ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その1)

 2015年1月15日に国際会計士連盟(IFAC)の国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)は、最終公表(Final Pronouncements)「監査済み財務諸表に対する報告-新設・改定された監査報告基準および関連基準の改正(Reporting on Audited Financial Statements - New and Revised Auditor Reporting Standards and Related Conforming Amendments)」(以下「最終公表」という。)を公表した。
 この最終公表には、国際監査基準(ISA) 700「意見の形成と財務諸表に対する報告」(改正)(英文名省略、以下同じ)、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)、ISA 705「独立監査人報告書における意見の修正」(改正)、ISA 706「独立監査人における強調事項パラグラフおよびその他の事項パラグラフ」(改正)、ISA 570「継続企業」、ISA 260「ガバナンスを担う人々とのコミュニケーション」(改正)が含まれている。これらのISAは、2016年12月15日以降終了事業年度の財務諸表の監査から適用される。
 本ブログでは、最終公表の根幹であるISA 701に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」について検討する。その検討に際しては、最終公表と同日に公表されたIAASBスタッフによる「結論の基礎(Basis for Conclusions: BC)」を主として参照し、必要に応じて2013年7月25日に公表された「監査済み財務諸表に対する報告:国際監査基準の新設および改定案(Reporting on Audited Financial Statements: Proposed New and Revised International Standards on Auditing (ISAs))」(以下「公開草案」という。) および同時に公表された「趣旨説明(Explanatory Memorandum; EM)」を参照する。
 監査報告書の役割などに関連する私見は、本ブログの本年1月1日の「監査報告書とその利用者について考える」に開陳している。したがって、ISA 701の検討に際してはこの私見に基づいた批判的な検討となると思われる。
 今回は、ISA 701の検討に先立って、最終公表までのIAASBの活動を概観する。

最終公表までの経緯
 IAASBは、2008年の金融危機により判明した不十分な監査への対応の一環として、以下のように監査報告書の改善について検討を続けてきた(EM 5およびBC 2)。
 ・ 標準監査報告書に関する利用者の理解(user perceptions)に係る調査研究(2009年9月)
 ・ 2011年5月公表の検討資料「監査人報告の価値の向上:変更オプションの調査」
 ・ 2012月6月公表のコメント募集(Invitation to comment; ITC)「監査人の報告書の改善」
 ・ ITCに示された方向性に対する世界ラウンド・テーブル(3回)および追加的なフィードバック活動(additional outreach to solicit feedback)
 ・ 監査報告の新規構想(auditor reporting initiatives)についての政策決定者および各国の基準設定母体に係る継続的なモニタリングと話し合い(interaction)
 ・ 2013年7月 公開草案の公表
 ・ 2015年1月 新設・改定基準の公表

 公開草案公表までの活動の結果、IAASBは、監査人報告の利用者からのシグナルは「変革が必要である」と明瞭である(EM 6)として、監査人報告の変革が監査に質および利用者の理解に積極的な便益を有している(EM 7)と考えて公開草案を公表した。また、IAASBは、公開草案によって、とりわけ、次のような便益が実現するものと確信している(EM 8)としていた。
 ・ 実施された監査について一層の透明性を提供することで、監査報告書のコミュニケーション価値を高める。
 ・ 監査報告書において参照される財務諸表上の開示(例えば、重要な監査事項、継続企業、等)に経営者およびガバナンスを担う人々の注意を増加させる。それによって、財務報告の質を一層改善するかもしれない。
 ・ 報告される事項に対する監査人の焦点を更新する。当該事項に対して職業専門家の懐疑心を高めること、とりわけ監査の品質に間接的に貢献する可能性がある。
 ・ 監査人とガバナンスを担う人々とのコミュニケーションを高める。例えば、監査報告書に記述される重要な監査事項についてのより活発な協議

 IAASBは、KAMを支持する投資者、行政当局や監査監督当局、会計事務所、各国の監査基準設定母体から提起された主要なポイント(key points)は以下のとおりである(BC 12)としている。
 ・ 利用者が意見に反映された監査の結論についてより良い理解が可能となる。監査報告書にKAMを含めることは、監査実施プロセス(auditing process)について透明性を追加させ、ガバナンスを担う人々(TCWG)とすでにコミュニケーションを行った大事な事項(important matters)にハイライトすることを監査人に求めるため、監査と財務報告の質の改善に資する。
 ・ KAMを含めることは、また、重大な経営判断(significant management judgment)に関連する企業と財務諸表上の領域(the entity and financial statement areas)を理解する際に利用者を支援することがある情報の提供に資するとともに、財務諸表に含まれている主要な問題に対して投資者の関心を向けさせる。
 ・ KAMを含めることは、機関投資家が投資している会社の経営者やTCWGとの対話(dialogues)において機関投資家を助ける。
 ・ KAMを含めることは、監査報告書と監査済み財務諸表の利用者の信頼(confidence)を取り戻し強化することに役立つ。それによって資本市場を強固にし、立ち直らせる(robust and resilient)ことに貢献できる。

