PCAOBの提案する「監査報告書に記載する重要な監査事項」について(その2 最終回)

前回に引き続き、アメリカの公開会社会計監視審議会(Public Company Accounting Oversight Board; PCAOB)の公開草案「監査人が無限定適正意見を表明するときの財務諸表監査に対する監査報告書」(The Auditor’s Report on an Audit of Financial statements When the Auditor Expresses an Unqualified Opinion)における「重要な監査事項(critical audit matters)」について紹介し、必要に応じて疑問や私見を述べていく。

重要な監査事項の定義
重要な監査事項は、監査人が財務諸表の監査中に対応した事項のうち、(1) 最も難しく、主観的で、複雑な監査判断に関連した事項、(2) 十分かつ適切な監査証拠の入手に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項、または(3)監査意見の形成に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項であると定義され、「最も」または「最大」という用語は、それぞれの判断規準の下で唯一の事項だけが重要な監査事項となることを意味していないし、監査の事実および環境に依存して、数個の(several)重要な監査事項が存在する可能性があり、ある監査事項が定義の三つの判断規準の一つ、二つまたはすべてに合致することがあると注記されている(付録A p.A1-14)。

重要な監査事項は、監査判断、監査証拠の入手または監査意見の形成に際して最大の難しさを監査人に強いた事項であるが、唯一の最大の事項のみが該当するものでなく、数個の重要な監査事項が識別される可能性があるとされている。しかし、この定義と注記からのみではまだ具体的な重要な監査事項について理解できないため、さらに公開草案についてみていく。

公開草案は、監査人が決定した重要な監査事項を監査報告書において伝達することを求めているため、次のように、重要な監査事項に関連した監査人の目的が追加されている。

監査人が無限定適正意見を表明するときの監査人の目的は、監査人の無限定適正意見を表明する監査報告書において、財務諸表監査に関係している重要な監査事項を伝達するか、または監査人が重要な監査事項は存在していないと決定したことを記載する(4項b.)。

このように、公開草案は無限定適正意見を表明する場合の重要な監査事項に関する規定であり、監査人が重要な監査事項はないと決定した場合には、その旨を記載することになる。

重要な監査事項の決定
監査人は、監査の結果または入手した監査証拠に基づいて、当年度の財務諸表の監査に重要な監査事項が存在するかどうかを決定しなければならない(7項)。大半の監査では、監査人が重要な監査事項は存在すると決定することが想定されている(7項注)。

重要な監査事項は、通常、(1)監査結果調書(the engagement completion document)(監査上の重要な問題や発見事項を要約した監査調書(RM p.15))に記述されることが求められる事項、(2)品質管理レビュー担当者に査閲されることが求められる事項、(3)監査委員会に伝達されることが求められる事項、または(4)前記三つのいずれかの組み合わせに含まれているような重大な(importance)事項である(8項)。

ある事項が重要な監査事項かどうかの決定に際して、監査人は、監査に特有なその他の要素とともに、以下の要素についても勘案すべきである(9項)。
 (a) 事項に対応するための監査手続の決定や適用に際して、またはその監査手続の結果の評価に際して関係した主観の程度
 (b) 事項の対応するために求められる監査作業の内容と範囲
 (c) 事項に関して適合し信頼できる証拠が入手できる性質と量、または当該証拠の入手に際しての困難の程度
 (d) 事項に関連して識別されているコントロールの不備に重大さ(the severity of control deficiencies)(該当ある場合)
 (e) 事項に対応するための監査手続の結果によってリスク評価が変更(それまで識別されていなかったリスクを含む。)される程度、または計画した監査手続の変更を必要とする程度(該当ある場合)
 (f) 事項に関係している修正済み虚偽表示および集計された未修正の虚偽表示の内容と、量的または質的な重大さ(該当ある場合)
 (g) 事項に対応するための監査手続の適用またはその監査手続の結果の評価に必要な特殊な技術と知識の範囲(該当ある場合)
 (h) 事項について監査チーム外との協議・相談の内容(該当ある場合)

以上の規定から、監査人は、監査の結果または入手した監査証拠に基づいて、重要な監査事項が存在しているかを自らの判断によって決定する。その決定に際して、監査人は、監査結果調書の記載事項、品質管理レビュー担当者(審査担当社員)と協議した事項、監査委員会と協議した事項の中から重大な事項を重要な監査事項として決定することが例示されている。

また、重要な監査事項の決定に際しての勘案する要素が例示されているが、これらに該当する事項は、通常、監査結果調書に記載されたり、審査担当社員と協議したり、あるいは監査委員会との協議の対象としたりする。

