監査事例の検討-23弁護士の意見書(最終回)

事例の概要
 会社は、2期連続債務超過による上場廃止に抵触しそうな状況にあったため債務超過を回避し、上場維持を目的としたストック・オプション行使による増資を計画し、監査人からの依頼により増資の適法性を担保するため、弁護士から意見書を入手し、増資は適法であるとの見解を得た。
 会社は、期末日直前にストック・オプションによる増資を実施し、ストック・オプション行使日に出資者に対して払込金額と同額の貸付けを行い、短期間のうちに返済された。
 監査人は、ストック・オプション行使による増資が見せ金である可能性があったため、会社に弁護士の意見書の入手を依頼し、特別な検討を必要とするリスクとして識別していた。
 監査人は、弁護士の適性について当該弁護士の過去の経歴の確認を行ったが、客観性の評価は行わなかった。また、弁護士の意見書に判例が記載されていたことから、他の弁護士の見解の入手は不要と判断した。
 監査人は、弁護士の意見書が法的に問題ないとしていたため、当該増資取引に会計上の問題があるとは考えなかった。
 さらに、出資者に対する貸付金が短期間で返済されていたため、資本充実の原則に反するものではないと判断した。

判明した事項
 ストック・オプション行使による増資に関する見解書を作成した弁護士は、社長が懇意とする弁護士であった。
 監査人は、弁護士の意見書に記載されていた判例を根拠に、増資が適法であると判断していたが、当該判例は異なる条件下によるものであった。
 当該増資は結果的に見せ金であったことが判明した。
 会社の株式が一部売却されていた。この売却の詳細は不明であるが、貸付金の資金に充当されたものと推測される。

監査上の問題点
 監査人は、ストック・オプション行使による増資取引を特別な検討を必要とするリスクとして識別・評価していたにもかかわらず、弁護士が作成した意見書の適法である旨の見解(結論)に依拠して、意見書を深く検討することがなかったことが問題である。

監査人が実施すべきであったリスク評価、監査手続等
 監査人が、ストック・オプション行使による増資が見せ金である可能性により、当該増資取引について特別な検討を必要とするリスクを識別・評価したことについて異論はない。しかし、当該リスクに相応するリスク対応手続を実施していなかった。
 意見書を作成した弁護士について、客観性、適正性、能力および客観性を評価し、専門家の業務を理解して、関連するアサーションについての監査証拠として専門家の業務の適切性を評価することが求められている。
 専門家の適性は専門家としての専門知識の内容と水準に関係し、能力は専門家が個々の状況において自己の適性を発揮できるかどうかに関係している。本事例では、弁護士資格を有していることから専門家の適性を否定することは通常できない。意見書を作成した弁護士の専門領域がストック・オプション行使による増資取引に造詣が深いか、経験を有しているかどうかは、監査人が経歴をチェックしても問題がなかったのであろうか。そこまでのチェックは行っていなかったと推測する。
 専門家の客観性は、会社または社長と専門家の間に利害関係があるかどうかに関係する。しかし、本事例の弁護士が社長と懇意であることをもって利害関係があると断定はできない。弁護士は、会計士と同様、その客観性を保持することが求められている専門職業(プロフェッション)であることを忘れてはならない。
 本事例の弁護士の意見書の問題は、弁護士の客観性ではなく、能力の問題、すなわちストック・オプション行使による増資取引について専門知識が不足していたことにあると考える。意見書に記載されている判例をつぶさに検討すれば、会社の増資取引とは異なる条件下での判例であることを容易に気付くことができたはずである。
 監査上の問題は、弁護士が作成した不十分な意見書の適法である旨の見解(結論)に依拠して、意見書を深く検討することがなかったことにある。判例の内容について十分な理解ができなかったのであれば、当該弁護士と協議するか、監査事務所の顧問弁護士に照会すべきであった。
 さらに、監査人は、特別な検討を必要とするリスクを識別していたのであるから、ストック・オプション行使による増資取引について監査事務所の顧問弁護士に照会すべきであった。
 また、ストック・オプション行使による増資取引の資金を会社が出資者に貸付けていることについて、貸付金が短期間で返済されていたため、資本充実の原則に反するものではないと判断できるかどうかも、貸付先の財務力などの検討のほか、監査事務所の顧問弁護士に照会すべきであったと解する。
 貸付金の短期間での返済原資がどのように捻出されたのか不明であるため、このような資金提供による増資は見せ金による増資ではないかとの職業的懐疑心(疑問を持つ心構え)を最後まで保持して、経営者と特に出資者とその財務状況等について議論し、出資依頼・回答に関連する文書を査閲し、直近の財身諸表の査閲や経営者への質問などによって貸付先の資金力などを検討すべきであった。疑念が払拭できない場合には、最終的には、出資者と面談することが考えられる。貸付先の財務力などを検討すべきであった。
 最終的に、十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったならば、監査意見を限定するか、又は意見不表明(意見差控え)とすべきであった。

結論
 本事例も監査人のリスク感覚の欠如または著しい不足に起因した形式的なリスク評価であり、識別したリスクの相応するリスク対応手続が実施できていなかったことによる監査の失敗事例である。

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