 この他にモニタリング・グループ(MG)メンバーから、監査報告書の改正には賛成であるが、「強化された監査報告書が監査についての情報ギャップと期待ギャップを減少させなければならないことや、市場の信頼を取り戻すことに有用であろう」とのコメント、また「報告される事項に対する追加的な焦点が特別な検討を必要とするリスク(significant audit risks)に対する監査人の職業的懐疑心と追加的な注意の強化(an increase)になるため、強化された透明性が監査に品質を改善するかもしれない」とのコメントがあり(BC 13)、その他には「監査報告書においてもたらされる情報の適合性(relevance)を決定するためには利用者のニーズを検討することの大事さを理解している」とコメントしているが、そのうちの一部の人は「特に、『監査報告書の利用者』と考えられている人々のニーズの多様性(diversity)のため、監査人が利用者のそれぞれのニーズや要求(demands)について常に気づくことは困難である」とコメントした(BC 14)。
 他方、IAASBは、「監査人が監査報告書に追加情報を含めることは広く支持されているが、多くのコメントは、監査についての情報を提供するのは監査人の役割であるが、企業や財務諸表についての情報を提供することは監査人の役割ではないと指摘した」(BC 10)として、財務諸表作成者および少数のコメントは、ITCへのコメントと同様に、全般的に、監査人がKAMをコミュニケーションすることを支持しておらず、以下のように、監査人がそうすることの有用性と適切性を疑問視していた(BC 15)としている。
 ・ 監査人が企業についての「第一次情報」(original information)をコミュニケーションすることになる可能性にもっとも重大な懸念(overarching concern)がある。この見解では、KAMについてコミュニケーションすることが、経営者、TCWGおよび監査人の責任をあいまいにし(blur)、財務諸表全体に対する意見を蝕む(undermine)ことになる。懸念は、また、情報が投資者や市場によって誤解されてしまうこと、特にKAMのコミュニケーションが市場の消極的な反応に対するトリガーとなる可能性について表明されていた。
 ・ この見解では、KAMの判断規準に合致する事項特に重大な会計方針や会計上の見積りに関連する事項はすでに財務諸表に適切に開示されている(ことを前提としている)。したがって、KAMはすでに行われている開示には不要で(redundant)あり、すでに存在している「開示の過負担」(disclosure overload)に潜在的に貢献することになり、結局決まり文句(boilerplate)の開示となる(amount)。それは、会計基準の「不要な情報をカットする」(cut clutter)作業と矛盾している。
 ・ KAMは、投資者はすでにそれらの事項に精通しているため、特定の業界特有事項を排除しなければならない。それ以上に、監査とは何かとかどの監査手続が実施されているかについて、監査報告書以外の手段によって、小口の個人投資者や一般の人々(small private investors and the public)を教育することの方が適切である。

 これらのコメントを検討してIAASBは、「大半の関係者グループ、特に投資者からのKAM概念に対する強い支持」が得られたとして、公開草案のKAMの定義と目的を修正せずにそのまま継続することとした。また、公開草案からISA701への修正に際して、「実務可能な範囲にまで、KAMの概念を支持しない人たちの、特に企業について監査人が『第一次情報』をコミュニケーションすることへの懸念に対応するように努め、可能な限り企業に特有なものとするようにKAMの記述に関する必要性に対応するように努めた」(BC 16)としている。
 また、IAASBは、利用者のニーズに対応することのコメントに対して、「KAMの決定に関する明示的な要求事情を通じて、あるいはISA701の目的に利用者のニーズへの参照を含めることによって、利用者へのKAMの適合性(the relevance)を明示的に決定することを監査人に求める」(BC 17)こととし、また、「KAMの決定が監査における事項の重大さに関する監査人の見解(the auditor’s point of view as to the significance of matters in the audit)に焦点が当てられなければならないと考えているが、ISA701の(要求事項や目的に含めるのではなく)適用指針において利用者のニーズへ参照することがKAMを決定しコミュニケーションを行うに際して監査人の判断との大事な関連をもたらす有益な方法である。例えば、事項の相対的な重大さの決定に際して、またKAMに関する記述に含められる情報に関係している」(BC 17、括弧書き引用者追加)とした。
 なお、IAASBが監査報告書の大改正を行わなければならなくなった最大の契機は、2008年の金融危機により生じた欧州の金融機関の著しく多額の損失を早期に識別できなかった監査への信頼の失墜であり、その根っこには多額の損失を蒙った機関投資家の監査への不満・不信があった。その不満・不信は、監査報告書が定型化した文言のみで、財務諸表の合格・不合格の判定としての意見だけでは情報が不足するということであった。そのため、ITCでは、機関投資家のニーズに沿うように、機関投資家が企業をより理解することに資する監査中に入手した情報を記述することに力点が置かれていた。
 ITCへのコメントは、広義には、監査人が監査報告書の価値を高めるためにより多くの情報を提供する必要性を認識して、その多くは監査人報告を高めることが合格・不合格の判定としての意見に一層の価値を付加するという見解であった(EM 35)。しかし、その考えがどのように記述され、提案された目的がどのように関連づけられるかに関して多くの重大な懸念が表明されていた(EM 36)。多くのコメントが、財務諸表の解釈に際して利用者を支援するための情報を提供することは、監査人ではなく、経営者およびガバナンスを担う人々の役割であることは明らかであると確信しているため、監査人が当該情報の発信者となることに強く反対した。また、懸念は、監査報告書において監査人が企業について第一次情報(original information)を提供することの可能性についても表明された(EM 37)。
 このようなITCへのコメントを踏まえて、IAASBは、企業についての情報の開示に関する監査人、経営者およびガバナンスを担う人々の責任に関する混乱を回避することが大事であることには同意するが、しかし、監査の局面に関する情報を提供することによって、監査報告書は、利用者の関心に関する情報を提供できる(EM 38)として、監査報告書において監査人が企業についての情報を提供することを弱めて公開草案を公表した。それゆえに、公開草案に示されている改正点はITCにおいて提案された改善事項とは異なっている(EM 11)としている。

 次回以降の検討では、上記の反対論や懸念事項によって公開草案が最終基準においてどのように修正され、最終基準においてどのように対応されたかについても検討していきたい。

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