように思います。
次回は、もう少し、アサーションと監査手続の関係について考えます。
今回は、監査手続によって入手した監査証拠が立証または反証する対象である「アサーション」について考えます。
アサーション、監査要点と要証命題
「アサーション」は国際監査基準(ISA)では“assertion”と表記されていますが、「主張」では意味が通らないため、監基報は「アサーション」としたようです。
ISAに“assertion”が使用される以前は“management assertion” (経営者の主張)と表記されていました。“management assertion”の用語は、平成14年に改訂された監査基準第三 一 3の監査要点に係る規定おいて「経営者が提示する財務諸表項目」として取り込まれています。この「経営者が提示する」との用語は監基報にも踏襲されている箇所があります。“management assertion”は、クラリティ・バージョンへの改定の頃に単に“assertion”に変更されたと記憶しています。
アサーション(assertion)は、「明示的かまたはその他の方法で財務諸表に具体的に表現されている経営者による陳述(representations)で、監査人が発生するかもしれない種々の潜在的な虚偽表示(the different type of potential misstatements)を検討するために利用する」(ISA 315 4項(a))と定義されています。すなわち、アサーションは 監査手続によって入手した監査証拠が立証または反証する対象ないし目標です。
ところで、監査基準に「アサーション」の用語を見出すことはできません。それに代わる「監査要点」の用語は、平成3年改訂監査基準において当時の米国監査基準書で使用されていた“audit objectives”(監査目標)を、従来から監査の実務で用いられていた用語「監査要点」として導入しました。その意味するところは「立証すべき目標」(平成14年改訂監査基準前文三8(2))です。
監査要点が監査人の設定した立証すべき目標であることは、監査人が監査手続を実施して監査証拠を入手する対象ということです(平成17年改訂監査基準前文二5参照)。したがって、監査人が設定した監査要点(監査目標)を立証するために監査手続を実施することは、アサーションを監査人が利用して発生するかもしれない潜在的な虚偽表示の有無を検証することです。それゆえ、アサーションと監査要点は同義と解します。以後の記述では「アサーション」を用います。
なお、監査論研究者の多くは、監査基準の用語法を尊重して、「経営者の主張から設定した監査要点」として、「経営者の主張(アサーション)」と「監査要点」を明確に峻別しています。また、監査要点を「要証命題」または「立証命題」と説明しています。要証命題は、監査要点のように「実在性」、「網羅性」などのような単語ではなく、主語、述語などから成る連辞(文章)であることが必要であり、「言明」(statement)と呼ばれています。
アサーションの利用
例えば、財務諸表に表示されている「売上高 1,000,000」は多くの個別の売上取引を集計した結果を表示しており、会計帳簿に記録されている個々の売上取引は実際に発生した取引である(実在性)、記録すべき売上取引はすべて記録されている(網羅性)、個々の売上取引の金額は正確に算出され売上高の集計は正しく行われている(正確性)、個々の売上取引は正しい事業年度に計上されている(期間帰属)、および個々の売上取引は正しい勘定科目で記録されている(分類の妥当性)という経営者による明示的または黙示的な主張と解されています。
この理解に対して経営者は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して会計処理を行い、財務諸表を作成しているだけであり、上記のような主張を暗黙的にも行っていないと反論しています。確かに、経営者の方に聞けばそのような答えが返ってくるであろうと思います。しかし監査人は、経営者が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して作成した財務諸表上の表示を経営者の主張(陳述)と理解して、その意味内容について便宜的にアサーションを介して理解します。それゆえ、監基報や監査基準等に規定されているアサーション(監査要点)は、経営者の主張に基づいて監査基準設定母体によって設定されています。監査人は、そのようなアサーションを利用して、監査を計画、実施します。
したがって、アサーションは、監査人が監査を実施する際の監査目標や監査対象を明確にするためのツールです。そのため、監査実務では監基報のアサーションがそのまま利用されていることが多いかと思いますが、監基報のアサーションは例示のため、それに拘泥する必要はありません。
アサーション
このようなアサーション(監基報 315 A107項参照)とそれに関連する虚偽表示を整理すると、次のようになります。
取引種類に係るアサーション
〈アサーション〉発生:記録された取引や事象が発生している⇒〈虚偽表示〉記録されている取引・事象が発生(存在)していない
〈アサーション〉網羅性:記録すべき取引や事象がすべて記録されている⇒〈虚偽表示〉記録すべき取引・事象が記録されていない
〈アサーション〉正確性:記録された取引や事象に関する金額や他のデータが正確に記録されている 記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象の金額等が正しくない
〈アサーション〉期間帰属:取引や事象が正しい会計期間に記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象が正しい会計期間に記録されていない
〈アサーション〉分類の妥当性:取引や事象が適切な勘定科目に記録されている⇒〈虚偽表示〉取引・事象が適切な勘定科目に(適切な仕訳で)記録されていない
勘定残高に係るアサーション
〈アサーション〉実在性:資産、負債及び純資産が実際に存在する⇒〈虚偽表示〉記録されている資産・負債・純資産が存在していない
〈アサーション〉権利と義務:企業は資産の権利を保有又は支配していること、また、負債は企業の義務である⇒〈虚偽表示〉記録されている資産・負債が企業の資産・負債ではない
〈アサーション〉網羅性:記録すべき資産、負債及び純資産がすべて記録されている⇒〈虚偽表示〉記録すべき資産・負債・純資産が記録されていない
〈アサーション〉正確性:資産、負債及び純資産が適切な金額で財務諸表に計上されている⇒〈虚偽表示〉 記録されている資産・負債・純資産の金額等が正しくない
〈アサーション〉評価:資産、負債及び純資産の評価の結果が適切に記録されている⇒〈虚偽表示〉資産・負債・純資産の評価の結果が適切に記録されていない
〈アサーション〉期間帰属:資産、負債及び純資産の期間配分調整が適切に記録されている⇒〈虚偽表示〉 資産・負債・純資産の期間帰属が正しくない
〈アサーション〉分類の妥当性:資産、負債及び純資産が適切な財務諸表科目に記録されている⇒〈虚偽表示〉資産、負債及び純資産が適切な財務諸表科目に計上されていない
表示と開示に係るアサーション
〈アサーション〉発生及び権利と義務:開示されている取引、事象及びその他の事項が発生し企業に関係している⇒〈虚偽表示〉開示事項が発生(存在)しておらず、権利・義務がない
〈アサーション〉網羅性:財務諸表に開示すべき事項がすべて開示されていること⇒〈虚偽表示〉開示すべき事項が開示されていない
〈アサーション〉分類と明瞭性:財務情報が適切に表示され開示が明瞭である⇒〈虚偽表示〉開示・表示が適切または明瞭でない(十分な開示・表示ではない)
〈アサーション〉正確性と評価:財務情報及びその他の情報が適正かつ適切な額で開示されている⇒〈虚偽表示〉開示・表示の金額等が正確でない
取引種類に係るアサーションは損益計算書項目のアサーションです。勘定残高に係るアサーションは貸借対照表項目のアサーションです。そして、表示と開示に係るアサーション」は、財務諸表の表示・開示(注記を含む。)のアサーションですが、四つのアサーションに分解するまでもなく、監査要点の項目において示したように「表示の妥当性」として一括りにした方が理解しやすいように思います。
次回は、もう少し、アサーションと監査手続の関係について考えます。
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