2019年 監基報200 読み解き(その7)

 今回は、監基報200制定以前での職業専門家としての懐疑心の変遷、職業専門家としての懐疑心および職業専門家としての懐疑心の保持について読み解きます。

32.監基報200制定以前での職業専門家としての懐疑心の変遷
 AICPAの公共監視審議会(Public Oversight Board)に組成された「監査の有効性に関するパネル(The Panel on Audit Effectiveness)」が2000年に「オマリー・パネル報告書」(山浦久司監訳児島隆・小澤康裕共訳「公認会会計士監査」白桃書房 2001年)を公表しました。この報告書は、監査リスク・アプローチの下で実証手続を最小限としたり、省略したりしていた監査実務への批判から、監査人にもっと明確に不正を摘発する責任を負わせ、不正がゼロであることを確かめるために「検察的監査作業(forensic-type fieldwork phase)」を実施し、このフェィズ実施中は経営者が不正を犯す可能性があることを仮定するよう勧告しました。
 この報告書は世界中の監査業界に激震となって襲いました。その対応をまずとったのはISAでした。ISAは、勧告事項への対応として予告無しの往査や立会などを織り込んで、2001年にISA 240「不正と誤謬を検討する監査人の責任(The Auditor’s Responsibility to Consider Fraud and Error in an Financial Statements)」を公表しました。このISA 240の改定と同時にISA 200の6項を次のように改定しました。

 監査人は、財務諸表に重要な記載誤りを生じさせる原因となる状況が存在しているかもしれないことを認識して、職業専門家としての懐疑心(attitude of professional skepticism)を保持して監査を計画し、実施しなければならない。職業専門家としての懐疑心は、監査人が、入手した監査証拠の適格性(validity)について疑問を持つ心構えで批判的に評価すること(a critical assessment, with a questioning mind)、および文書や経営者の陳述の信頼性について反証し(contradict)たり、または疑問を呈する監査証拠に注意することを意味している。例えば、職業専門家としての懐疑心は、疑わしい状況を看過してしまう(overlooking suspicious circumstances)リスク、監査上の観察事項から結論を導く際に過度に一般化してしまうリスク、および実施する監査手続やその範囲と実施時期の決定とその結果の評価に当たって誤った仮定を利用してしまうリスクを監査人が減少させるために、監査の実施において常に(保持することが)必要である。監査を計画し、実施するに当たって、監査人は、経営者が正直でないとか或いは問題なく正直であると仮定しない。したがって、経営者の陳述は、監査意見の基礎となる合理的な結論を導き出すことを可能にする十分かつ適切な監査証拠の入手に代わるものではない。(括弧書き引用者追加)
 
 この冒頭のセンテンスは改定前と同じですが、それ以後の記述を改定しています。ここでの職業的懐疑心は、経営者が正直でないとかあるいは問題なく正直であると仮定しない監査人の態度-中立概念としての懐疑心-であることに留意が必要です。
 我が国おいて、監査人の保持すべき懐疑心の記述は、平成9(1997)年に公表された監査基準委員会報告書第10号「不正及び誤謬」において、監査実施過程では不正に関して懐疑心を高めることを求めました(9項)が、懐疑心の意味内容については言及していませんでした。そのため、監査人には懐疑心について理解されなかったことを思いだします。
 平成14年(2002年)改訂監査基準は、長引く我が国経済の低迷により企業不祥事(粉飾決算)・経営破綻が続発したため監査への社会的批判がそれまでにないほどまでに高まり期待ギャップが顕在化したことによる対応として監査基準を一新して、その一部として、ISA 240に合わせて、不正に対する監査人の姿勢を強化し、職業的懐疑心が正当な注意を構成することを明らかにしました。
 監査基準の改訂に併せてJICPAは、ISA 240を全面的に取り込んで同年5月に監査基準委員会報告書第10号「不正及び誤謬」を改正しました。しかし、この報告書では職業専門家としての懐疑心についての説明を行っていなかったため、JICPAは、2003年(平成15年)3月に平成14年改訂監査基準への対応の実質的最後の実務指針である監査基準委員会報告書第24号「監査報告」を公表して、我が国においてはじめて職業専門家としての懐疑心に関する意味内容について次のように明らかにしました。

