PCAOBの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その1)

前回までの公開草案ISA 701における「重要な監査事項(Key Audit Matters)」についての検討に引き継ぎ、今回からアメリカの公開会社会計監視審議会(Public Company Accounting Oversight Board; PCAOB)が2013年8月13日に公表した公開草案「監査人が無限定適正意見を表明するときの財務諸表監査に対する監査報告書」(The Auditor’s Report on an Audit of Financial statements When the Auditor Expresses an Unqualified Opinion)、および「監査済み財務諸表および関連する監査報告書を含んでいる文書におけるその他の情報に関する監査人の責任」(The Auditor’s Responsibilities Regarding Other Information in Certain Documents Containing Audited Financial Statements and the Related Auditor’s Report)という二つの監査報告書に係る新監査基準の改定案のうち、「重要な監査事項(critical audit matters)」を記載することを提案している公開草案「監査人が無限定適正意見を表明するときの財務諸表監査に対する監査報告書」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。ただし、今回は、改正の趣旨とPCAOBの活動の概要の紹介である。

改正の趣旨
アメリカにおける監査報告書は、1940年代からほとんど変更がなく、財務諸表が適正に表示されている(合格)か、いない(不合格)かについて監査人の意見が表明されているため、合否判定モデル(a pass/fail model)となっている。そのモデルは多くの人々に有効であると考えられているが、理論研究は、監査報告書が特定の監査に特有で、重要な情報(important information that is specific to a particular audit)を提供していないと指摘している(RM p.1-2)。

ここ3年間のPCAOBの活動中に、現行の監査報告書の記載内容が投資家やその他の財務諸表利用者に会社の財務諸表の監査に特有な情報をほとんど提供していないという不満を多くの投資家が表明していた。監査人は監査中に会社、会社環境および会社の財務諸表の作成に関する重要な情報を入手し評価する。多くの投資家は、この種の情報にアクセスできないし、気付くこともできないため、追加的な監査人の報告から便益を受けられることを示唆している。さらに、多くの投資家は、監査人が監査に基づいたユニークで関連している洞察を有しているから、監査報告書をより関連性と有用性のあるものにするために監査報告書でその洞察に関する情報を提供すべきであることを示唆していた(RM p.2)。

公開草案は、現在の監査報告書の基本的要素を含む、合否判定モデルを残しており、監査と監査人に関して投資家とその他の財務諸表利用者により多くの情報の提供を意図している。最も大事なことは、監査報告書において監査ごとに特有な「重要な監査事項」(critical audit matters)を伝達することを監査人に求めていることである。監査人に求められているコミュニケーションは、監査人が財務諸表の監査中に対応した、最も難しく、主観的で、複雑な監査判断に関連した事項、あるいは、十分かつ適切な監査証拠の入手または監査意見の形成に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項に焦点をあてている(RM p.5-6)。

監査人に重要な監査事項のコミュニケーションを求めることは、投資家やその他の財務諸表利用者が監査人のチャレンジしていた財務諸表の局面に焦点をあてることに役立つ。重要な監査事項を伝達することは、投資家やその他の利用者が財務諸表上の科目および開示についてより密接な分析を可能にする、監査に関してこれまで知り得なかった情報を提供する。重要な監査事項のコミュニケーションが会社経営者と投資家の間にある情報の非対称を緩和することに役立つ(RM p.6)。

PCAOBは、監査人が監査中に対応した最も重大な事項(the most significant matters)についてのより深い洞察を提供することによって監査人報告の適合性を改善するために多くの投資家の要求に応える重要な監査事項のコミュニケーションを提案している。重要な監査事項の伝達は、監査の実施および全体としての財務諸表に対する意見の形成に際しての監査人の作業について投資家やその他の利用者に有意義な情報を提供すると見込まれる(RM p.15)。

監査報告書における重要な監査事項の伝達は、監査報告書の情報量をより多くすることが意図されているため、投資家およびその他の利用者に対する関連性と有用性を高める(RM p.16)。また、重要な監査事項の伝達は、経営者が作成した情報に対する検証という現在の監査人の役割を基本的に変更するものではなく、むしろ、監査人は、実施した監査手続に基づいて、監査についての情報を伝達する(RM p.17)。

PCAOBのこれまでの活動
ここ3年間にわたってPCAOBは、投資家、監査人、財務諸表作成者およびその他の関係者に対して監査報告書をより情報を提供するための改善内容を一層理解するために広範囲な活動を行ってきた(RM p.9)。

2010年10月から2011年3月までPCAOBのスタッフは、投資家、財務諸表作成者、監査人、監査員会メンバー、その他の当局や基準設定母体および研究者代表と会合をもち、議論を行ってきた。その結果を2011年3月22日開催のPCAOBの公開会議に報告し、PCAOBは、監査報告書の変更が監査報告書の情報価値(informational value)を改善し、監査報告書モデルの適合性を高めることになると結論した。また、同時期のIAG(投資家アドバイザリー・グループ(Investor Advisory Group))の会議において、最近の金融危機の発生以前または発生中に監査報告書が拡大されていたならば、会社の財務諸表の評価および潜在的な問題に関する早期警戒シグナルを提供することが役立った状況の例として金融危機が言及されていた(RM p.9)。

2011年6月21日にPCAOBは、「監査済み財務諸表に対する報告書に関係するPCAOB監査基準の改定および関連するPCAOB監査基準の修正に関するコンセプト・リリース」(Concept Release on Possible Revisions to PCAOB Standards Related to Reports on Audited Financial Statements and Related Amendments to PCAOB Standards)(以下「コンセプト・リリース」という。)を公表して、コメントを募集した(RM p.9-10)。

全般的にコメントは監査報告基準を更新し向上させることを支持し、その大半が現行の監査報告書が投資家およびその他の財務諸表利用者に対して特定の監査についての合否判定の意見を超えた情報価値をほとんど提供していないことに同意した。しかし、現行の監査報告書に対して行われる変更の内容と範囲およびその変更に伴うコストについて支持者の間でも異なった見解があった(RM p.10-11)。

投資家は、監査、財務諸表またはその両者に関するより多くの情報提供となるように現行の監査報告書を向上させることを強く支持して、一般的に、現行の監査報告書が財務諸表の監査中に監査人が得ている一層の洞察から便益を得るという投資家のニーズに合致するような十分な情報提供となっていないという見解を表明した(RM p.11)。

財務諸表作成者は、一般的に、監査報告書の明瞭化が財務諸表利用者にとって有用であり、監査プロセスの透明性を増すことを条件にコンセプト・リリースに記述されている明瞭化に異議を唱えなかった。しかし、コメントの大部分は、現行の監査報告書の変更の必要性はほとんどなく、利用者に会社の財務諸表に関する情報を提供するのは、監査人ではなく、会社の責任であると考えている。監査委員会メンバーも同様の見解を表明している(RM p.11-12)。

監査人は、全般的に現行の監査報告書に対する変更について支持しているが、いかなる追加的な監査報告も客観的で事実に基づかなければならないと考えている。ある種の監査報告書の変更は監査と監査プロセスについて追加的な明瞭化を提供することで利用者に便益を提供できると考えている。コンセプト・リリースに記述されている代替的方法は、監査報告書の草案作成とチェックに主に関連して追加作業が必要となり、その結果、監査コストと監査人の責任の可能性が増加するとしている(RM p.12)。

PCAOBは、公開草案の作成中に、IAASBのプロジェット、ECの監査制度改革案およびイギリスで最近採択された監査基準についても検討した。これらは、いくつかの追加事項に関する監査報告を要求している(RM p.12-13)。

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