監査事例の検討-17会計上の見積り(のれんの評価)

事例の概要
 会社は、前期において、主たる事業の業績が低迷しているため、新規事業による多角化を目指して子会社を設立し、他社から営業譲渡により事業を譲り受け、当該子会社事業をスタートさせた。会社は、事業の譲受価格が純資産の時価よりも相当に高額であったため、多額ののれんを計上した。
 しかし、子会社の業績は、事業の譲受後(新規設立後)から、想定していなかった原料価格の高騰が続き、譲受時の事業計画を大幅に下回ったため事業計画は未達となった。
 監査人は、事業の取得直後であったこと、および事業の譲受価格については契約書と突合し、契約金額は所与であると思い込み、多額ののれんが計上されることについては何ら疑問を持たなかったため、のれんの評価について重要な虚偽表示のリスクを識別せずに、取得時ののれん価値が毀損している可能性については検討していなかった。
 監査人は、子会社が1期目から事業計画未達となった主要な原因である原料価格の高騰について会社に質問した。会社からは、価格高騰は短期的なものであり、原料以外の計画数値と実績の乖離についても原料価格の影響による一時的なものだとの説明を受けたのみで合理的な理由であると判断した。
 子会社は、2期目で債務超過に転落したため、会社は当期にのれんの減損損失を計上した。

判明した事項
 子会社の債務超過を契機に社内調査を実施したところ、事業計画は楽観的な予測に基づいて作成されており、原料価格のみでなく他の計画数値も実績と大幅な乖離があったことが判明し、事業の譲受価額は不相応に高額なものであり、取得時に計上したのれんは、取得時点で価値がなかったことが判明した。

監査上の問題点
 高額買入によってのれんが過大に計上されている可能性や、それによって取得時に価値が毀損している可能性について検討していなかった。
 事業譲受時のみでなく、その後ものれんの価値が毀損している可能性について慎重に検討していなかった。
 事業計画について会社の説明を鵜呑みにせず、実現可能で合理的か否かについて慎重に検討していなかった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 経営者がのれん(会計上の見積り)の不確実性を評価しているかどうかを理解して、重要な虚偽表示のリスクを識別、評価すべきであった。
事業を譲渡する会社の純資産の適正な時価総額を超えて多額のプレミアムが支払われる場合には、のれんが過大に計上されている可能性があるため、減損の兆候について慎重に判断すべきであった。
 事業取得後ものれんの価値が毀損していないかを十分に検討すべきであった。
 のれんの評価に利用する事業計画は、実現可能で合理的か慎重に検討すべきであった。

結論
 事業譲渡は経営者のリードの下に行われるはずであるが、本事例では、経営者の影すら見えない。経営者不正の兆候はなかったのであろうか。
 会社調査で事業計画がなぜ楽観的であったことが判明したのであろうか。監査人に提示された事業計画の作成部署(例えば経理部)ではなく、調査が他部署(例えば法務部や総務部)によって行われたのであろうか。それにしても経理部が調査に関わらないことは考え難い。経理部の関与の程度はどれほどであったのであろうか。
 本事例は、監査手続の問題というよりも、監査人の専門能力と正当な注意の欠如のように思われるが、そのような指摘は全くない。
 また、のれんの減損損失を譲受時に遡及計上したのか、あるいは子会社の二期末日に債務超過を理由に計上したのかが不明である。
 これらの疑問については不明である。
 本事例の監査人は、のれんの評価が会計上の見積りに該当するとは考えもせず、M&A(株式買収または営業譲渡)によるのれんは譲渡対価(契約価額)から純資産時価額を控除した差額であり、その評価(高額買入)が問題となることすら思いつかなかったのではないかと推測する。そのため、契約書の譲渡価額との照合のみで満足したものと思われる。
 通常、M&Aに際して買収価額の評価が第三者によって行われ、その評価額の幅の中に実際の買収価額が含まれているときは、その評価について監査人は妥当性に関して当該第三者と協議するが、のれんの評価額の妥当性を否定できない。しかし、本事例では、譲渡価額の正当性を裏付ける第三者による事業評価は行われていなかったと思われる。そのため、明らかにされていないが、譲渡価額の基礎となった事業計画に関して会社に質問した程度の監査手続しかしていなかったと思われる。
 それにもかかわらず、監査人は、譲渡価額が事業の時価純資産を大きく超過していることは認識していたはずである。そのため、重要な会計上の見積りとして、当該のれん額および評価(毀損の兆候の有無)について、重要な虚偽表示のリスクではなく、特別な検討を必要とするリスクを識別、評価することが必須であった。
 譲渡価額の基礎となった事業計画の算定根拠の提示を受け、その真実性、妥当性および確実性などについてギリギリと協議することが必要であった。その結果、意図的な高価買入であると判断したときには、監査人は、のれんの評価に際して、高価買入による差額相当分を減損することが必要と考える。なお、意図的な高価買入は、経営者不正の兆候であると解する。
 その後も、事業計画(必要であれば改訂を要求すべき)と実績との差異の理由についてギリギリ協議して、のれんの減損の兆候の有無を検証していくことが必要である。
 本事例は、あまりにも基礎的な事柄ができていない監査人による監査の失敗であると考える。

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