 10.職業的懐疑心は、監査を計画し実施して意見を形成する過程において、経営者が誠実であるかどうかについて予断をもたないという監査人の姿勢を基礎としている。監査人は、経営者とのディスカッションにおける経営者の説明または質問に対する経営者の回答だけでは十分かつ適切な監査証拠を入手したことにはならないことに留意する。
 職業的懐疑心は、監査人が財務諸表における重要な虚偽の表示の可能性に常に注意すること、記録や証憑書類又は経営者の陳述や説明が入手した他の監査証拠と矛盾していないかどうかについて批判的に評価すること、さらにそれらの信憑性に疑念を抱かせることになる他の監査証拠にも注意を払うことによって発揮される。
監査人は、監査の全過程を通して職業的懐疑心を保持することによって、疑わしい状況を見落としたり、観察によって得た監査証拠をその実施時以外の監査証拠としてしまったり、実施する監査手続、実施の時期及び範囲を決定する際に又はその実施結果を評価する際に判断を誤ってしまう可能性を軽減させることができる。

 この規定の表現はISA 200 6項と大きく異なっていますが、その実質的な内容は同一と理解できます。平成14年改訂監査基準における懐疑心が会計不正との関連から正当な注意の一部として規定しているのに対して、報告書の職業的懐疑心は、監査実施の前提として監査人が保持すべき監査人の姿勢・心構えと位置付けられています。つまり、中立概念としての懐疑心です。
 また、IAASBは、2003年10月の東京会議において、「監査の質の改善」(improving audit quality)を目的とし、より大きな虚偽の表示のリスク(greater risk of misstatements)が存在する領域に監査人は努力をより集中させることになると期待して(Explanatory Memorandum to Exposure Draft page.1)、ISA 200「財務諸表の監査を管理する目的と全般的原則」、ISA 315「企業とその環境の理解及び重要な虚偽の表示のリスクの評価」、ISA 330「評価されたリスクへの対応のための監査人の手続」およびISA 500「監査証拠」の四つのISA(リスク基準(Risk Standards)と呼ばれている。)を改訂または制定しました。
 JICPAは、ISAの大改定に合わせるために、平成17年(2005年)3月にISA 200のうち監査リスクに関連する規定を監査基準委員会報告書第28号「監査リスク」として、ISA 315を第29号「企業及び企業環境の理解並びに重要な虚偽表示のリスクの評価」として、ISA 330を第30号「評価したリスクに対応する監査人の手続」として、さらにISA 500を第31号「監査証拠」として公表しました。第29号ないし第31号は、ISAとのコンバージェンスの関連から全面的な翻訳版に改正しました。
 しかし、監査基準の改訂がないにもかかわらずJICPAが内容的に大きな変更がある実務指針を導入することに異論がだされたことから、企業会計審議会は平成17年(2005年)10月にこれらのISAの内容を取り込むために、監査基準を改訂しました(平成17年改訂監査基準)。平成17年改訂監査基準は、不正等への対応として監査の質を向上させるために、「事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチ」を導入し、「重要な虚偽表示のリスク」(固有リスクと統制リスクの結合リスク)に加えて「特別な検討を必要とするリスク」の識別と評価および識別したリスクの対応等を明らかにしました。これにより、JICPAは改訂監査基準との整合性をとるために上記の監査基準委員会報告書の用語等を改正しました。
 さらに、2004年(平成16年)にISA 240は改定され、2001年のエンロン等の会計不正に対応するために監査上の対応を精緻化したSAS No.99を取り込み、表題を「財務諸表の監査における不正を検討する監査人の責任(The auditor’s Responsibility to Consider Fraud in an Audit of Financial Statements)」に変更しました。そして、同年にISA 200を改定して「職業専門家としての懐疑心」という標題を設けて次のように規定しました。

