監査事例の検討-12(偽造された売買契約書)

事例の概要
 会社は、経営者の知人からの紹介で製造用機器を仲介(仕入・販売)する新規事業-海外の製造会社から仕入れて、国内の販売先に売却する事業-に参入し、販売先に対しては取引に先立って資金を提供して、売上高の約30%を占める製造用機器10 台10 億円の売買契約を締結した。
製造用機器が販売先指定倉庫に到着した時点で所有権が移転する契約であったため、製造用機器の指定倉庫に到着時点(物品受領書受領時)で10億円の売上を計上した。
 監査人は、新規事業で金額的にも重要であるため、当該売上取引(新規事業売上)について不正リスクを識別した。
 監査人は、期末までに5台分の入金しかなかったため債権の回収可能性について質問したところ、会社は、急遽売買契約が変更になったとして、5台5億円の売買契約書案をすぐに監査人に提示した。監査人は、後日正式な契約書を提示するとの説明を会社から受けたことから、問題ないと判断した。
 監査人は、取引の実在性を確認するため、会社が撮影した製造用機器を収容していると説明された梱包の写真を閲覧したが、梱包に添付されているタグに記載されている製造用機器名や台数までは確かめていなかった。 
 監査人は、取引先への資金提供について特段の問題を認識していなかった。

判明した事項
 仕入先および販売先は新規事業を紹介した知人の関係者が経営していた。
 会社が締結した売買契約書は偽造だったことが判明した。売買代金の入金も不正(提供した資金の還流)であった。
当該売上取引が架空であったことが判明したため過年度財務諸表が訂正された。

監査上の問題点
 監査人は新規事業で金額的に重要であるため新規事業売上取引について不正リスクを識別していたにもかかわらず、そのリスクに対応する監査手続(リスク対応手続)を実施していなかった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 会社が新規事業に参入するに当たって、紹介してくれた知人、仕入先および販売先ならびに三者の関係の有無、新規事業参入の合理性、今後の事業展開に関する計画、等々について調査し理解する必要があるとされているが、本事例では、監査人がどこまで理解していたのか不明である。また、第三者である知人、仕入先および販売先に関する実態を理解できるほどに情報を入手できるとは、通常、思われないため、架空取引であることに気付くことができたかについては疑問である。
 新規取引に係る売買契約書が真正でないことを究明することは容易ではないため、監査人が当初の売買契約書の偽造に気付くことができなかったとしても、監査人の問い合わせに呼応してすぐに新たな売買契約書案が提出されたことに疑問を持つべきであった。当初の契約書と契約条項、文章、印章等を比較して違和感があるかどうかなどを確かめるべきであった。
 また、後日正式な契約書を提示するとの説明であったが、その説明を鵜呑みにせずに、提示がなかったことに監査契約書案の偽造等の可能性を疑う(不正の兆候に気づく)べきであった。正式な売買契約書について監査証拠の証明力を検討するまで監査意見(心証)を形成すべきではなかった。
 梱包の写真を閲覧したことは製造用機器の納品を確認したことにはならないし、不正リスクを識別していたのであるから、実際に仕向地に赴き、梱包を解いて製造用機器の個体番号や台数を確認するなどの手続を実施すべきであった。

結論
 本事例は、売買契約書が偽造されていたことが問題視されているが、売買取引が架空であったことが本質的問題であり、売上先からの物品受領書等を検証しても偽造されているため架空取引を把握することは困難であったと思われる。
 そのため、不正リスクを識別していたのであれば、船荷証券の検証や物品の直接視察によって確かめることをしなかった監査人に落ち度があった-識別した不正リスクに対応して十分な監査手続を実施しなかった—といわざるを得ないと考える。
 監査人が形式的、機械的に不正リスクの識別・評価を行っていたことが、監査の失敗の原因となった事例である。というよりも、リスク・アプローチそのものが理解されていないのではないかと思わられる事例であった。

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