ISA 701の「重要な監査事項」(KAM)について考える(その5)

 前回に引き続き、2015年1月15日に国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board; IAASB)が公表した、ISA 701「独立監査人報告書における重要な監査事項に関するコミュニケーション(Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report)」(新設)(以下「ISA 701」という。)に規定されている「重要な監査事項(Key Audit Matters: KAM)」について検討する。今回は、9項の三つの監査人の重大な注目をひいた領域の三番目(最後)の領域である監査対象事業年度中に生じた重大な事象や取引の監査に対する影響、および10項に規定されている相当に重大な事項についてである。

監査対象事業年度中に生じた重大な事象や取引の監査に対する影響
 監査対象事業年度中に生じた重大な事象や取引の監査に対する影響は、9項の三つの監査人の重大な注目をひいた領域のうちの三番目の領域である。
 この影響についてISA701は、「財務諸表または監査に重大な影響を及ぼす事象または取引は、監査人の重大な注目をひいた領域かもしれないし、特別な検討を必要とするリスクとして識別されているかもしれない。例えば、監査人は、重大な関連当事者取引または企業の通常の事業ではないあるいは異常であることが明らかである重大な取引の財務諸表に及ぼす影響について、監査の実施中を通じて多くの段階で経営者またはTCWGとの広範な協議を行うことがある。経営者は、そのような取引の認識、測定、表示や開示に関連して困難または複雑な判断を行うことがある。そして、その判断が監査人の包括的な監査戦略に重大な影響を有していることがある」(A25項)とし、「経営者の仮定または判断に影響する、重大な経済、会計、規則、業界または他の展開も監査人の監査に対する包括的なアプローチに影響して監査人の重大な注目をひく事項(a matter requiring significant auditor attention)となるかもしれない」(A26項)としている。
 A25項の前段の例示は「事業上の合理性」の検討が求められている「重要な取引」(監基報240 31項(3))であるため、通常、不正による重要な虚偽表示(特別な検討を必要とするリスク)として識別・評価される取引・事象である。また、A25項の後段は、さきに検討した、重大な経営者の判断に関連した財務諸表の領域に関係している監査人の重大な判断とほぼ同一のことである。また、A26項は、A25項の後段に関連した事項であるが、特にコメントは必要ないであろう。
 このようにA25項とA26項に重大な事象や取引の監査に対する影響が例示されているが、監査に重大な影響を及ぼす事象や取引は、これらの例示に限定して狭く理解すべきではなく、事象や取引が監査に重大な影響を及ぼすと監査人が判断した場合には、その事象や取引が重大な注目をひいた事項(領域)に該当すると解する。

相当に重大な事項
 ISA701は、10項に規定されている相当に重大な事項(matters of most significance)について、「監査人の重大な注意をひいた事項もTCWGとの重大な相互作用となるかもしれない。そのような事項についてのTCWGとのコミュニケーションの内容と範囲からしばしばどれが監査における相当に重大な事項の兆候(an indication)がもたらされる。例えば、監査人は、監査人または経営者の重大な判断の対象となった重大な会計方針の適用のように、より困難で複雑な事項に対するTCWGとのより深い、より頻繁なまたはより強固な相互作用をもつことになるかもしれない」(A27項)としている。監査人の重大な注目をひいた事項に関するTCWGとのコミュニケーションによって、当該事項が監査における相当に重大な事項の兆候となることは容易に理解できる。
 ところで、さきに、「相当に重大な事項」が「KAMの兆候」と位置付けられているようである(BC 21)と述べた。この記述は、より正確には「KAMを構成すると見込まれる事項(すなわち、KAMの兆候(indicators of KAM))」(BC 21)である。この「兆候」もA27項と同様の意味合いで使用されていると解される。そうであるとすると、相当に重大な事項がKAMとは区別された概念・用語であるということの傍証のように解される。
 また、A27項にある、TCWGとの相互作用は、多分、そのような兆候と気付いたならば、監査人はそれが監査上の問題となるかどうか、その検討の結果によってはTCWGとの一層の協議や協力によって対応して、不正や虚偽表示に関連しなかったとしてもKAMとして監査報告書に記載するかどうかを判断することが必要となるということであろう。
 このように解してきても、この規定のTCWGとのコミュニケーションのタイミングが何時の時点なのかが不明確である。少なくとも監査終了段階でのTCWGとのコミュニケーションではなく、監査計画の段階ではないとしても年度中、それも期央前後ではないだろうか。いずれにせよ、コミュニケーションの実施時点を特定させることよりも、監査人がTCWGと密にコンタクトして十分な協議の下でそれぞれの役割を遂行することが肝要なことであろうと解される。いわば、我が国で言われている、外部監査、監査役監査と内部監査の協働の実践の一形態とも考えられないでもない。
 ところで、「相当に重大な事項の概念は企業および実施した監査の文脈で適用される。それ自体では、監査人による重要な監査事項(key audit matters)の決定とコミュニケーションは、監査に特有な事項を識別することおよび監査における他の事項と比較したKAMの大事さについての判断(a judgment about their importance relative to other matters in the audit)に関連することが意図されている」(A28項)としている。この項も十分理解することが難しい。実施した監査との関連(文脈)で監査に特有な事項として相当に重大な事項を識別することは理解できる。しかし、企業との関連(文脈)で相当に重大な事項を識別することが理解できない。これについては次回においてあらためて検討する。
 また、「監査における他の事項と比較したKAMの大事さについての判断」も十分な理解できないが、この判断は、「TCWGとコミュニケーションを行う事項の相対的な重大性の決定に関連するかもしれない他の検討およびその事項がKAMかどうかの検討には次が含まれる」(A29項)としていることであろうと解される。
 ・ 意図した利用者の全体としての財務諸表についての理解にとっての事項の大事さ(importance) 、特に財務諸表に対する当該事項の重要性(materiality)
 ・ 事項に関係する基本的な会計方針の内容、あるいは、業界他社と比較した適切な方針の経営者による選択に関連する複雑性や主観性
 ・ もしあれば、事項に関係する不正または誤謬による修正された虚偽表示および集計された未修正の虚偽表示の内容と、量的または質的な重要性(materiality)
 ・ 事項に対応するために必要な監査作業(audit effort)の内容と範囲、これには以下を含む。
   ・ 事項に対応する監査手続の適用またはその手続の結果の評価に必要な特殊な技術や知識
   ・ 事項に関する監査チーム外との協議・相談の内容
 ・ 監査手続の適用、その手続の結果の評価および監査人の意見の基礎となる適合して信頼できる証拠の入手に際しての、特に監査人の判断がより客観的になるにつれて、困難さの内容とシビアさ、
 ・ 事項に関連して識別されているコントロールの不備のシビアさ
 ・ 事項が多くのバラバラだが関係している監査上の検討事項と関連しているかどうか。例えば、長期契約が、収益認識、訴訟または他の偶発事象に関して監査人の重大な注目をひくことに関連しているかもしれないし、会計上の見積りに対する影響があるかもしれない。