 15.監査人は、財務諸表に重要な記載誤りを生じさせる原因となる状況が存在しているかもしれないことを認識して、職業専門家としての懐疑心を保持して監査を計画し、実施しなければならない。
 16.職業専門家としての懐疑心は、監査人が、入手した監査証拠の適格性(validity)について疑問を持つ心構えで批判的に評価すること(a critical assessment, with a questioning mind)、ならびに文書、経営者やガバナンスを担う人々から入手した質問への回答やその他の情報の信頼性について反証し(contradict)たり、または疑問を呈する監査証拠に注意することを意味している。例えば、職業専門家としての懐疑心は、異常な状況を看過してしまう(overlooking unusual circumstances)リスク、監査上の観察事項から結論を導く際に過度に一般化してしまうリスク、および実施する監査手続やその範囲と実施時期の決定とその結果の評価に当たって誤った仮定を利用してしまうリスクを監査人が減少させるために、監査の実施において常に(保持することが)必要である。質問を行ったりその他の監査手続を実施するとき、監査人は、経営者やガバナンスを担う人々が正直であり誠実であるという信念(belief)に基づいて、説得的監査証拠以下の監査証拠によって満足しない。したがって、経営者の陳述は、監査意見の基礎となる合理的な結論を導き出すことを可能にする十分かつ適切な監査証拠の入手に代わるものではない。

 この2004年改定ISA 200の15項は改定前の6項の冒頭の記述のままですが、16項が改定前6項から分離され、下線部分についてSAS No.99とほぼ完全に同一内容に改定しました。留意すべきことは、ここでの職業的懐疑心は、経営者が正直でないとか或いは問題なく正直であると仮定しない監査人の態度-中立概念としての懐疑心-に係る記述が削除されていることです。
 なお、この職業専門家としての懐疑心に関する改定は、我が国の監査基準または監査基準委員会報告書には直接的には取り込まれていません。しかし、JICPAが平成18年(2006年)10月24日に、2004年改定ISA 240の全面的翻訳版である、監査基準委員会報告書第35号「財務諸表の監査における不正への対応」を公表したことにより、ISAの懐疑心の改定が我が国に間接的に導入されていました。
 ところで、IAASBは、2008年に、リスク基準がカバーしていない領域や「保証業務のフレームワーク(International Framework for Assurance Engagements)」との整合性の確保および国際品質管理基準(ISQC 1)や倫理規則(Code of Ethics for Professional Accountants)の改定への対応等のための数次の改定を行い、さらにISAをより分かりやすくするためのクラリティ・プロジェクト(Clarity project)を終了しました。このクラリティ・バージョンISAを我が国に取り込むために、監査基準が平成22年3月に監査意見の表明に関連する箇所のみ改訂されています。

33.職業専門家としての懐疑心
 職業専門家としての懐疑心(Professional Skepticism)について、誤謬または不正による虚偽表示の可能性を示す状態に常に注意し、監査証拠を鵜呑みにせず、批判的に評価する姿勢をいう(12項(11))と定義し、職業的懐疑心ともいう(同上)としています。
 この定義から、虚偽表示の可能性を示す状態に常に注意すること、監査証拠を鵜呑みにしないこと、および監査証拠を批判的に評価することを包括した監査人の姿勢と解することができます。
 これに対して、ISA200の定義を参照すると、”an attitude that includes a questioning mind, being alert to condition which may indicate possible misstatement due to error or fraud, and a critical assessment of audit evidence”(誤謬または不正による虚偽表示の可能性を示唆する状況に注意するという疑問を持つ心構えおよび監査証拠に対する批判的な評価から成る監査人の姿勢)であり、職業的懐疑心の構成要素として「疑問を持つ心構え」(a questioning mind)と「監査証拠の批判的な評価」(a critical assessment of audit evidence)の二つが併記されています。虚偽表示の可能性を示唆する状況に注意することは、疑問を持つ心構えの属性です。
 この定義の相違は、職業的懐疑心は、監査証拠を批判的に評価するために必要である。監査証拠の矛盾や、記録や証憑書類の信頼性、または経営者や監査役等から入手した質問への回答またはその他の情報の信頼性について、疑念を抱くことを含む(A19項)として、疑念を抱くこと(questioning)が監査証拠の批判的評価に包含されていることを記述しているため、ISAの「疑問を持つ心構え」(a questioning mind)を監基報は「監査証拠を鵜呑みにしない」と表記したと解します。
 しかし、監査証拠の批判的な評価に際して疑念を抱くことと、監査人の姿勢として虚偽表示の可能性を示唆する状況に常に注意するという疑問を持つ心構えは全く異なる意味合いです。職業的懐疑心の属性の一つとして疑問を持つ心構え(a questioning mind)を強調しないことは、監査人の会計不正の発見に係る責任の強化が求められていることとの関連で、我が国の監査実務に大きな影響を及ぼしているのではないかと懸念します。なぜなら、監査人が会計不正を発見する契機や姿勢が「疑問を持つ心構え」の反映であり、究極的には「疑念を抱くこと」になると考えるからです。