これらの勘案を関して決定した重大な事項である「重要な監査事項」は、定義に関連して述べられているように、数個の重要な監査事項が存在していると想定されているため、通常の監査の場合、重要な監査事項はないと判断できない。それにもかかわらず、例外的に、監査人は重要な監査事項が存在していないと判断することがある。

重要な監査事項の伝達
監査人は、監査報告書において、当年度の財務諸表の監査に関係する重要な監査事項を伝達しなければならない。または、重要な監査事項が存在していないことを記述しなければならない(10項)。

監査人の重要な監査事項の伝達は、監査人とって既知の情報および監査人が監査の一部としてすでに実施した監査手続に基づくことになるため、公開草案によって、財務諸表監査の目的を変更したり、重要な監査事項の決定、コミュニケーションおよび文書化を除き、新たな監査の実施を課したりしていない(RM p.15-16)。

監査報告書において伝達された個々の重要な監査事項ごとに、監査人は、(11項)
 (a) 重要な監査事項を識別しなければならない。
 (b) 監査人に事項を重要な監査事項と決定させた考察を記述しなければならない。

 注:例えば、評価が最も難しく、主観的で、複雑な監査判断に関連したため、監査人が、測定日に市場活動がほとんどない金融商品の評価を重要な監査事項として識別した場合、監査報告書において当該重要な監査事項のコミュニケーションは、監査人に当該事項を重要な監査事項と決定させた考察の記述しなければならない。そして、それは測定の不確実性の高い水準、または関連する重大な判断と見積りに関係することがある。

 (c) 重要な監査事項に関係する財務諸表上の科目および開示にリファーしなければならない。(該当ある場合)

監査報告書における「重要な監査事項」の文例が以下のように掲げられている(12項)。
 重要な監査事項
 PCAOB監査基準は、当監査法人が監査報告書において当年度の財務諸表の監査に関係する重要な監査事項を伝達するか、または重要な監査事項が存在していないと決定したことを記述することを求めている。重要な監査事項は、監査人が財務諸表の監査中に対応した事項のうち、(1)最も難しく、主観的で、複雑な監査判断に関連した事項、(2)十分かつ適切な監査証拠の入手に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項、または(3)監査意見の形成に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項である。以下において伝達されている、重要な監査事項は、全体としての財務諸表に対する当監査法人の意見にいかなる方法でも代わるものではない。

この文例の記述の後に、11項に記載されている項目を、決定した重要な監査事項ごとに記述する。公開草案は、三つの仮想状況の下での重要な監査事項の記載例、すなわち、売上値引引当金、繰延税金資産に係る評価引当金、および活発に売買されない投資として保有されている固定期限の有価証券の公正価値を掲げているが、いずれもアメリカ特有の会計処理に関係しており我が国ではあまり参考にならないと思われるため、ここでの紹介は省略する。

また、重要な監査事項が存在しないと決定した場合の文例が以下のように掲げられている(13項)。
 重要な監査事項
 PCAOB監査基準は、当監査法人が監査報告書において当年度の財務諸表の監査に関係する重要な監査事項を伝達するか、または重要な監査事項が存在していないと決定したことを記述することを求めている。重要な監査事項は、監査人が財務諸表の監査中に対応した事項のうち、(1)最も難しく、主観的で、複雑な監査判断に関連した事項、(2)十分かつ適切な監査証拠の入手に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項、または(3)監査意見の形成に際して監査人に最大の難しさを引き起こした事項である。当監査法人は、重要な監査事項は存在していないと決定した。

重要な監査事項の文書化
重要な監査事項の決定に関して到達した結論の明瞭な理解のために十分な詳細さを提供するために、監査調書は、(1)それぞれの報告された事項が重要な監査事項であったこと、および(2)重要な監査事項の定義に合致しているように見える監査において対応したが報告されていない監査事項が重要な監査事項でなかったことの監査人の決定の根拠を監査業務に関与していない経験豊かな監査人が理解できるように十分な情報を含めていなければならない(14項)。

例えば、ある監査事項が監査結果調書に含まれ、品質管理レビュー担当者に査閲され、監査委員会に伝達され、また、9項の要素を検討した後に、監査業務にそれまで関与していない経験豊かな監査人が重要な監査事項の定義に合致すると思わせるものがある場合、監査人は、当該事項が重要な監査事項でないと決定した根拠を文書化する(14項注)。

この重要な監査事項の文書化に関しては特にコメント等はない。

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