監査事例の検討15-関連当事者との取引

事例の概要
 会社は、前々事業年度に、関連当事者(兄弟会社)甲社に対する貸付金が業績の急激な悪化により回収遅延が生じていた。
 会社は、前事業年度に、会社の業績の悪化により当該貸付金を簿価で他の関連当事者乙社に譲渡した。この債権譲渡取引は会社にとって重要な取引であったが、資金決済はなく、会社は乙社に対する未収金を計上した。
 会社は、前事業年度および当事業年度においても、乙社から未収入金が回収されていなかったが、貸倒引当金の計上は行っていなかった。
 監査人は、関連当事者との取引について注記の網羅性にリスクを識別していたが、取引の合理性および取引価格の妥当性についてはリスクを識別していなかった。また、売掛金に対する貸倒引当金について特別な検討を必要とするリスクを識別していたが、譲渡債権および未収入金の回収可能性の評価には特別な検討を必要とするリスクを識別していなかった。
 監査人は、前々事業年度において、甲社に対する貸付金の回収可能性について社長にヒアリングし、グループ企業のため回収可能性に問題はなく、貸倒引当金の計上は必要ないとの説明は妥当と判断した。
 監査人は、前事業年度において、甲社に対する貸付金の譲渡取引について事業上の合理性および取引額の妥当性について社長にヒアリングし、甲社の業績は悪いがグループ企業のため簿価譲渡に問題はないとの回答により、会計処理を妥当と判断した。
 監査人は、当事業年度において、乙社に対する未収入金の回収可能性について社長にヒアリングし、グループ企業のため回収可能性に問題はなく、貸倒引当金の計上は必要ないとの説明は妥当と判断した。

判明した事項
 乙社は当事業年度において甲社に対する貸付金全額に対して貸倒引当金を計上した。
 後日、このことを知らされた会社は、前々事業年度に遡及して甲社に対する貸付金全額に対して貸倒引当金を計上する訂正を行った。

監査上の問題点
 重要な関連当事者取引が不正の温床の一つであるという周知の事実によって、重要な関連当事者取引から重要な虚偽表示(不正)の発生可能性が高いことを前提に監査を実施する必要がある。
 それにもかかわらず、会社の関連当事者甲社への貸付金は前々事業年度以前に行われていたが、その金融取引は会社の通常の取引ではなく、かつ重要な取引であったため、その時点で、重要な関連当事者取引と識別し、反証が無い限り、特別な検討を必要とするリスクを識別する必要があった。
 つまり、関連当事者との重要な取引について重要な虚偽表示のリスクに該当するかどうかを検討し、監査手続に反映させる必要があったという局面ではなく、不正リスク要因が存在するかどうかを検討する局面であった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 監査人は、前々事業年度、前事業年度および当年度を通じて、事例の重要な関連当事者取引について特別な検討を必要とするリスク(不正リスク)を識別し、そのリスク対応した監査手続を実施すべきであった。
 しかし、監査人は、貸付金や未収入金の回収可能性の評価に際して、社長のグループ内取引という説明のみで回収可能性に問題はないと結論付けているが、このような質問による回答・説明から十分かつ適切な監査証拠は入手できないため、全く監査手続を実施していない状況に等しいと解する。質問の回答・説明を裏付ける監査証拠の入手が必須であることを銘記すべきである。
 監査人は、当初の貸付金および乙社への貸付金譲渡取引について、取引の合理性(取引理由と価格の妥当性)を十分に検討する必要があった。当初の貸付金について会社が通常の取引ではない金融支援する理由と回収可能性に疑問を持つべきであった。また、乙社への譲渡取引については、回収可能性に問題がないのであれば譲渡する理由がなく、またその簿価譲渡の異常性に疑問を持つべきであった。
 監査人は疑問や違和感をもった取引について、それらを解消するまで徹底的に監査証拠の入手を追求するため、関連する社内文書の閲覧や関係者への問合せ(質問)・協議とともに、企業グループおよび関連当事者(甲社と乙社)の事業内容やその業績・財政状態について理解し、親会社と関連当事者へ取引について詳細な照会や面談を行う等も実施すべきであったと思われる。

結論
 会社の訂正の起因や経緯または親会社や関連当事者(甲社と乙社)の状況等に係る情報が不足しているため断定すべきではないのかもしれないが、情けないほどにリスク感覚の欠乏に起因した監査の失敗であり、関連当事者取引に対する監査に求められている事項を全く充足していない監査と思われる。
 また、会社の前々事業年度の甲社貸付金全額に対する貸倒引当金の計上による訂正によって、実質上の簿価がゼロとなった貸付金を当初の簿価で譲渡することは、取引額が不当となるため、乙社との債権譲渡取引は取消し(取引そのものをなかったことにする)処理し、甲社貸付金に対する貸倒引当金の計上を継続することが必要ではないかと考える。
 あるいは、甲社貸付金に対する貸倒引当金を計上することは貸付金自体が消滅していないため、前事業年度では乙社に対する未収入金に対する貸倒引当金を計上する必要があり、当事業年度においては、甲社貸付金に対する貸倒引当金および乙社に対する未収入金に対する貸倒引当金の計上が継続されていることになるのであろうか。
 いずれにせよ、分かりづらい会計処理である。私見では、以下の会計処理をすべきであったと考える。
 前々事業年度において甲社貸付金を貸倒損失処理し、甲社は債務免除益を計上する。
前事業年度では乙社への譲渡取引の取消処理をする。すなわち、会社は帳簿上の未収入金/貸付金処理を反対仕訳により取消し、前々事業年度の貸倒損失分を期首剰余金に加減算処理する(損失額の繰越処理)。乙社は帳簿上の貸付金/未払金処理を反対仕訳により取消す。
 当事業年度においては、会社は、帳簿上の未収入金を貸倒損失分の期首剰余金の計上で取消す(期首剰余金/未収入金)。乙社は、貸倒引当金を取消し(貸倒引当金/貸倒引当金繰入)、帳簿上の貸付金と未払金を取消す(未払金/貸付金)。これにより、乙社の損失計上は無かったことになる。
 なお、関当事者の監査は、関連当事者取引に係る開示において、第三者取引と同等の条件で実行された旨が記載されている場合(我が国ではその旨記載されていることが通常である)、第三者取引と同等の条件で実行されたことに係る十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないとされているが、この検証は言うは易く行い難いものの一つであるため、不十分な検証または未検証となっているのではないかと懸念している。

この記事へのコメント