監査事例の検討-16会計上の見積り(工事進行基準)

事例の概要
 会社の建設事業部は、請負った長期大規模工事に工事進行基準を適用して、工事原価総額の見積りに、原材料コスト削減施策によるコスト削減額を含めていた。当該施策の達成状況が工事原価総額の見積りに影響を与える状況となっていた。
 当該事業部の当期の売上が大幅に伸びていた。
 監査人は、工事進行基準適用工事について、特別な検討を必要とするリスクを識別した。
 監査人は、新規契約や契約変更のあった工事については、現場視察、確認等の手続を実施した。しかし、過年度に契約済みの進行中の工事に対してはこれらの監査手続は行わずに、 工事総原価の見積りについて担当者へのヒアリングと内部証拠のみを確認し、コスト削減施策の実現可能性については担当者にヒアリングを行っただけであった。また、工事進捗度に関しても担当者へのヒアリングに終始した。

判明した事項
 会社が当該事業部の急激な売上増について社内調査を行ったところ、工事原価総額の見積りの要素である原材料のコスト削減施策の評価誤りにより、原材料のコスト削減施策によるコスト削減額を大きく見積もって工事原価総額を相対的に小さくしていたことが発覚したため、過年度財務諸表を訂正した。

監査上の問題点
 監査人は工事収益について収益認識に関連して不正リスクを識別すべきであった。
 監査人は、会計上の見積りに基づく工事進行基準の適用工事について特別な検討を必要とするリスクを識別していたが、工事収益は、工事進行基準による工事原価比率に基づく重要な会計上の見積りによって算定されるため、工事原価についても、特別な検討を必要とするリスクではなく、不正リスクとして識別する必要があった。
 識別したリスクへの対応として監査人の実施した監査手続は、担当者へのヒアリングと発生した工事原価に係る社内文書との照合のみであり、特別な検討を必要とするリスク(不正リスク)に対応した監査手続とは全くなっていなかった。また、特別な検討を必要とするリスクを識別していない建設工事の監査としても全く不十分な監査であった。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 当期の売上高が増加したのは、工事収益高の計算が、工事契約額(収益総額)に当期工事原価/工事原価総額を乗じるため、工事原価総額を少なく見積もれば、原価比率が大きくなり、当期工事収益は増加する。
 また、原材料コスト削減施策によるコスト削減額を意図的に小さくしていたことが根本原因ではなく、工事原価総額は、原材料費、労務費および経費のすべての項目が見積りによって算出されていることから、工事原価総額に係る見積りの適切性・正確性に係る問題である。
 工事原価総額に関して、重要な工事について毎期、工事内容の変更の有無を確かめ、各原価要素の見積額と実際原価の比較により判明した差額の理由を聴取するなどの監査手続を実施すべきであった。工事内容の変更があった場合には、工事契約の変更に関して確認することも必要であった。
 実際原価については、テストにより相対的に大量のサンプルを抽出して関連する証憑書類と照合して、その発生額と集計額の妥当性を確かめるべきであった。また、工事間の原価付替えの妥当性を検証することも必要である。
 工事仕掛品は棚卸資産であるため、実施可能で合理的であれば、現場視察により工事進捗度を確かめるべきであった。工事内容や進捗状況について、工事作業日誌の閲覧等の基づいた現場担当者へのヒアリングによって確かめることも必要である。

結論
 提言集は、工事進行基準による工事収益は、工事原価総額が会計上の見積りに関連するため、通常、重要な虚偽表示リスクを識別し、工事進行基準による収益計上について重要な虚偽表示リスクを識別している場合、評価したリスクへの適切なリスク対応手続を立案し実施するとともに、工事進捗度の見積りの検討に当たっては不正リスクにも留意することを求めているが、この理解は誤りと考える。
 重要な建設工事について工事進行基準が適用されているため、工事収益に関する不正リスクも識別するとともに、工事原価に関する重要な会計上の見積りについても不正リスクを識別することが必要と解する。
 本事例は、たとえ誤謬による重要な虚偽表示であってもそれを発見できなかった監査の失敗である。その監査の失敗の根本原因は監査人のリスク感覚の欠如であり、リスクへの対応としては全く不十分な監査手続の実施によった基本のできていない監査の失敗である。

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