34.職業専門家としての懐疑心の保持
 監査人の心構えや姿勢は、監査人の内面の状況であり、正当な注意や精神的独立性と同様に、監査人本人以外は知ることができません。それゆえに、監査人は、財務諸表において重要な虚偽表示となる状況が存在する可能性のあることを認識し、職業的懐疑心を保持して監査を計画し実施しなければならない(14項)として、監査人が監査のすべての局面で常に職業的懐疑心を保持することを求めていると解します。
 職業的懐疑心は、例えば、以下について注意を払うことを含む(A17項)としています。
 ・ 入手した他の監査証拠と矛盾する監査証拠
 ・ 監査証拠として利用する記録や証憑書類または質問に対する回答の信頼性に疑念を抱かせるような情報
 ・ 不正の可能性を示す状況
 ・ 監基報により要求される事項に加えて追加の監査手続を実施する必要があることを示唆する状況
 例示されている、矛盾した監査証拠の存在や不正の可能性を示唆する状況は、監査人が注意を払わなければならない虚偽表示の可能性が相対的に高い事項・状況ですから、職業的懐疑心を保持・発揮しなければならないことは自明のことです。また、監査証拠の信頼性に疑念を抱かせる情報は、ISAでは”information that brings into question the reliability …”(監査証拠の信頼性(証明力)に疑問を抱かせる情報)であり、疑問(question)は疑念ないし疑義(doubt)とはそのレベルが異なると解します。疑念ないし疑義は虚偽表示が存在すると疑っている状態ですが、一方の疑問は虚偽表示が存在するかもしれない(ないかもしれない)と注意している状態です。
 ところで、監基報の見解は、職業的懐疑心は疑うことと解するある監査研究者から強力な主張がありそれに同調したものであると関係者から聞きました。そうであれば、その見解は監査理論としての見解であり、傾聴すべき見解ではありますが、正当な注意に包含される監査基準に規定されている職業的懐疑心とは異なると解します。なお、ISAでは懐疑心は正当な注意と関連付けられてはいません、
上記に例示されている事項や状況は、職業専門家としての懐疑心を持ち出すまでもなく、監査人が監査の実施に際して当然に注意しなければならない事項であることに留意が必要です。
 最後の事項は、個々の監基報が特定の監査局面に実施すべき具体的な監査手続をほとんど規定していないため、監基報の要求している監査手続を実施することでは不足する局面が多いと思います。そのため、監査手続を追加して実施する必要があります。しかし、逆説的に解すると、例えば、監基報240が誤謬または不正に対応する監査手続を例示しているように、通常は、監基報の要求している監査手続を実施することで足りるということなのでしょうか。そのため、例示されている状況について十分理解できません。
 また、誤謬または不正にかかわらず、重要な虚偽表示の発生の兆候等に気付いた場合には、その兆候等が実際に重要な虚偽表示があるかどうかを確かめるために、通常、監査手続を追加または変更して実施します。監査人は、虚偽表示の端緒や兆候に気付いたときだけでなく、懸念事項や引っ掛かるところがあれば、それを解消できるまで納得できるまで監査手続を実施し、監査証拠を入手しなければならないことを銘記すべきです。

 次回は、職業専門家としての懐疑心の保持の効果、職業的懐疑心としての監査証拠の批判的な評価、監査証拠として利用する情報の信頼性などについて読み解きます。

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