 監査人の注目をひいた領域・事項のうち、どれが重大さの大きな注目をひく領域・事項であるかを選定し、TCWGとのコミュニケーション対象とするかを決定して、そこから監査における相当に重大な事項(最終的にはKAM)を決定する際の要素(相対的な重大性)が、A29項に掲げられているような項目であるということであろう。A29項の掲げる検討事項のうち、二番目の会計方針、四番目の実施する監査手続、五番目の入手する監査証拠および最後の事項の他の検討事項との関連性は、監査人の最大の注目をひいた事項に関してみてきた内容と重複するためあらためての検討は不要であろう。
 残りの三つの検討事項はいずれも重要性と関連している。最初の検討事項は、事項に係る重要性である。検討対象の事項を監査における最大の事項とすべきかどうかを判断する際の重要性であるため、容易に理解できる。しかし、三番目の虚偽表示に係る重要性および六番目のコントロールの不備の重要性についてどのように理解すべきかが良く分からない。重要な虚偽表示あるいは重要なコントロールの不備があると判断した場合の監査意見の表明に際しての除外事項とKAMの関係が問題となると思われるが、この検討の目的を理解できない。監査報告書におけるKAMの記載について検討する際に改めて検討したい。
 さらに、重大な事項に関連してISA701は、「監査人の注目をひいた事項のうちどの事項を、またいくつの事項を当年度の財務諸表監査における相当に重大な事項と決定するかは、職業専門家の判断である。監査報告書に含まれる重要な監査事項の数は、企業の規模と複雑性、ビジネスと環境の内容、および監査業務の事実と状況によって影響を受ける。一般的に、重要な監査事項と当初決定された数が多いほど、それぞれの事項が重要な監査事項の定義に合致しているかどうかを再検討する必要が増える。重要な監査事項をいたずらに多く認識すること(lengthy lists)は、重要な監査事項が監査において相当に重大な事項であるという理解(notion)に反している」(A30項)としている。これは、監査における最大の事項(最終的にはKAM)を決定することは監査人判断によること、およびKAMの選定数は「少数」で良いことをあらためて明らかにしているだけである。
 以上のような「相当に重大な事項」(matters of most significance)に係る適用指針の理解に基づいて、KAMの決定のためのアプローチ(フレームワーク)が「概ね重要な事項」の追加によって修正されたことによってKAMの決定のためのアプローチのステップが追加されたかどうかを検討する。
 8項の「重要な監査事項」(KAM)の定義ではKAMは相当に重大な事項であるとされ、10項では決定された相当に重大な事項が「そしてそれが(and therefore)重要な監査事項である」とされていることから、「相当に重大な事項」=「重要な監査事項」と解することが穏当のように思われる。
 しかし、「相当に重大な事項」が、「監査における他の事項と比較したKAMの大事さについての判断(a judgment about their importance relative to other matters in the audit)に関連する」(A28項)ということは、相当に重大な事項と選定された事項であっても、それがすべて自動的に重要な監査事項として決定されるわけではないことになる。すなわち、両者は同義の概念ではない。換言すると、重要な監査事項は監査における最も重要な事項に該当するが、最も重要な事項には重要な監査事項に該当しない事項も含まれているということである。したがって、KAMの決定のためのアプローチ(フレームワーク)は、監査人の重大な注目をひいた(ひく)領域・項目→相当に重大な事項→重要な監査事項という3つのステップによると解される。

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