監査事例の検討-14(疑念のある取引)

事例の概要
 会社は、業績が低迷している状況を打開するため新規事業の商品販売を開始したが、販売先の開拓が難航していたために新規事業に知見のあるA社を代理店として介在させた。
 会社は、A社から期末日近くに販売先が見つかったとの連絡を受けたので、販売先のB社に販売取引契約日(期末日前日)に納品し、売上を計上して、同日にB社から入金がなされた。また、同日にA社に対して販売額の50%に相当する仲介手数料を支払った。
 監査人は、当該売上取引について資金還流の可能性を識別したため不正リスクを識別した。
 監査人は、期末日前日の売上取引の合理性を確認するため経営者にヒアリングを行い、販売契約の内容、販売の時期、仲介の必要性、仲介手数料の妥当性等を詳細かつ具体的に聞いたが、特段不合理な点は見受けられなかった。仲介手数料については業界標準であり妥当であるとの説明を受けた。売上の実在性等の検証のため契約書等の査閲および入金確認を行い、問題はないと判断した。
 監査人は、資金還流の可能性がないことを検するために、販売先B社および販売代理店A社にヒアリングを行い、「販売取引確認書」を入手した。商品の特性から引渡しについての検証が困難であると考え、特段の手続は実施しなかったが、販売取引確認書を入手しているため、特に問題ないと判断した。
 監査人(業務執行社員)は販売代理店A社の所在地を視察した結果実態がないのではないか、資金還流しているのではないかとの疑念を有したが、審査担当者が「販売取引確認書」の入手および実施した監査手続の結果から販売取引を否定することはできないと結論付けたため、審査担当者の意見を優先して無限定適正意見を表明した。

判明した事項
 期末日前日の販売は、上場廃止を免れるために、廃止基準の売上高に不足する金額に相応する売上高を計上した取引であった。代理店の介在は偽装されており、代理店は仲介業務を行っていなかった。
 外部からの指摘により、当該取引は仲介手数料相当額の売上高を水増し計上することを目的とした不正であることが発覚した。A社は実体のない会社であり、契約書や証憑書類は全て偽造されていた。

監査上の問題点
 資金還流の疑念に関して審査担当者との間で監査上の判断の相違が生じていたが、疑念を払拭しないまま監査を終了した。
 販売物の引渡しおよび仲介手数料について検証していなかった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 資金還流に係る疑念は、売上の実在性(架空売上)や代理店の存否(仲介業務の仮装)仮装に関する疑念であり、「不正による重要な虚偽表示の疑義」に該当するため、不正リスクを識別・評価して想定される不正の態様に直接対応する監査手続を立案し、実施する必要があったが、監査人の実施した監査手続はこのようなリスク対応手続としては不十分であった。
 疑念のある売上の実在性について、契約書、出荷伝票、納品書控、請求書控等の会社作成資料(内部証拠)の査閲および入金確認による検証では不十分であり、販売物の引渡しを確かめることが必要である。例えば、会社からの出荷を確認するため運送会社の受領書や代理店が入手した販売先の検収書等の外部証拠を入手して検証すべきであった。
 また、期末日近くの販売は初めて代理店を介在させた取引は、通常の取引過程から外れた、または通例でない取引に該当する。その取引が重要な取引であれば、不正を隠蔽するために行われた可能性を示唆するものであるかどうかについて、取引の事業上の合理性(又はその欠如)を評価する必要がある。そのため、仲介手数料(売上)に関して、販売代理業務の内容、代理店および仲介手数料の妥当性の検討など、取引の実態と実在性を検証する必要があった。
 疑念のある取引は、疑念が払拭されるまで、すなわち監査人が納得できるまで検証を実施しなければならない。疑念を払拭しないまま監査を終了してはならない。
 監査人は、審査担当者との間で監査上の判断の相違が生じた場合、監査事務所の方針・手続に従って監査上の判断の相違を解消しなければならない。また、監査報告書は監査上の判断の相違が解消しない限り発行してはならない。

結論
 監査人は、期末日近くに初めて代理店を介在させた販売が通例でない取引であることから、資金還流の疑念を抱いたのであろう。その疑念を払拭するために販売先および販売代理店にヒアリングを行い、多分、会社経由で「販売取引確認書」を入手したが、それでも疑念を払拭できなかったため販売代理店の所在地を視察した結果、代理店の実態がないのではないかとの疑念が増したのであろう。
 この疑念は期末監査に際して抱いて不正リスクの識別・評価したのであろうから、監査人が監査計画の立案に際して売上取引全体に関して不正リスクを識別・評価していたかどうか、期末監査時点でのリスク評価の変更による監査計画の変更について十分であったかどうかは不明である。
 監査人が販売先および販売代理店に対してどのようにヒアリングを行い、入手した「販売取引確認書」がどのような確認書なのか詳細は不明であるが、販売代理店の所在地の視察による確認を含めて、監査人として実施すべき監査手続を実施したということなのしれないが、少なくとも当該期末近くの取引に疑念をもち不正リスクと識別したにもかかわらず、そのリスクに対応する十分な監査手続を実施していなかったと言える。
 また、監査人が審査担当者(上司であったのであろうか)の判断に抗えなかったのは、疑念を払拭するまで、十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったことが原因であると考える。監査証拠の入手をとことんまで行わなかったため審査担当者に反論できなかったのであろう。
 私見では、端的には、不正リスクに対応する監査手続は不正をあばくための手続であり、通常実施する監査手続とは実質的に異なる手続、すなわち不正調査で実施する手続と同様の手続を実施する必要があったと考える。

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